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七話 よろしくお願いします! その一

 時は来た。

 月曜の午後四時、青島西グラウンド。

 天気は曇りで日の光は届かず、いつもよりも更に寒く感じる。

 国八馬やチャフはウォーミングアップをしているが、淋代はグラウンドコートを着たまま、椅子に座っている。

 もしかして、ナメられているのか? 自分が出るまでもないと思っているのだろうか?


 少し勘に障るが、ありがたいのは確かだ。昨日、左近からもらった青島西中の動画をスマホでチームメイトに見せた。

 やはり、全員が淋代の実力は飛び抜けていることを感じていた。

 どうやって淋代を攻略するかが問題だったが、出てこないのなら好都合だ。

 アイツが試合に出るまで、どこまで点数をとれるかがカギとなるだろう。

 強達も柔軟体操やキャッチボール等で体をほぐしている。

 俺も一人でストレッチをしていたのだが。


「正道、風紀委員のためにも負けないでね」

「死ぬ気でやれ」

「寒い……」

「……」


 左近、御堂、順平、朝乃宮、黒井がベンチに座り、好き勝手にやっている。

 左近は半分諦めモードで、御堂はガチで発破をかけてくる。

 順平と朝乃宮は寒さに身を縮めていた。特に朝乃宮は寒くて何もしゃべらない。

 黒井は御堂をなだめている。


 左近達は保険でここにいる。

 もし、青島西中が暴力を仕掛けてきたとき、子供達を護る為、ここにいる。

 試合にはノータッチを決めていた。

 まあ、左近としては喧嘩になってノーゲームになり、更に叩きのめすことで傘下に取り入れたいと思っているのだが。

 左近には悪いが、暴力の喧嘩にはさせない。あくまで野球で勝負するつもりだ。

 もし、ラフプレイを仕掛けてきたら、本気で抗議してやる。最悪、力尽くでも止めるつもりだ。


「あんちゃん……」

「どうした、強」

「……勝とう」

「もちろんだ」


 俺達はお互いの拳をタッチさせ、改めて意気込みを確認する。

 冬休み前から始まった青島西中との因縁。そろそろ終わりにしてやる。

 強が去った後、今度は雅と奏がやってきた。

 なぜか、雅に睨まれている。


「……なんだ?」

「……強君と仲がいいんだ」


 それの何が悪い? 兄弟の仲がよくて雅に迷惑をかけたか?

 俺もつい、雅を睨んでしまう。

 雅が不機嫌な理由を奏が一言で言い表した。


「ダメだよ、雅ちゃん。ヤキモチをやいちゃ」

「! は、はぁ? そんなわけないし! 違うから!」


 乙女は大変だな。俺はつい、苦笑してしまう。

 だが、趣味はいい。

 強は将来、有望株だ。絶対に今が買い時だ。

 高校生になったら、競争率が出版社の就職率並に倍率が高くなる。

 それに、今なら俺も応援してやるぞ。


「ほら、雅ちゃん。お兄さんにお礼を言いに来たんでしょ?」

「そ、そうだけど……」


 お礼? 何の事だ?

 強をリトルに戻したことか? それなら、もう町内清掃活動のとき、お礼を言われたよな?

 思い当たる節がない。

 雅は頬を赤く染め、ぶっきらぼうに言い放つ。


「その……強君に私のこと、ちゃんと名字で呼んでって言ってくれたんでしょ? だから、ありがとなの!」

「そ、そうか……」


 それ以外、言うことがなかった。それ、お礼を言われるようなことか?

 不思議に思っていると……。


「お兄さんがアドバイスしてくれたおかげで、雅ちゃん、強君から名前で呼ばれるようになったんです」

「どういうことだ?」


 俺の問いに、雅ではなく、奏が嬉しそうに答えた。


「ある日突然、強君が雅ちゃんの事、亀井さんって呼んだんです。理由を聞いたら、お兄さんから女の子を亀って呼ぶのは失礼だって言われたと説明してくれました。でも、雅ちゃん、今まで亀、亀って呼ばれていたから、いきなりさん付けされるのはよそよそしいって悲しげにつぶやいたんです」

「誰が悲しそうに言ったのよ!」


 雅よ。顔を真っ赤にして言われても説得力がないぞ。微笑ましい限りだ。

 奏の雅いじり……ではなく、説明が続く。


「そしたら、強君、雅ちゃんの事、名前で呼んだ方がいい? って提案してきたんです」

「わ、私は別にどうでもよかったんだけど、奏が勝手に決めたんでしょ!」

「でも、強君から名前で呼ばれた~嬉しい~って言ってたじゃない?」

「だ、誰にも言わないでって言ったじゃない! 裏切り者!」


 二人はキャーキャーはしゃいでいるが、試合前だからな? 分かっているのか?

 少し緊張感が足りない気がするが、リラックスしていることはいいことだ。そう思うことにした。

 そういえば、剛はどうしたんだ?

 大抵、こういうときは頼みもしないのに口を挟んでくるのだが。


「千春! また会えましたね! これはもう、偶然ではなく、運命! これはもう、俺と運命の赤い糸で結ばれている証拠だ!」


 朝乃宮をナンパしていた。コイツもブレないよな……これはもう、二回言う必要あるか?

 あっ、朝乃宮と目が合った。

 はいはい、助けろって事だな。面倒くさい。

 俺が助けようとしたとき。


「おい。なんだ、このガキ」


 御堂が剛の襟首を掴み、持ち上げる。

 硬派な御堂にとって、軟派な剛は気に入らないのだろう。

 しかし、ここで引き下がるような男ではない。


「んだよ! 俺と千春の邪魔をするな! おっぱいタッチ!」

「きゃああああああああああああ!」


 うおぉ! やりやがった!

 剛は一瞬の隙を突いて、御堂の胸を鷲づかみにした。

 悪ガキだから許せるかもしれない行為だが……。


「こ、この糞ガキィイイイイイイイイイ!」

「チィバァ!」


 御堂は容赦なかった。

 小学生相手にガチでゲンコツを叩きつける元総長、その名は御堂。そこにシビれも憧れもしない。ドン引きだ。

 剛は千鳥足でその場にふらつき、ダウンした。


「おっ、おい、剛! 死ぬな!」

「キズは浅いぞ!」


 とりあえず、衛生兵を呼んでやれ。

 試合前なのに、どっと疲れた。


「おおーい! 正道!」


 今度はお前か……。

 嬉しそうに手を振ってきた相手は武蔵野だった。

 黒井は手で顔を覆い、頭を振っている。


「いや~偶然だな。こんなところで会うなんて」

「……それはこっちの台詞だ。ここで何をしている?」

「散歩」


 嘘だな。

 コイツ、黒井をつけてきたのか? ストーカーかよ、お前は。


「あっ、そこにいるのは麗子か! 奇遇だな!」

「「……」」


 わざとらしい。ダイコン役者か己は。

 黒井は心底うんざりした顔をしている。しかも、御堂の前で武蔵野の登場は苦痛だろう。

 ご愁傷様だ。同情する。

 武蔵野は黒井に近寄ろうとして、足が止まる。その視線の先には朝乃宮がいた。

 武蔵野の足が迷い無く朝乃宮へ向かう。


「そこの麗しいお嬢さん、隣、いいですか?」


 お前もか!

 つくづく朝乃宮も難儀な星の下に生まれたものだ。同情する。

 朝乃宮がちらちら俺に視線を向けてくる。

 助けろと言いたいのだろう。

 試合前に疲れさせないでくれ。


 ちなみに御堂は顔を赤くさせ、そっぽ向いている。また、変な事をされたらと思っているのかもしれない。

 俺は武蔵野の前に立つ。


「おい、今から大事な試合が控えてるんだ。ナンパならよそでやれ」

「あっ、正道。いたの?」


 いい度胸だ。そのなめた口、黙らせてやる。


「おい、金髪女性の次は大和撫子か? お盛んだな」

「なぜそれを知っている? ミアの事か? それともジョセフィーヌか? まさか、ケニアか?」


 そこで何人の女性の名を上げるつもりだ? イケメンだからって限度があるだろうが。


「とりあえず、大人しくしておけ。朝乃宮に手を出すなよ。いいな?」

「手は出さない。お話をするだけだ」


 コイツ、本当に俺達がここにいる理由に興味ないのな。呆れるわ。

 これ以上のコメディはいらん。さっさと試合を始めよう。




 俺達はグラウンドの中央に集まり、一列に集まる。

 国八馬はくちゃくちゃとガムを噛み、俺達を見下している。絶対に負けないという自信の表れだ。

 淋代の表情は特に変わりない。


「これがお前のやり方か、淋代」

「……信じてもらえないと思いますが、今回の件、私は何も指示してません」

「指示はな。キミが煽ってその気にさせたんだろ?」


 淋代は笑ったまま、答えない。

 ヤツは命令することなく、国八馬に俺へ喧嘩を売るよう仕掛けたのだ。

 思えば、淋代は出会ったときから、俺のことを褒めていた。その度に、国八馬は気に入らないといったツラで俺を睨んでいた。

 淋代がなぜ、俺を認めるのか、理解できなかったのだろう。だから、自分の目で確かめる為、俺を陥れる為に今回の野球勝負を仕掛けてきたってワケか。

 わざと淋代は国八馬に俺と強の情報を流し、俺ではなく、強に喧嘩を仕掛けさせたのがいやらしい。

 これだと介入せざるを得ない。


「おい、藤堂。俺は誰の指示も受けてねえ。不良狩りだかなんだか知らねえが、たいした実力もねえヤツがもてはやされているのが気にくわねえんだよ。俺が化けの皮を剥がしてやる」

「……喧嘩に負けると思ったから、野球で挑んできたわけだろ?」

「ああん!」


 おい、国八馬。淋代にマインドコントロールされてるぞ。

 そんなことを指摘しても火に油を注ぐだけだ。

 気難しそうな国八馬をよくもまあ、ここまでコントロールできるよな。

 喧嘩できるヤツよりも怖いタイプだ。


「藤堂、あまり舐めた態度をとるなよ。てめえをみんなの前で必ず土下座させてやる」

「そんなことさせない」


 強は真っ直ぐ国八馬を睨みつけ、ハッキリと告げる。

 国八馬、忘れてるぞ。これは強の喧嘩の喧嘩だ。お前こそ、舐めてかかるとヤケドじゃ済まないぜ。

 強と国八馬は睨み合っている。


「淋代、いつまでグラウンドコートを着ているつもりだ?」

「脱ぐ気はありません。試合をするつもりはないので」


 それは俺達相手なら出る幕がないってことか?

 少しイラッときたが、出ないのであれば、勝機は少し見えてくる。

 出るつもりがないのなら、引きずり出すまでだ。


「いえ、言葉通りの意味ですから」

「言葉通りだと?」

「今日は審判として、この試合に参加させていただくという意味です」


 審判としてだと? ふざけるな!


「おい! まさかとは思うが……」

「この試合(けんか)は国八馬の試合です。だから、私は参戦するつもりはありません。それにどちらかを贔屓にするつもりもありませんから。もし、不安でしたら、そちらから二名、こちらから二名でやりませんか?」


 少年野球は三人の塁審と一人の主審でまわしている。だから、二、二なわけか。

 それなら……。


「分かった。ただし、主審はこちらでやらせてもらうぞ」

「どうぞ。ただし、何かあったときのジャッジは多数決で決めますので」

「ああっ」


 これでジャッジでの不正はなくなった。正々堂々と戦える。


「おい! そんなこと認めるわけがねえだろうが! いくら勝てないからって、イカサマするつもりだろうが!」


 案の定、国八馬はブチ切れるが、そんなこと、知ったことではない。


「お前と一緒にするな。こっちは正々堂々叩きのめす」

「野郎!」


 国八馬は俺に殴りかかるが。


「国八馬、やめろ。試合で片をつけろ」

「命令するな!」

「試合で片をつけろ」


 淋代と国八馬は睨み合うが……。


「ちっ!」


 国八馬は視線をそらし、こっちを血管ブチ切れそうなツラで睨みつけてくる。

 いちいちキレて疲れないかって言いたくなる。


「おもしれえ……潰してやるよ」


 国八馬は残虐な笑みを浮かべている。

 何か企んでやがるな……気をつけないと。

 もう、言葉は必要ない。勝負だ。


「時間になりました。『青島西中』と『青島ブルーリトル』の親善試合を始めます。お互い、礼!」

「「「よろしくお願いします!」」」

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