三話 伊藤ほのかの猛省 失われた楽園 その一
ううっ……疲れた。
私はふらふらしながら学校に向かっていた。
日課の朝のランニング三キロが、ここまで疲れたことは今までになかったのに。
貧血には慣れているとはいえ、昨日の鼻血の量はマジやばい……。
リアルで気を失いそうになったのは初めての経験。一瞬、ヴァルハラが見えました。
三次元より二次元がいいって書き込みをネットで見たことがあるけど、納得しちゃった。
三次元はぱねえっす。生々しすぎて私にはハードル高すぎ。私には二次元が限界。
だけど、高い山ほど頂点の景色は素晴らしいってね。ああ……どんどん秘密が増えてく。先輩にBLのこと、話しにくくなってきた。
はあ……足が重い……。
サプリで鉄分を多めにとったけど、キツいな……。
ちなみに先輩も朝のランニングをしていることは調査済み。一緒にランニングに誘ったことはあるけど、先輩は毎日十キロと聞いて即あきらめました。
「あ、先輩!」
通学路の先に先輩の後ろ姿を見つけた。朝から先輩に会えるなんて、ラッキー!
電柱にすばやく隠れて、軽く身だしなみをチェック……OK!
私はスキップしながら先輩に近づく。
「おっはようございまーす、先輩!」
「おはよう、伊藤」
えへへ! 今日はいいことありそう。
私は他愛のないことをおしゃべりして、先輩が相槌を打ってくれる。
この楽しいひとときがいつまでも続けばいいのにな。
校門に着いたとき、違和感を覚えた。
何だろ?
「……なんだ、名前がおかしいぞ」
ん? 名前?
先輩の指摘に、私は学校名を確認する。
青島学園から青島高等学校に戻ったはずなのに、また学園になってる。
あれ? おかしいな……。
学園と書かれている左側はビニールがついていて読めない。用務員さんが近づいてきて、ビニールを外す。
そこには……。
「あ、ああああ!」
B……L……学園……BL学園!
ええええっ! 『YOUコントしちゃ○なよ!』の『美絵流○園』がリアルに!
なんで? なんでなんでなんでなんで! おかしいでしょ! この名前!
「BL学園? なんなんだ?」
「ええっと……なんでしょうね?」
言えるわけがない。
BLのこと、秘密にしておいたのに! バレバレじゃない!
これ、絶対苦情かナニ○レ珍光景のスタッフがきちゃうレベル! なんでこうなるの!
ううっ、今までの苦労と苦悩が台無し~。
で、でも、まだ大丈夫だよね?
私はなぜ名前が変わったのか、用務員さんに尋ねる。
「あの」
「なんだい、嬢ちゃん」
「BLってなんですか?」
用務員さんはにかっと笑う。
「ハイカラだろ? 来年は新入生が増えそうだからね、これを機に学校名を今どきの名前にしよって話になったんだ。それで考えたのがBL学園だよ」
いやいや、おかしいでしょ!
名前がエキセントリックすぎでしょ! 一番つけちゃダメなヤツですから!
「BLUE ISLAND LIBERTY、略してBL」
PL○園のパクリかい! 強引すぎる!
「なるほどな~、青島の自由ね~、いいですね~」
BLUE ISLAND=青島。
LIBERTY=自由。
青島の自由という意味でBLUE ISLAND LIBERTYなのね。
「伊藤、投げやりになってないか?」
「気のせいでしょ?」
「何か言いたいことがあるのか?」
「いえ、別に」
やっちゃった! ここで先輩に話をしておけばよかったのに! こうなったらもう……白を切るしかない!
ああ、私のバカ……でも、こんな性格が愛おしい……腐腐、私腐っているわ……。
「るんらら~」
「楽しそうだな、伊藤」
「ええっ~、そうですか~?」
いけない、頬が自然と緩んでしまう。
私達は今、水泳部男子の部室に向かっている。なぜ、水泳部男子の部室に向かっているかというと……。
三十分前、風紀委員委室にて。
「苦情?」
先輩が橘先輩に聞き返す。
お菓子を食べていた私とサッキーの手が止まる。
「そう、男子水泳部部室から奇声が聞こえてくるってね。ただふざけてるだけだと思うけど、確認してきてよ」
風紀委員ってそんなことまで対応するの? フツウ、先生がやるんじゃないの? 何やってるの?
だから、風紀委員は先生の犬って言われるような気がするんだけど、橘先輩はきっと見返りを求めているんだよね。
先生に見返り求めるとかマジ、尊敬します。
「分かった。調査してくる」
決断早っ!
先輩が席を立つ。
「悪いね。いつもいつも」
「気にするな」
私はウエットティッシュで手をふき、お茶を飲みほし、口元をふいて立ち上がる。
「先輩、私もいきます!」
「伊藤、やる気満々だな。一緒にいくか」
「はい!」
ふふっ、今度は水泳部か~、夢が広がるな~。今度はどんなイケメンと出会えるんだろう。しかも、水泳だから上半身裸だし。
先輩と二人、部屋を出ようとしたとき。
「ま、待った!」
御堂先輩が慌てて私達を呼び止める。
「私がいく。伊藤、お前は残れ」
えっ? 私だけ?
御堂先輩の横暴な態度に、私はプロ野球の監督並みに猛抗議する。
「な、なんでですか! 納得いきません!」
「い、伊藤が出るまでもないだろ? ここは私に任せておけ」
「それなら御堂先輩だって同じだと思いますけど~」
「そ、それはその……最近、藤堂と二人きりが多いし、私も……」
ま、まさか、嫉妬されてる? えっ、もしかして、御堂先輩は先輩の事……。
御堂先輩は頬を赤らめて、ぼそっとつぶやいた。
「そ、そろそろあばれた……仕事しないとな」
こ、この人、ホント危険じゃない? 暴れたいって言いそうになったよね? 橘先輩! この人こそ取り締まらなきゃいけないよ!
先輩の世代ってフラストレーション、溜ってるの?
それに、ただの苦情だよ? 暴れる要素がないと思うんだけどな……ないよね?
「なんですの、伊藤はん。ウチの顔見て。何かついてます?」
「いえ、なんでも!」
私は朝乃宮先輩からさっと視線をそらす。
なんだろう……朝乃宮先輩って綺麗な人なんだけど、本能的に何か怖い。
「じゃあ、いくぞ、藤堂」
「お、おう」
先輩が御堂先輩といってしまう! そんなのヤダ! ありえない!
私は二人を呼び止める。
「だ、駄目です! そ、そんなにいきたいのなら、御堂先輩、私と一緒にいきましょう!」
「はぁ?」
「い、伊藤?」
し、しまったぁあああああああ! 恋心よりも欲望がぁ!
わ、私ったら、なんてことを! イケメンに会いたいからって、欲望に忠実すぎるでしょ、私! 先輩達が少し引いてる!
橘先輩が苦笑していた。
「男子水泳部の部室にいくのに、女の子二人はまずいでしょ。三人でいってきなよ」
ナイスフォロー、橘先輩! でも、なるべくなら、私と先輩の二人っきりがいいんですけど!
でも、御堂先輩が本当に先輩の事、好きか気になるし……でもでも、それはそれでなんかイヤだし。
「そうだな。それでいいか、御堂?」
「わ、私はまあ、いいけど……」
ううっ……。
私は先輩の背中を恨めしそうに睨むけど、全然気づいてくれない。
「よくありませんわ、お姉さま」
黒井さんが話に割り込んでくる。
「お姉さま、今日は私と見回りする先約がありましてよ。不良がいるから危ないとおっしゃり、ついていくと言ったのはお姉さまでしょうに」
「そ、そうだっけ?」
「そうですわ。さあ、いきましょう」
「ま、待ってくれ、麗子」
黒井さんが御堂先輩を連れていこうとする。
よし! 今のうちに!
「先輩! いきましょう!」
「お、おう」
私は先輩の背中を押し、リードする。
早くいかないと!
これは普段の行いの良い私に、神様が与えてくれたチャンスだよね!
なら、ものにしないと!




