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四話 自慢させてくれよな その三

「よっしゃ! 俺の勝ち~。ざまあ~!」

「……」

「……ふぅ」


 俺はこっそりため息をついた。

 強は悔しそうに剛を睨んでいる。剛は強にここぞとばかり、挑発していた。


「はぁ……やっと終わりましたね……」


 全くだ。奏に激しく同意したい。

 結論から言えば、剛は強からヒットを打てた。七十五球目でな。

 俺達は青島西グラウンドでワンナウツゲームを始めた。

 挑戦者は剛と雅の二人だ。奏はスポーツが得意ではないとのことで、審判をお願いした。

 俺はもちろん、キャッチャーだ。


 ちなみに、シュナイダーは雅が連れてきたプードルと仲良く……かは分からないが、お互い吠えたり睨みあったり、鼻をヒクヒクさせたりして、遊んでいる。

 もしかすると、シュナイダーに初めての友達ができるかもしれない。


 剛と雅は青島ブルーリトルに所属し、強も所属していたらしいので、同門対決になったわけだ。

 最初は苦戦すると思っていた。

 手の内はお互い知り尽くしているとはいえ、少年野球のルールで変化球は投げられない。つまり、ストレートで勝負しなければならないのだ。

 俺は様子見と強を落ち着かせるために、初球はボールを要求したが、強は首を横に振る。剛が初球で勝負を決めると挑発したからだろう。

 強の肩はまだ暖まっていないが、仕方ない。本人のやる気をそぐことはしない方がいいだろう。

 俺はミットを真ん中にかまえる。


 さあ、こい!

 強は大きく振りかぶって……投げた!

 くっ、遅い!

 ウォーミングアップが不十分のせいで、球が走っていない。

 剛はガキにしては筋肉が付いていて、パワーもありそうだ。バットの構え方も様になっている。


「もらったぁあああああああああああああ!」


 剛は片足を上げ、強く踏み込みつつバットをフルスイングした。

 空を切る鋭い振りに、バットはボールに吸い込まれるように……。


 パン!


「ストライク~」


 ミットに収まった。


「……」

「……」


 見かけ倒しかよ。流石は伊藤の弟。お約束を入れてきやがる。


「い、今のはわざと外してやったんだ! いきなり勝負がついたら、盛り上がらないだろ? 俺はエンターテイメントなんだ!」


 意味の分からない捨て台詞を残し、バットを構え直す。

 俺は無言で強にボールを投げた。

 強は一息をつき、ゆっくりとマウンドをならしている。あれが強のリラックス方法だ。

 油断はしない。気兼ねも必要ない。

 強、お前の実力を見せてやれ!


「ツーストライク~」

「ストライク~バッターアウト~」


 三球三振で終わった。見事に決まったな。

 鮮やかすぎて憎たらしいぞ、強。

 俺はミットで口元を隠す。ニヤけ顔を見られたくないからだ。


「おい、眼鏡! 今のはボールだろ!」

「ううん。ストライクだよ」

「眼鏡のくせに見間違うなよ! 今のはボールだ!」

「斬新だな。俺にはお前がバットをフルスイングしたように見えたんだけどな」


 バット振っておいて、ボールはねえだろうが。

 剛は俺を睨んでくるが、睨み返してやると、俺に背を向け、バットに八つ当たりを始めた。小物臭い。


「次は雅さんの番だぞ」

「う、うん……」


 雅はまだ気にいているのか、覇気がない。

 だが、三振にとられると、持ち前の強気な性格が出て、ヒートアップしていく。

 剛と雅が再度、また再度強に勝負を挑み……ようやく、剛がヒットしてくれて終わった。

 流石にストレートを何回も短時間に見せられたら、目が慣れてくるだろう。それに疲れも出てくる。

 十球目以降は強のエンジンもかかって、バットにかすりすらさせなかったが、五十球あたりからあやしくなってきて……打たれたわけだ。

 休みなしで投げていたからな。普通ならありえない投球だ。


 ちょうどよかったのかもしれない。これ以上は強の肩を痛める可能性があるしな。

 時間も結構たったし、今日はこれまでにするか。目的は達成したからな。


「強、今日はもう、終わりにしよう」

「……まだ、あと一回だけ」

「……」


 だよな。負けて終わるのって嫌だよな。だったら、仕方ない。


「一回だけだぞ」


 強は嬉しそうに頷く。


「そういうわけだ。ラスト一回、付き合ってくれ」

「嫌だよ~ん! 誰があんな負け犬と戦うかよ!」


 お、大人げねえ……いや、ガキか。剛はイラッとさせる態度で神経を逆なでしやがる。

 ほんと、伊藤の血統だな。ムカつく!


「それなら、雅さん。挑戦するか?」

「当たり前よ! 剛にできて私にできないなんてありえないわ!」


 ふふっ、青島らしい反応だ。ちょっと、イラッときたがな。

 あまり、俺達をナメるなよ。


「どけ、亀! 男の真剣勝負に手を出すな!」


 コイツ、雅を押しのけて、バッターボックスに入りやがった。かなりムカつくが、リベンジされてもらえるのはありがたい。

 覚悟しやがれ!

 コースはもちろん、ど真ん中だ。力でねじ伏せてやれ!

 強は大きく振りかぶり、ボールを投げた。


 バン!


「ボール……」


 おおっと……かなり外れたな。強の投げたボールは大きく右上にそれた。なんとか、キャッチできたが……。


「……」


 俺はもう一度、ど真ん中にミットを構える。

 強は力を溜め、大きく振りかぶり……投げた。


「ボール……」

「おいおい! どこに投げてるんだ、ノーコン!」

「……」


 今度は俺の真上にボールが飛んできた。

 やはりな……。

 俺は立ち上がり、強の元へ歩いていく。


「強、終わりだ」

「……まだやれる」


 俺は強の手を握ると、強は顔をしかめた。

 今日は寒かったからな。体が暖まっていないところに投げつつけたから、野球肘になったのかもしれない。

 様子を見る必要があるが、今日はもうやめさせる。

 俺は強からボールを取り上げ、みんなに告げる。


「悪い! 今日はここまでだ!」


 強は不満げな顔をしているが、無視だ。あと一人、愚図るヤツがいるが、無視させてもらう。

 そう思っていたが。


「……ちっ! 強! この勝負は俺が預かってやる! ちゃんと体、休めておけよ!」


 意外というか、伊藤らしいと言うか……少し見直した。やはり、伊藤の血筋だ。

 雅と奏は強の体調を気に掛けていたが、強はムスッとしたまま、拗ねている。俺は肩をすくめ、後片付けに入った。




 時刻は午後五時半。俺達は帰路についていた。

 日はもう暮れかかっていて、街灯に明かりがついている。

 強は俺の隣でまだ不満そうな顔をしていたが、これは(ゆず)るわけにはいかない。もし、痛みが引かないようなら、病院もありえるからな。

 強の態度とは裏腹に、三人は始終笑顔のままだ。

 シュナイダーとプードルはお互いちょろちょろと三人にリードを引かれて歩いている。

 どうでもいいが当初の目的を忘れてないか、お前達。


「あっ……」


 俺が忘れてた……。

 タイムセール、始まってる。買い物に行かないと。

 機嫌の悪い強を残していくのは少し心配だが、いつまでも俺がいては三人も強と話しにくいだろう。


「強、俺は晩ご飯の買い物がある。悪いがシュナイダーを頼めるか?」

「……」


 返事がない。怒らせてしまったな。どこかでご機嫌をとっておこう。


「晩ご飯のお買い物とかオカンか!」

「その顔で家の手伝いしてるんだ……」

「買い物袋が似合ってそう」


 前を歩く三人から、それぞれの感想を叩きつけられた。

 相変わらず失礼なガキ共だ。


「……あんちゃん、僕も手伝う」


 おおっ、意外な提案が……。

 強が手伝いを名乗り出てくれた。本当にいい子だよな、強は。

 だが、今回はマズイ。なるべくなら、強は三人と一緒に帰って欲しいのだが……。

 でも、機嫌が悪かったのに、手伝いを名乗り出てくれたのは家族のためだよな……。


 俺は以前、家事について話したことがある。自分の出来る範囲で義信さんと楓さんの手伝いをしたいと言ったことがあった。

 多分、強は雅の言った家の手伝いという言葉を聞いて、思い出してくれたのだろう。その好意を無下にしてまで、三人と一緒にいるよう勧めるのもな……。


「えええっ~! 強も行くのかよ!」

「もう少し私達と一緒にいようよ」

「……」


 剛と雅が強を引き留めようとする。だよな。せっかく一緒に遊んだのに、帰りが別なのは嫌だよな。

 さて、どうするべきか?

 俺一人で買い物に行くか? それとも……。


「買い物に行く必要なんてありません」

「うおぉ! あ、朝乃宮!」


 振り返ればヤツがいる。俺の後ろにいつの間にか朝乃宮がいた。

 コイツ、俺の後ろに立つのが趣味なのか? 心臓に悪い。

 朝乃宮はジト目で俺を睨んでいる。何か朝乃宮の機嫌を損ねることしたか?

 朝乃宮はため息をつき、首を横に振る。


「携帯」

「携帯?」


 俺は上着に入れていた携帯を取り出した。


「着信? それとメールも……」


 俺は確認すると……なんだ? 連続で結構きてるぞ。

 相手は……朝乃宮か?


「朝乃宮、何かあったのか? まさか、アイツらが動き出したのか?」


 朝乃宮が何度も連絡してきたって事は緊急事態だと思ったのだが……思いっきり呆れられた。

 違うのか?


「今日はウチと藤堂はんが当番やし、何を作るのか相談したかっただけです。無視されたんで、ウチが勝手に決めましたから」


 思いっきりどうでもいいことだった。いや、晩ご飯のおかずを決めるのはどうでもよくないが、まさか、家のこととはな。

 一年前は敵同士だった。その朝乃宮と晩ご飯を相談し合うようになるとは……世の中、本当に予測できないことばかりだ。


「すまん。野球をしていて、気づかなかった」


 俺は素直に謝った。朝乃宮には悪い事をしたが、どうしても外せなかったのだ。

 朝乃宮は晩ご飯のおかずの相談で無視されたことにぷくっと頬を膨らませているが、その姿が少し可愛いと思ってしまった。本人に聞かれたらボコられるな。

 とりあえず、問題は解決したな。

 これで、強はみんなと一緒にいられるな。

 俺は強のいる方へと首を向けると……。


「うおっ!」


 いつの間にかガキ達が俺達をじっと見つめている。

 なんだ? 俺達に何か用か?


「ねえ、この綺麗なお姉さんも強君の家族なの?」

「ああっ、強の姉だ」

「千春と言います。いつも強と仲良うしてもらってありがとな」


 朝乃宮は姿勢を正し、お辞儀する。

 コイツ、本当に外面いいよな。それに流れるように、ごく自然にお辞儀しやがる。恐れ入るぜ。

 雅はへえっと言葉をもらし、そのまま朝乃宮に見惚れていた。

 本当にどうでもいいが、俺はゴリラで、朝乃宮は綺麗なお姉さんかよ。


「そこの麗しいお姉さん」


 ん? なんだ?

 剛が強の肩を抱き、なにやらポーズをとっている。なんだ? あのマヌケなポーズは。


「初めまして、マドモアゼル。僕は強君の一番の親友で夫婦とも呼べるべき相棒の伊藤剛、十一歳、独身です」


 いや、独身は当たり前だろ。そもそも結婚できねえよ。

 強、露骨に嫌がってるよな。ここまで感情を露わにしたのは珍しい。

 強は剛から離れようとするが、剛は全く離す気がないようだ。

 露骨なアピールをしている剛に、朝乃宮は顔色一つ変えず、微笑んでいる。

 尊敬するわ、その鉄仮面。俺達と同じもの食べているのに、どこからくるんだ、その八方美人。


「千春のことは……お姉さんと呼ばせてください!」

「!!!」

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