三話 対決! 伊藤ほのか VS 押水一郎 挫折と嘘 その七
「正道、うまくいってるかい?」
「今のところ、全敗だ」
俺は風紀委員室の椅子にもたれかかり、ため息をつく。
結局、『押水一郎普通化計画その三』まで失敗し、その四は実行されていない。
伊藤は失敗よりも、俺の言葉、秋庭先輩と本庄先輩を傷つけた事を気にしているみたいで意気消沈している。
そのせいで次の作戦が実行していない。
俺は喜ばしいことだと思った。伊藤は俺の意見を尊重してくれた証拠だ。
「お疲れのようだね」
「ああ、でも、後輩が頑張っているんだ。俺が弱音を吐くわけにはいかない」
気合を入れなおすため、栄養ドリンクを一気に飲み干す。苦い……まるで今の状況を示すかのようだ。つい顔をしかめてしまう。
「伊藤さんに何か言った?」
伊藤が次の作戦を実行しないから気になったのだろう。原因は俺だって事も気づいている。
「ああっ」
「そう……」
それ以上は追求してこなかった。
俺は左近に、俺の案に切り替えることを相談しようとしたとき、ドアをノックする音が聞こえてきた。
俺は左近と視線を合わせる。
「どうぞ」
入ってきたのは押水姉だった。何の用かは顔を見たら分かる。
「いい加減にしてください」
声に怒気が含まれている。いつも冷静な押水姉らしくない。よほど、腹に据えかねているみたいだな。
俺は椅子から立ち上がり、押水姉と向かい合う。
「いい加減とは何の事ですか? あなたの弟が二人の女性の勇気ある告白を有耶無耶にした件ですか?」
俺は押水姉と睨みあう。
俺は知りたかった。身内として、押水がとった行動をどう思っているのか? 女として、押水の行動を許せるのか?
「風紀委員にそこまでする権利も資格もないはずよ。二人とも傷ついたわ。あなたたちの身勝手な行動のせいで」
「その件に関しては私の責任です。申し訳ございません。二人には謝罪致します」
これは本心だ。二人には詫びをいれたいと思っている。
押水姉は腕を組み、怒りを露わにしていた。
「よくもまあぬけぬけと……」
「ですが、私以外にも彼女達に謝罪するべき人がいると思うのですが」
「弟君を糾弾した園田千秋先輩ですか?」
「押水一郎です」
俺ははっきりと告げた。押水姉だって分かっているはずだ。風紀委員を排除しても、問題は解決しない事を。
「なぜ、弟君が二人に謝罪を……」
「いい加減にしろよ。誰のせいでここまでこじれてると思ってやがる?」
今度は俺がドスを利かせた声で押水姉に叩きつける。
もう本音で話がしたい。押水姉の考えを知りたい。
「なぜ、そこまであのアホをかばう? 姉としてお前は責任を果たしているのか? ヤツの失態をかばうのは優しさでも責任でもない。ただの怠慢だ。それに、女としてアイツのどこに惹かれているんだ?」
単刀直入に尋ねてみた。押水姉はこの騒動をどうケジメをつけるのか。
その対応次第で俺は手を引くつもりだし、もし、納得いかないのなら……。
押水姉の答えは……。
「弟の不始末を対処するのは姉として当然でしょ。もちろん、責任を持って手は打ちます。私からも質問します。赤の他人であるあなた達は何の権限があって、どこまで人のプライバーを侵害したら気が済むんですか? これ以上、邪魔をするのなら、こちらもそれ相応の対応をさせていただきます」
「相応の対応とはなんだ?」
「相応の対応です」
俺と押水姉はにらみ合ったまま、何も話さない。この女の目を見れば分かる。コイツは本気だ。
「ねえ、ちょっといい? 少し落ち着いたらどう?」
左近が俺と押水姉の間に割り込む。それでも、俺達はにらみ合いをやめない。お互い、譲れないものがあるからだ。
「正道も落ち着いて。押水先輩、申し訳ございません。行きすぎた行為があったことは謝罪します」
左近は押水姉に頭を下げた。それでも、押水姉は俺を睨みつけたままだ。
「だから、許してもらえません? 相応の対応なんて物騒なことを言わないでくださいます?」
「それはそこにいる風紀委員に言ってください。悪質な行為をこれ以上、見逃せません」
「そう……でもね、押水先輩。押水先輩がもし、風紀委員にちょっかいを出すつもりなら……」
左近は笑顔で告げた。
「容赦しないから」
押水姉は息をのんだ。左近はやるといったら徹底的にやる。言葉通り容赦はしない。
押水姉は恐れることなく、気丈にふるまった。
「警告はしました。失礼します」
押水姉は堂々とした足取りで部屋を去って行った。重苦しい空気が一気に解放される。
俺はため息をついた。
ん?
俺は風紀委員室のドアが少し開いていることに気づいた。
風紀委員室のドアは二つある。右端と左端にだ。
押水姉は右端のドアから出て行った。ちゃんとドアはしまってある。
左端のドアが少し開いていたのだ。俺が左端のドアからこの部屋に入ってきたので、閉め忘れたことはない。ちゃんと覚えている。
じゃあ、なぜ?
「正道、どうかした?」
「いや、なんでもない」
俺は左端のドアを閉め直し、左近と今後の事で話し合いを進めた。
生徒会長の警告から二日がたった。
伊藤は椅子の上で体育座りをして風紀委員室でいじけていた。俺が今後の予定を話したからだ。
伊藤の案は中止、俺の案が適応される。
伊藤は文句を言わなかった。ただ、黙って無言の抗議をしている。
今はそっとしておこう。
伊藤に声をかけずに、俺は今までの事を思い出していた。
気になっていたのは押水と園田先輩が口論していたときの佐藤友也、桜井みなみの態度だ。
なんだ? 何が気になっている?
押水、佐藤、桜井……三人は幼馴染の関係だったな。それにしては何かおかしかったような……。
考えても答えは出てこなかった。それなら、他の疑問点を考えてみるか。
押水は結局のところ、どうしたいのだろうか? 何度も非難を受け、そのたびに押水に想いをよせている女子が彼を助けていたが、今回の件で今までの環境を見つめなおすきっかけにはなったはずだ。周りが自分をどう思っているのかも理解できたことだろう。
押水が少しでも自分の行動に反省し、改善しようとする気があるのなら、俺は押水の周りに発生するトラブルを風紀委員としてフォロしてやりたい。
だが、もし反省の色がなく、この茶番を続けるのであれば……。
「失礼するわ」
風紀委員室に見慣れない女子生徒がノックもせずに入ってきたので、思考が止まる。
誰だ? 上履きの色からして三年生か。コンパクトショートで長身の女子生徒が風紀委員室を見渡し、俺に近づいてきた。
「あなたが藤堂正道君に伊藤ほのかさんね?」
「そうですが、何か用ですか? ノックもせず、名乗りもしないのはいささか失礼ではありませんか?」
「そう、ごめんなさい」
言葉だけの謝罪に、俺は眉をひそめる。
「でも、部外者ではないわ。むしろ関係者ね。伊藤さん、出ていってもらえるかしら?」
「なんなんですか、あなたは」
伊藤は拗ねたような声で訪問者に尋ねるが、冷たい態度で一蹴される。
「あなたには関係ないわ」
「名前を名乗れと言わなかったか?」
訪問者の失礼な態度に、俺は相手を睨みつける。女子生徒は一瞬言葉を失うが、腕を組み、逆に睨み返してきた。
「本日付けで風紀委員長に任命された高城瞳です」
「ふ、風紀委員長!」
伊藤が素っ頓狂な声を上げる。
本日付で風紀委員長に任命されたとは、どういうことだ? 委員長の座を勝手に解任、就任はできないはずだ。
だが、目の前にいる高城先輩の余裕の態度が気になる。
「左近はどうした?」
「橘元風紀委員長は先ほど自主退任していただきました。ですので伊藤さん、あなたは風紀委員から解放されました。もう、二度とこの部屋に来る必要はありませんし、手伝いをしてただなくても結構です」
元風紀委員長の元を強調し、高城先輩は伊藤と俺に説明する。
左近が自主退任だと? ありえない。
この状況は押水姉の報復ということか。アイツ、次と言っていたが、いきなりやりやがったな。短期決戦というわけか。
しかし……。
伊藤が高城先輩に食って掛かった為、思考を一度中断した。
「そんな横暴な!」
「ええ、横暴な彼はもういません。あなたは自由です」
いきなり自由と言われ、伊藤は困惑している。
「自由なら……」
「自由ですが、風紀委員でない以上、風紀委員の真似ごとは結構です。退室してください」
伊藤の言葉を遮るように、高城先輩は退出するよう告げてきた。
「せ、先輩~」
伊藤は縋るような目で、俺に助けを求めてくる。だが、助けたくても助けることができない。
左近が本当に自主退任したのか、現風紀委員長は目の前にいる高城先輩で間違いないなのか、状況が掴めない以上、逆らえない。
俺は携帯で左近に連絡をとろうとしたが、電源を切っているのか。通じなかった。
「伊藤、悪いが高城先輩の指示に従ってくれ。この件はまた改めて話す」
「……先輩がそう言うのなら」
伊藤は従ってくれたが、目で俺を非難していた。
申し訳ない……。
俺は伊藤に、心の中で頭を下げることしかできなかった。
高城先輩は伊藤が退出したことを確認すると、左近が座っていた風紀委員長の椅子に座る。
なぜだろう。それが気に入らない。
「藤堂君、あなたに協力して欲しいことがあります」
「なんでしょう?」
人に頼みごとをしているのに威圧的な態度が気になったが、不満を飲み込んだ。
「実は学園公認で新しいスクールアイドルを発足することになりました。理由は『ヒューズ』が誕生してから入学希望者が増えたこと、青島の知名度が上がったことです。この流れで更なる発展を望み、計画が出来ました」
「それで?」
「新しいスクールアイドルとそのプロデューサーを、風紀委員がサポートすることになりました。あなたにも協力して欲しいのです。これは職員会議で決まったことですので拒否権はありません」
いちいち職員会議を強調することに更なる威圧感を感じる。
「これが計画書です」
計画書を受け取り、目を通す。
その記述の中で、ある点を注目した。
「このプロデューサーの欄に『押水一郎』と書かれていますが、本気ですか?」
高城先輩は表情を崩さず答える。
「ええ、適任者だと判断されたようです」
「誰が?」
「先生方ではないでしょうか?」
曖昧な回答だな。確認しにいくか。
「抗議します」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
部屋を出ていこうとする俺を、高城先輩は慌てて呼び止めてきた。
「なぜ抗議するのですか?」
「抗議しないほうがおかしいでしょう? 学園や島の発展のかかったプロジェクトを、一生徒にプロデュースさせるなんて馬鹿げています」
いくらなんでもこんな大事なことを生徒に押しつけていいものではない。
これは常識的な問題だ。
「押水君は沢山の女子生徒から好かれています。そのことが評価されたのでしょう。押水君ほど女子生徒に好かれている生徒はいますか? 大人より同校の生徒のほうが親しみを感じやすく、協力しやすいと判断したのでしょう」
「押水は女関係にトラブルを抱えています。そんな人物に任せるべきではありません」
この発言に高城先輩は不機嫌そうな顔になる。
「トラブルというのは?」
「多数ありますが、その一つに三年生と複数同時交際があります」
「それは解決したと聞きましたが」
一体誰に聞いたのだろう。あれを解決というにはあまりにもお粗末だ。
「そうですか。なら確認します」
「だ、だから待ちなさい! なぜ、分からないの! 説明してるでしょ!」
説明されたからと言って、納得できるわけがない。納得できないことは自分の目で確かめるに限る。今までそうしてきたんだ。今回も同じ対応をとるまでだ。
「すみません。こういうことは本人確認しないと納得できない性格でして」
「それには及ばないわ。それに交際のことは本人同士の問題。他人が口出しすることではありません」
「苦情が出ています。無視することはできません」
「苦情? どのような?」
高城先輩は笑みを浮かべている。苦情なんて出ているはずがないといいたげな顔だ。探りを入れてみるか。
「押水君が秋庭先輩達から告白されたのに、はっきりしない態度をとり、キープしていると。そのせいで告白できないと苦情が出ています」
「誰かしら? 連れてきてもらえる? 直接説明してあげるわ」
高城先輩は、にやっと笑っている。
その態度からサクラの件は知っているようだ。なら、こうかえすまでだ。
「なら説明してください」
「私は苦情を出している人に直接説明するって言っているの」
「私です」
「はい?」
「私がその中の一人なので、説明していただけますか?」
俺の回答に高城先輩は呆気にとられていたが、すぐに馬鹿にした笑みを浮かべる。
「あなた、自分の恋愛に風紀委員の権限を使うの? 恥ずかしくないの?」
「恥ずかしくありません。人を好きになることが恥ずかしいのでしょうか?」
「だ、だからって風紀委員の権限を……」
高城先輩の言葉を遮って、屁理屈を押し通す。
「風紀委員が人を好きになってはいけませんか? 権限を使って本当に好きかどうか、付き合うつもりがあるかどうか確認してはいけませんか? 本気なんです。押水君は秋庭先輩達以外にも他の女子生徒から好かれています。だからこそ、確かめたいんです。でなければ、私を含め、秋庭先輩達を慕う男子はアタックしていいのか、諦めなければならないのか、それすらも分からないんですよ。いつまで生殺しにするおつもりですか? 当事者でないあなたに、私を止められる権利はないと思うのですが」
屁理屈に屁理屈を重ね、高城先輩を言い負かそうとする。
高城先輩は先程までの余裕をなくしている。
「そ、それは……それでも私利私欲で動くべきではないわ」
「私利私欲で動くべきではない? それならば、全生徒に尋ねるべきです。スクールアイドルのプロデュースを彼一人に任せていいのかを。学園の命運がかかっている可能性があるのに、生徒の意見を無視するのはいかがなものかと。私は学園を愛する生徒の一人として反対です。押水君がやるのであれば、彼の女性関係をはっきりとさせることが前提条件です。高城先輩は知っていますか? 押水君が養護教諭と保健室で不純異性交遊になりかけたことを。実際に風紀委員が現場を押さえ未遂に終わっています。取り押さえた後輩を呼んで確認させますか?」
不純異性交遊のことは知らなかったようだ。高城先輩が激しく動揺していることから分かる。
高城先輩はなんとか落ち着き、言葉をつなげる。
「結構。私達は学園の指示に従っていればいいのです。学園は押水君をプロデューサーとして選んだのだから……」
その意見に俺ははっきりと反論する。
「選んだから何なんです? 教師は私達の上司でもなければリーダでもありません。生徒が無条件に従う理由はありませんよ。納得いかないから抗議する。当然の権利です」
俺は風紀委員室を出ていこうとした。これ以上、高城先輩の戯言に付き合うつもりはない。
高城先輩はしつこく俺を呼び止める。
「勝手なことを言わないで。私は風紀委員長よ。従いなさい。それとも、あなたも橘君のようになりたいの?」
高城先輩が笑みを浮かべている。しかし、そんな脅迫に屈するつもりはなかった。
「あなたに心配していただく必要はありません。それより、自分のご心配をされた方がよろしいかと思うのですが」
「どういう意味かしら? 橘元風紀委員長は自主退任したのよ。私に手は出せないわ」
高城先輩の態度からして、信じられないが左近は自主退任したようだ。
だが、一番の問題はそこじゃない。
問題なのは……。
「高城先輩、答えてください。あなたは青島にいる不良をどうするおつもりなんですか?」
「青島にいる不良?」
想定外の質問だったようで、高城先輩は怪訝そうな顔をしている。
確定だな。
俺は高城先輩に言い聞かせるように話をする。
「そうです。高城先輩もご存じだと思いますが、今年の春まで、様々な不良の勢力が縄張り争いをしていました。その争いを止め、牽制していたのは左近です。今、左近を退任させると、大人しくしていた不良達が一斉に暴れます。そのとき、あなたは不良達を抑え込む事が出来ますか? 覚悟はおありですか?」
俺の話していることは決して大げさなことではない。事実だ。
不良の縄張り争いはしのぎを削る、まさに血を血で洗う抗争が続いた。
一般人にも被害が出た。もちろん、警察は動いたが、不良もバカじゃない。何をすれば捕まるのか、何をしなければ捕まらないのかを熟知している。
法を重視する警察では、完全に不良の抗争を止めることが出来なかったのだ。
俺と左近はそれぞれの思惑で動き、風紀委員を立ち上げ、抗争を終わらせた。
多くの犠牲を払い、今の青島がある。それをこんな女が背負えるわけがない。
案の定、高城先輩は鼻で笑い、俺を見下した。
「ごめんなさいね。私、今年の五月に引っ越してきたから知らないの。それに高校生のたかが委員会が自警団の真似事? それこそふざけているわ。そんなこと、警察に任せればいいのよ。私を脅そうとしても無駄。分かったのなら、私の指示に従いなさい」
ここまでだな。一応は忠告しておいた。後はもう知らん。
今度こそ高城先輩を振り切り、風紀委員室を出ていった。




