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五話 五体満足で帰れると思うなよ その二

「えっ?」


 雅は信じられないといった悲しげな顔をしている。

 悪い、本当に何もできないんだ。

 青島西グラウンドは土日祝を除いて一般開放されている。つまり、グラウンドの使用権利は禁止事項に触れなければ誰にでもあるのだ。

 そして、グラウンドの使用は基本、早い者勝ちになる。

 そうなると……。


「どうして、無理なのよ! アイツら、絶対に野球をする気ないじゃない! どこをどう見たって嫌がらせよ!」

「雅ちゃん、落ち着いて。お兄さんの言う通り、無理だと思う。グラウンドを先に使用していたあの人達だから」

「でも!」


 奏も雅も剛も俺を見つめてくる。どうにかしてほしいと訴えてくる。

 分かってる。けど、ヤツらは不当なことはしていない。

 アイツらは大人が来ても、そのときだけは真面目に野球の練習をしているフリをしてやり過ごすだろう。

 明らかに不当な占拠していなければ、ヤツらをどかすことはできない。

 俺達に出来ることはただ、アイツらが去って行くのを待つだけだ。


「ちぇ! 見かけ倒しかよ! つかえねえな!」

「……スマン」


 ただ謝ることしか出来なかった。

 強は悔しそうに拳を握り、アイツらを睨んでいる。何も出来ない自分がもどかしくて拳を握ることしかできなかった。


「……謝るなよ。ああっ! くそ! 胸くそ悪い! 今日は奏ん家でゲームしようぜ!」

「嫌よ! ここで引いたら負けたみたいじゃない! 絶対にあきらめないから! 私、文句を言ってくる!」

「待ってくれ!」


 俺は今にも殴り込みに出ようとした雅の肩を掴む。頭にくるのは分かるが、女子一人を行かせるわけにはいかない。

 これは小学生の喧嘩ではない。体格は明らかにあちらの方が上だ。

 そして、アイツらは女だろうがガキだろうが、本気で殴ってくる可能性が高い。

 あの凄惨な私刑を見せられたんだ。警戒するべきだろう。


「よう、藤堂。奇遇だな」


 長髪の男と大男がこっちにやってきた。ガムをくちゃくちゃ噛みながら、憎たらしい顔で挑発してくる。

 目の前の二人とは別に、十人ほどか……。

 強達を守りながら喧嘩をするのはリスクが高すぎる。ここは穏便にやり過ごしたいところだが……。


「アンタ達! 野球をする気がないのなら、出て行きなさいよ!」


 ああっ……状況がどんどん悪化していく……。

 案の定、雅が突っかかってきた。

 長髪の男は目をかっと開き、雅を睨みつけてきた。


「ああん! ぶっ殺すぞ、ガキが!」

「……な、何よ! 怒鳴ったって怖くないんだからね!」


 雅は涙目になりながらも、気丈にもにらみ返す。

 雅は根性がある。だが、まだ幼い女子だ。

 俺は雅を長髪から隠すようにして、体ごと割り込む。


「やめろ。関係ヤツを巻き込むな」

「俺に命令してるんじゃねえぞ! 犯罪者が!」

「は、犯罪者?」


 奏が不安げに俺を見つめてくる。

 俺が犯罪者か……。


「……何の根拠があって俺を犯罪者呼ばわりしやがる」

「おいおい、偽善ぶるなよ。お前は過去にとんでもないことをしでかしただろうが~? ニュースにもなったよな~? それとも、忘れたのか~? だったら、思い出させてやる。お前は中学三年のときに……ぐげぇ!」


 俺は長髪のアゴを右手で掴み上げる。

 このアホ、子供達相手に何を言おうとしてやがる。こういうドアホは力で分からせる必要があるな。


「あがっ! がががががががっ!」


 俺はゆっくりと力を込めていく。誰に喧嘩を売ったのか、分からせるために。


「あんちゃん!」

「!」


 長髪の隣にいた大男が俺に殴りかかってきた。

 俺はかろうじて空いた手で大男の拳を受け止めるが、そのせいで体勢が崩れ、長髪に逃げられてしまう。


 大男と俺のにらみ合いが続く。

 大男といっても身長は百八十そこそこ。中学生としてはデカいほうだが、俺よりはチビだ。

 表現が少しおかしいかもしれなかったが、とにかく、多少力はある。

 俺は無理矢理力で相手のパンチを横にそらし、手を離す。

 気がつくと、グラウンドにいたガキ共が俺達を囲んでいた。

 強にも三人ほど囲んでいる。


 不味い! 切り離された!

 こっちは雅、奏、剛がいる。三人を守りながら強を助けるのは不可能だ。


「おい! そのガキを捕まえろ!」

「やめろ!」


 俺は強を助けにいこうとしたが、ズボンを引っ張られ、足を止めた。

 俺の足を止めたのは……。


「あんちゃん……」

「お前か!」


 剛が真っ青な顔をして、捨てられた子犬のような目で首をブンブンと横にふっている。

 いや、そこは根性みせろよ! 男子だろ!

 けれども、雅も奏も不安げに俺を見つめている。

 くそ! 動けねえ! 動けば三人が危ない。

 この間にも強は中坊達の魔の手に……。


「おい! さっさと来い……ぶはっ!」

「おごーーーーっ!」

「あんでしゅ!」

「「「……」」」

「藤堂はん。そろそろタイムセール始まりますし、さっさと終わらせてほしいんやけど。ほんま、女の子を寒空に待たせるなんて、堪忍してほしいわ」


 出たよ。青島で手を出してはいけない女、ベスト三に入る女、朝乃宮が……。

 朝乃宮があっという間に三人の中坊を叩きのめした。おいおい、ツッコミどころ満載だろ。

 買い物行くのに木刀を持つ理由はだとか、どこから持ってきたの、その木刀とか、転がっているヤツ、脇腹を押さえているが、あばら、折れてるんじゃねえとか、もういろいろだ。


 ただ、ナイスだ。

 俺は近くにいた男の腹に思いっきりヤクザキックを蹴り込む。


「ごぼぅ!」

「おい、蛇橋! てめえ! こはぁ!」


 俺は包囲網を破り、剛、雅、奏を逃がす。この位置なら、後ろに逃がすことが出来る。

 強は朝乃宮が護ってくれる。三人が逃げる間、足止めくらいはできる。

 それでも、数はまだあちらの方が多い。

 形勢はようやくイーブンってことか。ただ、負ける気はしねえがな。


「お前ら、とっとと倒れているヤツらを連れて、帰れ。でないと、本気でこの喧嘩、買ってやる。ただし……」


 俺はためをつくり、全員を睨みつけるにして、低い声で警告する。


「そのときは五体満足で帰れると思うなよ」


 長髪も大男も黙り込んでいる。忌々しげに睨んでくるが、ビビってるヤツの睨みなんて何の脅威にもならない。

 まあ、中坊だから、追い詰められたらナイフとか取り出しそうだけどな。


「手を出したのは藤堂はんやけどね」


 やかましい。だから、喧嘩を売ったのはそっちだと言っただろうが。お前も手を出しているからな!

 怪我の功名……と言ってもいいのか分からないが、とりあえず、コイツらを追い出せそうだ。

 そう思っていたのだが。


「俺達はやめねえぞ。平日は毎日、このグラウンドを占拠してやる。それに、夜道は気をつけるんだな、ガキ共! お前達の顔は覚えたからな!」

「てめえ……」


 不味い……そんなことをされたら、フォローしきれない。

 もし、小学生に手を出したら、警察も黙っていないだろうが、それは被害にあってから動くことになる。

 事件が起こってからでは遅いのだ。


 それに、強は俺の関係者である以上、事件が起これば、強が責められるかもしれない。

 俺達は悪くないが、間違いなくきっかけとなっている。

 責められるのは、実行犯ではなく、原因となる人物なのだ。ここがマジで理解出来ないのだが、実際にそういうことが多々あるので救いようがない。

 コイツらの目的は俺だ。ならば、ケリをつける必要がある。

 コレは俺の問題だ。左近や風紀委員には頼れない。


「なあ、藤堂。俺達と勝負しねえか? コイツで」


 長髪はボールを見せびらかしてくる。

 野球で勝負だと? ふざけるな!


「俺達が負けたら、そのガキ共にちょっかいだすのは考えてやる。だが、お前が負けたら……」

「絶対に手を出すな。考えるとかふざけたこと言ってるんじゃねえぞ!」


 何が考えてやるだ。約束を破る気満々だろうが!

 長髪はブチ切れた目つきで睨んでくるが、俺も睨み返す。もし、これ以上、戯れ言をぬかすつもりなら、この場で叩きのめす。


「国八馬、条件に乗れ」


 今まで黙っていた大男、国八馬が長髪に声を掛けてきた。長髪は大男にまで食ってかかる。


「俺に命令するな、チャフ!」

「俺達は負けない。そうだろ?」


 チャフの負けないという言葉に気をよくしたのか、国八馬はニヤッと笑い、俺を睨んでくる。


「いいぜ。俺達が負けたらお前の言う通りにしてやる。だが、お前が負けたら、俺達の奴隷になれ」

「奴隷だと?」

「そうだ。淋代は気に入っているみたいだが、そもそも、お前みたいなひ弱なヤツが役に立つとは思えないからな。毎日、俺のサンドバックにでもなってろ」


 ゲラゲラと笑いが起こる。

 奴隷だ? サンドバックだ?

 はあ……。


「どうだ? 勝負するか? それとも、尻尾を巻いて逃げるか? 答えろよ、おい!」

「……藤堂さんだ」

「ああん?」

「さん付けしろ、ガキが。俺の方が年上だ。舐めたクチ聞いてるんじゃねえぞ! ボケ!」


 俺は国八馬を見下すように睨みつける。実際、国八馬の方が俺よりもチビだ。

 国八馬はグラウンドにガムを吐き捨て、俺を睨んできた。

 互いに目をそらさず、じっと睨み合う。


 経験上、国八馬のような短気なヤツは睨み続けていたら、手を出してくる。

 そうなればこっちのものだ。返り討ちにして、叩きのめす。

 そして、体にたたき込んでやる。

 俺達に手を出したら、どうなるか? ここにいる全員に見せつけてやる。


 厄介なのは淋代だけだ。

 これは俺の勘だが、この一件、淋代も一枚噛んでいるが、直接関わる気はないのだろう。ここにいないのが証拠だ。

 それならば、ここでコイツらを叩きのめしても文句は言わないだろう。


 国八馬の顔がじれて眉がピクピクしている。もうすぐだ……。

 俺は拳を軽く握った。

 一触即発の空気が漂っていたが、それを打ち破る声が聞こえてきた。


「片付けろ。ガムを片付けろ」


 強は国八馬にガムを拾えと抗議してきた。いや、命令していた。

 強にとって、グラウンドにゴミを捨てるのが許せない行為だったのだろう。

 スポーツに真摯に向き合っている人間なら、自分の戦場を汚す行為は許せないと思うはずだ。

 しまった! 強の事を忘れていた!

 このままだと、矛先は……。


「てめえ……俺に意見する気か?」

「片付けろ」


 国八馬がドカドカと強に近づいていく。

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