二話 伊藤ほのかの挑戦 M5の逆襲編 その九
審判にボールを渡される。私はボールを何度もバウンドさせた。
はっきりいってフリースローは苦手。
元々文系女子の私は運動神経がいいわけでもなく、ピンチになったら覚醒するような都合のいい主人公スキルもない。
でも、文学少女だからこそできる攻略方法がある。
私はボールを両手で掴み、足を肩幅まで開き、ボールを下に構える。
下から、上へ……投げる!
ガン! ガンガン!
おしい!
入らなかったけど、リングには当たった。
「な、なんだありゃ!」
青巻君が焦ったような声を出している。
それはそうだろう。先ほどの私のフリースローはまるでかすりもしなかったのに、今度はいきなりボールが入りかけたのだから。
「アンダースローか。なるほど、厄介なシュートだ。だが、次も必ず失敗する」
ううっ、赤巻君がプレッシャーをかけてきたよ。
落ち着け。一本でも入れたら私達の勝ち。まだ二回残ってる。優勢なのはこっち。
第二球を投げる。
ガン!
ああ、惜しい! あと少し後ろなら得点できていたのに。
あと一回。緊張してきたよ。勝てるのかな……。
外したらおわりだよね……試合終まであと一分しかない。これを逃したら、負けは決定。
これがラストチャンスなのに……みんなが作ってくれたチャンスなのに。
また、私はみんなの足を引っ張るの?
「ちょっとタイムいい?」
橘先輩?
橘先輩が審判にタイムを求める。
「待て、フリースロー中はタイムなんてできないのだよ」
「まあまあ、練習試合だし、僕達素人だし、大目に見てよ、お願い」
「……いいだろう。一分だ」
赤巻君に許可をもらい、私の前にみんなが集まってくる。
「いけそうか、伊藤?」
先輩の問いに、私は大丈夫ですとは言い切れなかった。やっぱり、モブはいいとこなしなのかな……。
気持ちがどんどん沈んでいく。
「伊藤氏、ここでキメたらヒーローだぜ!」
「気楽にいこうぜ。全部おしかったし、そろそろ入るでしょ?」
長尾先輩と須藤先輩の励ましにちょっとだけ気分が楽になる。
「外したこと考えよっか」
橘先輩~やる気が売り切れたよ~。
気分が一気にブルーになる。
「左近は成功したときのことも失敗したときのことも考えるヤツだ。それに俺も伊藤一人に負担をかけたくない。みんなで勝とう。伊藤だけが背負う必要はない」
せ、先輩!
結婚前提にお付き合いしてくださいって叫びそうになったよ!
やる気が千パーセント超えしちゃいました! マジLOVE1000%状態です!
「そろそろいいかい? 時間がない。伊藤さんはシュートをいれることだけ集中して。入れば僕達の勝ちだから」
「分かりました!」
「外したときだけど……」
橘先輩は外したときの作戦を先輩達に説明している。
私は目をつぶり、瞑想する。
決める!
私のせいで先輩達に迷惑をかけたんだ。私が尻拭いしなきゃ!
先輩達のおかげで掴み取ったこの一本、絶対に入れてみせる!
タイムが終了し、審判にボールを渡される。
目を閉じ、気持ちを落ち着かせる。
私は最後の一本に全神経を集中させる。
どくん……どくん……。
心臓の音が聞こえる。自分の息遣いが聞こえる。
必ず入れてみせる……。
一球入魂!
私は目をそっと開け、ゴールを睨む。
いっけぇえええ!
私はボールを投げた。
……クルクルクルクルクル。
ボールはリングに吸い込まれるように飛んでいく。私はごくりと息をのんだ。
これっていけるんじゃない?
ボールがリングの周りをぐるぐるまわっている。
お願い、入って!
ボールがリングから……外れた!
「くっ、このチビ!」
私がシュートした瞬間、紫巻君と長尾先輩の位置取り合戦が始まっていた。
リバウンドに最適な位置を長尾先輩が陣取っている。長尾先輩をどけようと、位置を入れ替えようと紫巻君は動くけど、長尾先輩はその場をゆずらない。
「けっ! この程度のあたりじゃあびくともしないぜ、出直してきな!」
相撲で鍛えた足腰で、長尾先輩は紫巻君を難なく押し返す。
「リバウンド!」
私の悲痛な叫びが響く。
なんで私って肝心な時に役立たずなの!
「おおおおおおっ!」
須藤先輩がボールに飛びつくけど。
「あめえよ」
青巻君が須藤先輩よりも早く、リバウンドする。
うそ……これでゲームセット? もう勝てない……そう思ったとき。
「ッ! 下だ、青巻!」
パン!
青巻君の下で待ち構えていた橘先輩が、青巻の手にしていたボールを真上に弾き飛ばす。
「ナイスだ、左近!」
先輩が飛び上がり、ボールをキャッチしようとする。そして、そのままゴールに叩き込もうとする。
「残念だったっスね」
「終わりだ」
黄巻君と赤巻君が先輩のシュートをブロックしようと近づいている。
このままだと、止められちゃう!
ここで決められラなかったら、本当にもう、終わり。
私は何もできないの? 先輩任せでいいの? 私にできることはないの?
私の頭の中にミスディレクションの言葉がよぎる。
視線誘導。
それさえできれば先輩を援護できるかもしれない! でも、できるの? 私なんかに?
私が黄巻君と赤巻君を視線誘導させて、先輩をフォローする。それなのに、弱気な心が体を硬直させてしまう。体が動かない。
絶望が心の中を支配しようとしたとき。
『みんなで勝とう』
脳内で先輩の言葉がよみがえり、私の背中を押してくれた。
足が動く! やらなきゃ! 私が! もう、でたとこ勝負!
私は直感で動いた。
先輩が空中でボールをキャッチする。その瞬間、黄巻君がシュートブロック、赤巻君がフォローに入ろうとする。
タイミングはここ!
いっけぇえええええええ! 私のミスディレクション!
「先輩! 計画通りです!」
「!」
「!」
よし! つれた!
パスブロックするために、赤巻君が足を止めて私をマークする。
これで黄巻君と先輩の一騎打ち! 黄巻君は私の声を意識してくれているはず。
先輩、私ができるのはここまでです。あとはお願いします!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「させるか!」
先輩のダンクを黄巻君が止めに入る。黄巻が片手でボールに触れ、先輩のダンクの動きが止まってブロックした。
「「「いっけえええええええええええええ! ふじどぉおおおおおおおおおお!」」」
(お願い! 先輩! 決めて!)
みんなの声に反応するように先輩は大きく目を見開く。
先輩は両手に力を込めて、力任せにボールをリングに叩きつけようとする。その勢いは黄巻のブロックを突き抜け……。
ドーーーーーーーーン!
先輩がボールをゴールリングに叩きつけた!
轟音の後、体育館にはボールがバウンドする音しか聞こえない。体育館にいるみんなが今のプレイに呆然としている。
誰も、何も言葉が出てこない。
この静寂がずっと続くのかと思っていると、沈黙を破るように笛の音が鳴り響く。
ピーッピーッピーッ!
試合の終了を告げる笛の音が体育館に響き渡る。
試合終了……だよね? 私達……勝ったんだよね?
信じられない……勝ったんだ……私達……あんなすごい人達からワンゴール奪ったんだ!
やった……やった!
「先輩!」
私はこの試合の立役者である先輩に抱きついた。先輩は少し困った顔をしていたけど、すぐに笑顔になって頭を撫でてくれた。




