一話 伊藤ほのかの挑戦 落ちてきた男編 その五
とりあえず、私は黒井さんとサッキーを連れて、校舎の端へと移動した。ここなら、大丈夫。あの子達も来てないし。
けど、少し体を動かしただけでも、暑いな。もう十月なのに日中は全然涼しくならない。
「こんなところまで連れてきて、どうなさるおつもりですの?」
黒井さんの問いに私は胸を張って指示する。
「サッキーは橘先輩に報告お願い。黒井さんは私と一緒に来て」
「一緒にってどちらに?」
行き先について、私には確信があった。
空から降ってきた男の子。
テニスラケットにバーニングの独り言。
伊集院様の登場シーン。
これらの共通点が分かればおのずと解が導かれる。
間違いない、全てはあの場所に繋がっている。
私はどこにいくべきか、言葉にした。
「全ての答えはテニスコートにある!」
びしっと私はテニスコートのある場所を指さした。
私の答えに、黒井さんはため息をついた。
「何を根拠にテニスコートと言い出すかと思えば……」
「ええっ~、全ての状況がテニスコートだって示してるじゃない」
呆れている黒井さんに私は唇を尖らせる。
完璧すぎる推理なのに黒井さんにはお気に召さないみたい。
「落ちてきた殿方はともかく、神輿の殿方は取り巻きの女の子の後をつければ確実に目的地がどこか、分かったのではありませんこと?」
「……そうかもしれないね」
「そうですの」
ううっ、正論なだけに耳が痛い。だけど、私の推理は間違ってはいない……はずだよね?
だんだん自信がなくなってきたよ~、どうしよう。
「それで、落ちてきた殿方を調査するプランはありますの?」
黒井さんが少し柔らかい口調で尋ねてくる。
気を使われたことに申し訳ない気分になるけど、今は問題を解決するほうが優先しなきゃ。
私の株を上げるためにも、先輩とのらぶらぶな高校生活を過ごすためにも!
「とりあえず、テニス部員から聞き込みを開始しよっかなって思うんですけど~」
黒井さんの顔色を伺いながら提案してみる。黒井さんはため息をつきながらうなずいてくれる。
ふう……ちょっと情けないけど、いいよね。
テニス部ってイケメンが多いからちょっと楽しみだな~。(偏見)
「楽しそうですわね」
「えへへ……こう見えても私、中学はテニス部でした。私の必殺サーブは誰にも破られたことなかったんですよ。テニスの事なら任せてください!」
テニス部員といっても、入部したのは中学二年生の時だ。
それまでは文芸部だったけど、私をいじめてきた同級生を見返そうと努力していたとき、始めたのがテニス部だ。
テニス部=モテる、なんて安直な考えだったけど、あの頃はとにかく必死だった。
私の中学のテニス部は別名帰宅部と呼ばれていて、幽霊部員がほぼ半数を占め、顧問もくることのないフリーダムな部だった。
それもテニス部に入部した理由の一つなんだけど、今考えるとすごい部だよね。
「へえ、そうなんだ」
あれ? 今、上から男の子の声が聞こえてきた。見上げてみると男の子がフェンスの上に座っている。
眩しぃ! 太陽を背に背負ってるなんて……思わず駄洒落が……。
「ねえ、俺にもテニス、教えてくんない」
キ、キター!
白い帽子に小生意気な態度、鋭い目つき、クールで可愛い顔、間違いない、彼は……。
「く、黒井さん! なんとなくこの展開は予想していましたけど、的中すると嬉しいですね!」
「伊藤さん、あなたが何をおっしゃりたいのかわかりかねますの」
くぅ~! 風紀委員って漫画、読まないの? 先輩もあまり詳しくないし。ここに長尾先輩がいたら共感できたのに!
「ねえ、どうなの?」
いけないいけない。つい嬉しくて我を忘れてしまった。
ううっ……ちょっとドキドキしてきた。好きな漫画の世界に入り込んだ気分になってしまい、嬉しくてつい芝居がかってしまう。
「ごめんね、テニスはまた今度でいいかな? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「……」
「聞きたいことがあるんだけど?」
「……」
あれ? 急に黙っちゃったけど、どうしたんだろう?
「あの……聞こえてます?」
「聞きたいことがあるんなら、これで聞いたら?」
うわっ!
男の子が私にラケットを投げてきた。これって、テニスで勝負して、勝てたら教えてくれるってことかな?
男の子の漫画っぽい展開。でも、女の子に暑苦しい展開は萌えませんよ。
「ねえ、ラブアンドピースでいかない? お姉さん、サービスしちゃうよ?」
私は体を前かがみにして、上目遣いで微笑み、胸元を強調させる。
少し困ったような、恥じらいのある表情でちらっと見るのが私的にポイント。それプラス男性諸君が大好きであろう胸の谷間を見せる。
どうよ! 胸の大きさならちょっとは自信があるんだからね!
「いらない」
イラッ!
予測通り、生意気年下系男子には効果なしだね。
スルーされるとちょっと傷つくけど、彼はこうでなくっちゃダメだよね。予想通りでちょっと嬉しくなってきた。
「伊藤さんの下品な脂肪の塊は効果なかったみたいですの」
「下品って……」
やっぱり、風紀委員に私の味方はいない!
私は黒井さんの肩をポカポカと叩く。
黒井さんは私を無視して交渉に入る。ひどい! このままだと、私がバカみたいじゃない!
「申し訳ありませんが、お付き合い致しかねますの。あなたでなくても他の方に伺えばいいわけですし」
おおっ、二人が睨みあっている。
私もやってみたいな……。
しばらく睨みあっていたけど、男の子の方が折れた。
「で、何か用?」
「昨日、ある殿方が負傷した件について調べていますの。ラケットを持っていたことからテニス部だと推察しているのですが、心当たりありませんこと?」
「……あるよ」
「教えていただけます?」
「イヤ」
あ、黒井さんが笑顔で固まった。それでも、黒井さんは笑顔のまま質問を続ける。
「なぜですの?」
「誰も教えるなんて言ってないけど?」
黒井さん、笑顔が怖いっす。でも、これが彼も持ち味なんだし、ここは我慢だよ、黒井さん!
黒井さんに代わって、私が男の子に話しかける。
「ねえ、キミ」
「キミじゃないよ」
「えっ?」
「島津龍一って名前、あるんだけど」
これって少女マンガっぽいノリだよね。でも、島津君か……。
「島津君、意地悪しないで教えてほしいな」
「意地悪じゃないよ。実際体験してもらったほうが分かりやすいから」
「体験?」
嫌な予感しかしない。きっと、アレだよね?
私はアレをよく知っている。その結末も。
「そっ、だから勝負しようよ」
挑戦的な目で挑発してくる島津君。
今度は黒井さんがため息をつく。
「仕方ありませんわね。勝負してさし……」
「駄目です! 黒井さん! ギャグキャラじゃないと即死系イベントですから、これ!」
死亡フラグ立っちゃいます! 小悪魔だよね、島津君!
少なくとも私は吹き飛ばされたくない! マッハ千くらい球速がないと無理っぽいし!
そんなスピードでぶつけられたら、木っ端微塵になって死ぬよね、フツウ!
「なんですの、伊藤さん? 邪魔しないでいただけます?」
「いや、やめましょうよ~、これは黒井さんの為を思ってのことで……」
「何かトラブルか?」
せ、先輩!
振り返れば先輩がいた。振り返らなくても声で愛の力でわかっちゃうんだけどね!
後、サッキーも一緒にいるけど、私の視界にはいっていない。
私のピンチに颯爽と来てくれる先輩はやっぱり私の王子様!
サッキーが連れてきてくれたんだけど、そこはどうでもいい。
私は簡単に事の説明をする。
「つまり、あの少年が何か知っているということか?」
「そうなんですけど……」
聞き出すには島津君とテニスで勝負しなければならない。
でも、私の考えが正しければ、ボールのぶつけ合いになる可能性があるわけで……。
まるでドッジボールじゃん。しかも、顔面もOKみたいな。テニスはそんな球技じゃない。
「島津君、どうしてもテニスで勝負しなければならないのか?」
「そのほうが分かってもらえると思うよ」
確かに、嫌というほど、体にトラウマと共にたたき込まれるけどね。
「つまり、勝っても負けても理由は分かるってことだな?」
「そうだよ。で、どうするの? やるの? やらないの?」
先輩は島津君の提案にのるか考えていたけど、答えを出したよう。
先輩、提案に乗ったらダメですよ~。
「分かった。相手になろう」
「話が分かるね」
ダメだこの人! 試合、受けちゃったよ! 思いとどまってもらうよう、説得しなきゃ。
「せ、先輩! 危険です! やめましょうよ!」
「たかがテニスだろ?」
「あのテニスは格闘技なんです! 信じてください!」
先輩は困った顔をしていたが、私の頭に手を乗せ、優しくなでる。
「大丈夫だ。心配しなくていい」
ううっ、子ども扱いして……。
でも、嬉しくて胸の奥があたたかくなっちゃう。恥ずかしくて視線を上げられない。
「シングルでやるのか?」
「ダブルスで」
先輩が周りを見渡す。ダブルスの相手を探しているのだろう。
ふふっ、仕方ありませんね。怖いけど、先輩とならこの私が……。
「そうか。黒井、お願いできるか?」
「仕方ありませんわね」
「ちょっと待ったぁあああああああ!」
ちょ、違うでしょ! 空気読んでよ、先輩! 先輩の相棒は私でしょうが! ここは私を選ぶべきでしょ! フツウ!
「先輩先輩先輩先輩! 私私わ~た~し!」
ゼロ距離まで先輩に詰めよって、何度も指差し、アピールする私に先輩はちょっぴり引いていた。
「……危ないから嫌じゃなかったのか?」
「そうですけど! 私が出ます!」
もう! 先輩は乙女心が分かってない! 心遣いのチョイスが間違っている!
「伊藤さん。あなた、言っていることが支離滅裂ですの」
「まあまあ、黒井さん。ここは伊藤さんに任せましょう」
「ちょ、ちょっと、上春! 引っ張らないで」
サッキーがこっちを見て、ウインクしてくれた。
ナイスフォロー、サッキー! 先輩を誘うなら今しかない!
「先輩! いきましょう!」
「……いくか」
よし! うまくいった! 心の中でガッツポーズ!
こうして私と先輩のダブルスが始まろうとしていた。




