五話 伊藤ほのかの傷心 その四
FPSで鍛えた、私のNTW-20でDEATHです!
「ねえ、藤堂先輩の好き過ぎない? ちょっと引いたし」
「そうかな? 普通だと思うけど?」
何言ってるの、明日香? 当たり前じゃない。
「風紀委員に毒されてるし。人外魔境は伊達じゃないし」
えっ、何? 風紀委員って人外魔境と呼ばれてるの? ありえないんですけど。私、モロ住人じゃん。
そんなことより、早く泥棒猫に天誅しないと。
「ああ、さっきの嘘だし。走ってこなくてもいいし」
プツン。プープープープー。
電話を切る。
許せない。罰が必要よね。
私は明日香にワン切りアタック(ワン切りをひたすら繰り返す)を仕掛ける。
ピッ!(携帯を切る音)
ピッ!
ピッ……。
三十回くらい仕掛けた後、ワン切りをやめて、つながるまで待つ。
「ほのか、いい加減に……」
プツン。プープープープー。
ふん、思い知ったか! 電話に出たらすぐに切ってやったもん!
さて、気も晴れたし、ちゃんと電話してあげるか。
あ、あれ? このアナウンスって……。
「明日香! ひどいよ~! 私達、友達でしょ! 私、着拒否されたの三回目だよ! 『この電話は、お客様のご希望によりおつなぎ出来ません』って! 久しぶりに昔の事、思いだしちゃったよ!」
「その友達相手にワン切りするのはどうだし。よく公衆電話みつけたし」
一キロ先の公衆電話まで走ったもん。全く、ひどい友達だ!
「ねえ、ほのか」
「何よ! 謝罪以外受け付けないからね!」
「心の整理を付けるために藤堂先輩と会って、ちゃんと向き合ってくるし。でなきゃ、いつまでもうじうじ悩むことになるよ。堂々と藤堂先輩に会って本音をぶちまけるし。きっと、その先に答えがあるから。大丈夫、ほのかはまだ間に合うし」
「明日香……」
ヤバ! 泣きそうになった。背中を押された気がした。
本音でぶつかる。
それは誰かを傷つける行為のような気がして、腰が引けていた。避け続けていた。正直、嫌われたらどうしようって思う。
足が震えだす。
私だけなら決断できなかった。今日だけは、明日香を理由にしていいよね? 明日香がいけって言うからいったってことでいいよね? それを理由にして先輩に会ってもいいよね?
「分かった。明日香の言う通りにする。だから、今度、明日香の話を聞かせてよ。明日香が本気で好きになった人のこと」
「……そのうちね」
私は受話器をおろし、歩き出す。
やっぱり、明日香も本命がいたんだ。明日香の本命も気になるけど、今は自分の事を考えよう。
先輩の家へいこう。
確かめにいこう。
先輩の気持ちを。自分の気持ちを。
「わざわざ、正道さんの為にありがとうございます。お土産もいただきまして」
「いえいえ、お気遣いなく」
私は心の中で安堵のため息をつく。
橘先輩は桃缶とみかん缶とは別に、先輩のご家族へのお土産も用意してくれていたので、面目が潰れずにすんだ。
先輩の家は一度、無理矢理ついていって確認している。明日香達からストーカーじゃないって冷やかされた。(ドン引きされてしまった)
先輩の家につくと、気の優しそうなおばあさんが迎えてくれた。先輩の見舞いに来たことを話すと、先輩の部屋に案内していただいた。
男の子の親ってこうも簡単に通してくれるのかな? セキュリティ的にもプライバシー的にも疑問に思ってしまう。
「正道さん、お客様ですよ」
「お客? 誰ですか?」
先輩の声だ。
ううっ、緊張してきたよ。
「伊藤です。風紀委員を代表してお見舞いに来ました」
「わざわざすまない。だが、風邪がうつると悪いから」
拒絶されたのかな。つい弱気になってしまう。私は頭を振って、考えないようにした。
「すみません。話したいことがあります」
「……分かった。入ってくれ」
先輩の部屋に入った感想は広い部屋だと思ったことだ。
部屋は綺麗に片付けられている。家具はベットに机、タンスといった必要最小限の家具しかない。ノートパソコンが机にあるくらいだ。
綺麗なのになんでだろう。寂しいって感じちゃう。
はじめて男の人の部屋に入ったのに、先輩と二人っきりなのに、どきどきしないし、嬉しくない。獅子王先輩のことがなければ……。
「話って何だ?」
「あ、その……具合はどうですか?」
「問題ない」
素っ気ない答えに私はつい安心した。
先輩らしい。
「もう、先輩! 風邪引いているんですから問題大有りです! 問題ない人は普通、学園を休みません」
「……そうだな……悪かった」
「い、いえ、謝ってもらうほどでは……そ、それより、橘先輩から差し入れがあります! それ食べてしっかりと治してください!」
私は無理矢理笑顔を作って、明るく振る舞う。
空気が重い。思わず黙り込んでしまう。沈黙を破ったのは先輩の意外な言葉だった。
「……ありがとう」
「いえ、お礼なら橘先輩に……」
「届けてくれたのは伊藤だろ? きてくれて、ありがとうな」
「……はい」
ああっ、分かっちゃった。
私、先輩のこと好きだ。ただのお礼なのに、その一言だけで心の奥があたたかくなる。
お礼を言われたくらいで嬉しくなれるなんて、そんな人は先輩しかいない。
あたたかいよ……先輩。何気ない一言なのに、涙があふれてくる。
「うっ……ううっ……」
「……すまない、伊藤」
先輩の伸ばしてきた手を、私は言葉で止める。
「……なんで謝るんですか? 理由、分かってます?」
「……獅子王先輩の件だな」
「……なんで……なんで、守ってくれなかったんですか?」
「……すまない」
「……謝るくらいなら……守ってよ……守ってくださいよ! バカ! バカバカバカ! 私、私、ファーストキスだったんですよ! なのに! なのに! 好きでもない人と無理矢理……無理矢理……うぁあああああああああああ!」
私は先輩の胸に顔をうずめ、力の限り、先輩を何度も何度も叩いた。先輩は抵抗せずに受け止めてくれている。
言いがかりだって分かってる。でも、先輩のこと、好きだって分かったら、抑えきれなくなった。
涙と共に本音が、溢れてくる。我慢してたけど、無理。
ファーストキスは好きな人に……今時流行らない幼稚な願いだったとしても……大切な願いだった。
少女趣味だって笑われてもいい。それでも、これだけは譲りたくなかった。
だって、私はモブだから……お姫様にはなれない。白馬の王子様も迎えにはきてくれない。物語のヒロインになれない。
平凡でとりえのない私のたった一つの願い……憧れたもの。
小説や漫画、アニメ、ドラマで何度も見て、想像して、その日が来るのを待ち焦がれていた。
それが好きな人とのファーストキス。人生でたった一回の特別なキス。その瞬間だけは私もヒロインになれたはずなのに。
なのに、もう叶わない。叶わないと知っていても、諦めきれない。諦めきれないよ!
私はただ、先輩の胸の中で泣き続けた。
「すみませんでした……」
私は先輩の膝に顔をうずめていた。
先輩がやさしく頭を撫でてくれている。大きくて少しゴツくて、優しい先輩の手の感触を味わっていた。
心地いい。つい目を細めてしまう。好きな人に髪を触られるのがこんなに気持ちいいとは知らなかった。それに先輩のにおいがする。男の人のにおいだ。
やっぱり、先輩を好きになってよかった。
「先輩……」
「なんだ?」
「どうして、先輩は古見君の為にあそこまでムキになったんですか?」
「古見君の為じゃない。誰が相手でも同じ行動をしていた」
それは誰の為でもなく自分の為に?
どうしてだろう? やっぱり、寂しいって思う。
「どうして、そこまで無茶するんですか?」
「納得いかないからだ」
違う……それだけじゃない。きっと、過去のことが関係してるよね。
知りたい……先輩のこと。
「いじめが……許せませんか?」
「普通に許せないだろ? あんな卑劣な行為」
いじめは卑劣な行為だってことを身をもって知っている。でも、それでも気にしすぎてると思う。
なぜ、先輩はそこまでこだわるのか。
「そうですね。でも、先輩は執着しすぎてると思います。いじめは校則違反ではありませんよ。それに先輩、言ってたじゃないですか? 私が三股したとき、同時に何人も付き合っている女の子をどう思うかって聞いたら、問題が起きなければそれでいいって」
「それとこれとは全然違うだろ」
「違わないですよ。第一、古見君に直接確認したわけじゃあないです。部活の上下関係って厳しいですし、私達が口出しするのは……」
「本気でそう言ってるのか?」
先輩の厳しい声に怖くなる。でも、知りたい。先輩の本心を。




