七話 ライラック -恋の始まり- その四
「男の子を見ていると、ふいにドキってしたり、恥ずかしくなることがあるんだけど……これっておかしいのかな?」
「おかしくないよ」
「何のためらいもなく言い切ったね、ほのほの。ちょっと、待って。古見君は女の子を見てもドキッとしないの?」
「特には……」
「そう……」
あ、るりかの目が獲物を見つけた猛禽類の目になってる。
るりかは古見君に寄り添うように体を預けた。
で、でたー! 数々の男を籠絡した、るりかの色仕掛け!
体を密着させてからの! 目を少し細めて、憂いのある上目遣いで相手の目をロックオン!
唇はさりげなくキスを求める位置に!
るりかから漂う、フローラルの甘い香りが、古見君の嗅覚に訴え、相手の脳を麻痺状態に!
胸をさりげなく、適度な感覚で古見君の腕に押し付ける匠の技!
左手は流水の如く、古見君の右手をそっと恋人握りする。これ、ポイント!
ウブな男の子なら絶対に勘違いするシチュ。
これに対し、古見君はどう切り抜けるのか! 逃げ切れるのか!
古見君は……特に変化なし。あれ?
「あ、ゴミがついてるよ」
「!」
ちょ! 今、るりかの胸元にあった糸屑を何のためらいもなく取った。
「……あ、ありがとう」
るりかは普通にお礼を言ってるし。古見君の邪念のない、ピュアな笑顔が逆に煩悩なるりかにダメージを与えた!
るりか、古見君からそっと離れちゃったよ。女のプライドを傷つけられ、目を伏せるるりかに、私達は……。
「プッ! クスクス……素でスルーされたし!」
「わ、笑っちゃダメだよ、明日香……クククッ……あはははははっ!」
つい笑ってしまった。るりかに思いっきり睨まれ、咳をしてごまかす。
でも、すごいよね、古見君。
古見君のあまりにもナチュラルな動作だったので、私達、どうしていいのか分からなかったよ。
私達の視線に気づいたのか、古見君が苦笑している。
「ううん……僕って、中性的な顔だから、子供のころから女の子と遊ぶ機会が多くて……どうしても、女の子を相手していると、友達って感じが抜けないっていうか……」
プレイボーイの押水君とは正反対だよね。
何が違うんだろう? 性欲? やっぱり……。
「顔だよね」
「だよね」
古見君の顔って本当に綺麗。ニキビやシミが一つない、毛穴も目立たないし、髭もない。張りもある。
許せないよね。
「ねえ、古見君。お肌の手入れ、どうしてる?」
「どうって、洗顔フォームくらいかな? あっ、脂っこいもの嫌いだから、野菜やフルーツがメインだよ。それくらいだけど」
パチン! パチン! パチン!
「痛ッ! 何するんですか!」
「「「ご、ごめん、つい」」」
私達の声が見事にハモった。だってイラってきたんだもん。ビンタしちゃうのは仕方ないよね。
だって、「私、何食べても太らないんです」って言われている気がして無性に腹がたった。
脂っこいものが嫌い? 弟の剛なんて、揚げ物、大好きなのに。私も好きだけど、ニキビになるかもしれないし、カロリー高いから我慢しているのに!
「ほのほの。古見君がゲイなのか診断する方法ないの?」
「ないよ。あるとしたら絵をみせて、その絵をどう判断するかで傾向が分かるってことは、ネットで見たことあるけど……私もリアルでゲイを見たことないから。ちなみに、古見君はゲイかどうか悩んでいるの?」
「……中学の時からちょっと」
それってもうゲイじゃないの? 同性愛者じゃないの?
なら、問題ないじゃない。私は明日香に同意を求めるけど。
「大有りだし。思春期って、性について意識し始めるときだし。女の子に興味を持てないなら、男の子を性の対象として見てしまっているだけかもしれないし」
「そんなことってあるの?」
それって、性的要求を同性に向けていることだから、好きとは違うってこと?
明日香の意見に、るりかがうんうんとうなずいている。
「そういわれると納得できるかも。高校生男子ってマカロニの穴でも興奮する生き物だから」
「それは酷くない?」
「ほのほのだって経験あるでしょ? やたらヤりたがる男の子に言い寄られたこと」
確かにある。
やたら自己アピールしてきて、腰に手を回してくる男の子。整体師目指してるのって思うくらい腰を触ってくるよね。
そのままホテルに連行しそうな勢いなので、腰を触ってくる男の子には注意している。
ううっ……嫌なこと思い出した。あの三股の件で、一番ボディタッチしてきた男の子。
自意識過剰でプライドの高い、強引な男の子。
苦手だったな……。
その男の子はやたら私の体に触ってくるので、やめてって否定したらすごく怒ってきて、すごく怖かった。
これくらい、いいだろ? みんなやってるぞ……恋人なら当たり前だろうが……そんな言葉を使って触ってくるんだよね。本当に嫌だったな……。
怒られるのが怖くて否定できないから、それをいいことに何をしてもOKだって勝手に思い込んでいた男の子。ふとももをなでまわすように触られたあの感触、思い出すたびに鳥肌が立つ。
橘先輩がいなかったらどうなっていたんだろう。ううっ、寒気がしてきた。
「大丈夫ですか、伊藤さん? 顔色が悪いですよ」
「だ、大丈夫だから」
古見君が私の顔に手をあて、覗き込んでくる。
私は心配をかけないように笑ってみせた。
私の頬をいたわるように触っていた古見君の手が、そっと離れる。
不思議な感覚だった。
古見君に頬を触られたけど、何にも感じなかった。それどころか安心する。まるでママみたい。
男の子に触られると、好きな人だとドキッとしたり、嫌な人だと嫌悪感がわく。
古見君は下心がないんだ。だから、何も感じないみたい。
でも、これって問題だよね?
恋愛って、やっぱり下心が重要なんだって思う。だって、好きな人に興味を持ってもらいたいし、特別な人と認識されたいもん。
私や明日香、るりかにだって下心はある。だから、少しでも異性の気を引くために、可愛く見せる研究や情報交換をして、好きな人の対策を常に練っている。
それだけじゃない。女子力アップの為に体調管理や食事制限、適度な運動、入浴剤にこだわりをもつ等……大変だけど、努力してこそ、自分は可愛いと自覚するし、恋愛に有利になると私は思っている。
下心がないってことは、古見君は恋ができないんじゃないのかな?
獅子王先輩と恋人になっても、きっと仲のいい先輩後輩になるだけ。恋人らしいことなんて一つもなし。デートも、きっと遊びにいくだけ。
倦怠期の夫婦みたい。
恋が始まってすぐ倦怠期って……それって恋なの? 楽しいの?
あ、あれれ? どうしたらいいの?
こうなったら、私が古見君と獅子王先輩をサポートしないと。
「ねえ、古見君。ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」




