五話 伊藤ほのかの傷心 その二
次の日。
学校にいきたくなかったけど、ママに休みたいって申告したら、却下されて、お尻を蹴られてしまった。
私も結婚したらああなっちゃうのかな?
嫌々! そんなことはない! 私は子供には優しくしよう! お小遣いだってもっとあげるもん!
居間の絨毯を燃やしちゃうことがあっても、あまりしからないから!
「……」
はあ……むなしい。
先輩……会いにくい……どうしよう?
まさか、獅子王先輩にばったりと会うことないよね?
やめやめ! フラグ立っちゃう!
「おはようございます」
「きゃあああああ!」
いきなり! 早すぎない!
「な、なんですか?」
振り返ると、古見君が立っていた。
び、びっくりした! そんなわけないよね。
愛想笑いを浮かべ、古見君に挨拶する。
「おはよう、私に何か用ですか?」
「昨日の件で謝罪に来ました。ごめんなさい」
頭を下げにきた古見君に、私は複雑な感情を抱いていた。不安でつい、先輩を捜してしまう。
「大丈夫です。獅子王先輩は朝練でいませんから」
私がきょろきょろしているのは獅子王先輩のことを捜していると勘違いしたのか、古見君が安心させるように説明してくれた。
そっか、獅子王先輩はあんなことがあっても朝練してるんだ。手をぎゅっとにぎる。
「朝練は獅子王先輩にとって、呼吸をするようなものなんです」
「呼吸?」
古見君が少しテレた顔をして、指で頬をかきながら説明してくれる。
「はい。獅子王先輩にとってボクシングは勝つとか負けるとかじゃないんです。勝って当たり前、練習して当たり前なんです」
「……じゃあ、何のためにボクシングしてるんですか?」
「それは獅子王先輩に直接聞いてください。失礼します」
古見君は一礼するとそのまま走っていった。
な、何なのよ、もう!
怒りが込み上げてきたけど、後を追えなかった。足が震えて動けなかった。
「ねえ、ほのほの。獅子王先輩とぶちゅーとしたって本当?」
「ぶほっ!」
飲んでいたお茶をつい吹いてしまう。
お昼休み、教室でお弁当を食べていたら、るりかにキスのことを直球でぶつけられた。まさに死球だよ。
死んだよ……。
「ねえ、普通、聞く? そんなこと?」
「聞くし。立場逆なら聞くっしょ」
「聞くね」
ダメだ。完璧な理論に反論できない!
獅子王先輩とのキスを思いだし、動揺しちゃうけど、無理やり怒ってみせて誤魔化すことにした。
「どーせ、興味本位でしょ?」
「半分はね」
「もう半分は」
「優しさだし」
バファ○ン、キター! 優しさならそっとしておいてよ!
そう言いたいのをぐっと我慢した。
「噂になってるよ。藤堂先輩が獅子王先輩に負けたって」
「私の噂は?」
「ないよ」
ちょっとイラっとした。
私、被害者だよね? 私的には大事件なのに、世間では何の問題にもならなかったのね。だったら、尚更私のキスの事がバレているのがおかしい!
「だったらなんで分かったの!」
「古見君に聞いたし」
あのおしゃべり男の娘! いい加減にしてよね! 私、あの子のほうにイラっとしてきてる。
あいつのせいで、あいつのせいで私のファースト……。
「ショックだよね。好きな男の子の前でファーストキス、奪われちゃったんだよね」
「ファ、ファーストキスじゃないもん!」
ねえ、なんで知ってるの? 私の個人情報、どこから、どこまで漏れてるの?
明日香は逃さないと言いたげに、指を立てて私を追い詰める。
「いや、ファーストキスだし。私達と知り合う前にはファーストキスしてないってほのかから証言取ってるし。知り合った後も私の知る限り、してないこと知ってるし」
「明日香の知ってる私が、私の全てじゃないもん。ファーストキスしていないって証拠あるの?」
「ないし」
よ、よかった~。
あるわけないよね! ないよね?
「ふっ、話にならないね」
「じゃあ、いつしたの?」
「えっ?」
つい間抜けな声を出してしまう。
るりかに問い詰められ、私はたじたじになる。
「ファーストキス。昨日のが違うならいつしたの、ほのほの?」
「だから、それは……その……おとといかな?」
二人ははいはいと呆れて、ご飯を食べ始める。お、おかしいな……あ、あれ? スルーされた!
少し不満だったけど追求が終わったからいいよね。私もご飯を食べ始めるけど、箸が止まってしまう。
「そういえばさ……」
明日香達が雑談を始める。獅子王先輩の話はこれっきり出てこなかった。
二人の気遣いが嬉しかった。
わざと獅子王先輩の話を出したのもそう。普通はどんなシチュエーションだったとか、色々聞いてくるはず。
でも、私が辛い思いをしていることに気づいるから、サラっとながして、いつもどおりの空気にしてくれた。
思えば、二人には助けてもらってばかり。
二人の出会いは高校に入学した直後だ。
中学で私をいじめていた子が、同じ高校で偶然出会い、因縁を付けられた。
ただのクラスメイトなのに、話もしたことなかったのに、何かと目の敵にしてきた女の子だ。
絡まれているところを、二人に助けてもらったことがきっかけになって、私達は友達になった。
それ以降も仲の良いまま今も付き合っているけど、不思議に思うことがある。
明日香とるりかの男の子に対する交友関係だ。
二人は複数の男の子と付き合っている。付き合っている男の子もそれを了承しているので問題はないと思うけど、なんで、本命を作らないのかな?
二人は本気で付き合いたい男の子が周りにはいないって言ってたけど、でも、それって……。
「どっかした?」
「……別になんでもない」
私は今思ったことを無理やり忘れようとした。私が二人に言いたいことはそんなことじゃない。
ありがとう。
その一言が照れくさくて、心の中で感謝した。




