七話 ライラック -恋の始まり- その二
「あ、あの……獅子王先輩?」
「なんだ?」
「獅子王先輩は……その……女の子に興味はありませんの?」
黒井さんがおずおずと獅子王先輩に尋ねる。きっと、黒井さんは獅子王先輩に同性愛を思いとどまってもらおうとしているんだね。
「ない」
凄い! 言いきったよ! 女の子全否定しちゃったけど、ある意味男らしい!
不覚にもちょっと感動しちゃった!
それでも、黒井さんは気力をかき集め、説得を続けようとしている。
「ふ、古見君は男の子ですし、女性にも魅力的な方は沢山いますし……考え……」
「ダメなんだよ」
「はっ?」
獅子王先輩の強い発言に、黒井さんが目を丸くしている。
「古見でなきゃダメなんだよ! 古見以上のヤツなんて、どこにもいねーんだよ!」
「……」
す、すげぇええええええええ! リアルでいたよ! 少女漫画の男の子みたい!
私、目頭が熱くなってきたよ。獅子王先輩、あんた、男だよ。
ちなみに、黒井さんは目を大きく見開いてフリーズしちゃってるけど。
「それに古見以外はアウトオブ眼中だからな」
「あ、あうと、おぶ……がんちゅう?」
すっげぇえええええええええええええええええええ! 死語使いだ! リアルでいるんだ! 絶滅危惧種だ!
たまに漫画で死語を使うキャラがいるけど、まさかこんな身近にいるとは……大正デモクラシーだ! いやいや、それを言うなら灯台下暗しでしょ!
誰もツッコんでくれないから一人でツッコんじゃいました!
ちなみにアウトオブ眼中とは、眼中にないって意味だからね。
黒井さんは知っていて当然だと思ったんだけど、いきなりのことで分からなかったのかな?
「助かったぜ、ありまと! お前、名前は?」
「伊藤ですけど」
「覚えたぜ」
獅子王先輩は爽やかな笑顔を浮かべ、走って教室から出ていった。私達は教室に取り残されたまま、呆然としていた。
遠くからカラスの鳴き声が聞こえてくる。
こんなベタなお約束、獅子王さんが死語を使ったから再現されたのかな? 別にどうでもいいけど。
でも、あれ? 私、つい獅子王先輩に名乗ちゃった。これってフラグたったの?
嫌いなアイツにファーストキスが奪われて、名前覚えられて、恋愛相談に乗って……少女漫画丸出しの展開じゃない!
マジ、ヤバいよ、これ~。
おかしい……。モブの私にフラグがどんどんたっていく。先輩にフラれて、獅子王先輩との恋人ルートにはいっちゃうの!
イヤぁああああ!
トゥルルルルルルルルルルル!
「黒井さん、電話が鳴ってますよ?」
「……はっ! 意識が飛んでいましたの! もしもし……はい、あっ、その件ですが……もう、必要ないというか……えっ? 援護をよこした? お姉さまや長尾先輩もこっちに向かってる? ちょ、ちょっとお待ちくださいまし!」
黒井さん、説明頑張れ! 私も頑張る!
私は絶対にこれ以上、獅子王先輩と仲良くならない!
ちなみに「ありまと」はありがとうの意味だよ。知ってた?
足が重い……憂鬱だ……。
学校にいくの、ヤダな……。
結局、私は獅子王先輩に相談を受けた後、そのまま家に帰った。
獅子王先輩に相談を受けたことは、黒井さんにお願いして橘先輩に報告してもらった。頭に血が上っていたし、橘先輩と話したくなかったから。
でも、一日たてば学校にいかなきゃいけないし、橘先輩だけでなく、先輩とも顔を合わせづらい。
先輩、怒ってるかな? 嫌われたかな? そんなの、イヤ……どうしよう……。
「おはよう」
えっ、先輩?
いつの間にか、先輩が私の隣にいる!
先輩の事を考えていたから、出会えたの? そんなわけないか。
ちょっと気まずいけど、挨拶しなきゃ!
「せ、先輩! お、おはようございます!」
「一緒に学校に行かないか?」
うそ……先輩から誘ってくれた! 信じられない!
これって偶然じゃないよね! 私と先輩って通学路、違うし。ということは、先輩がわざわざ私に会いに来てくれたんだ!
嬉しさで頬が緩むけど、やっぱり、先輩が会いに来てくれたのは獅子王先輩の件だよね。橘先輩に言われたから来たんだよね。
嬉しい気持ちがどんどんしぼんでいく。朝から先輩の小言コースか……。
喜んで損した気分。つい、返事がおろそかになってしまう。
「はい……」
「そう警戒しないでくれ。小言をいいに来たわけじゃない」
「じゃあ、なんで一緒に登校しようなんて誘ってくれたんですか?」
「話をしたくてな。伊藤、昨日の件だけどな、左近に謝る気はないか?」
先輩はやっぱり、橘先輩の味方なんだ。
先輩とは言い争いたくないけど……つい意地を張ってしまう。
「……私、悪くありません」
「そっか」
あれ? 怒られるかと思ったけど、意外な反応。
「それだけですか? 大人になれとか、常識で考えろとか言われるのかと思っちゃったんですけど」
「納得いかないのだろ?」
先輩の指摘通り、私は納得いかない。恋愛に間違いなんてないと思う。例え同性愛でも。
だから、橘先輩の意見は賛成できない。
「はい」
「なら、納得するまで考えてみろ」
「先輩は反対ですか?」
私は祈るような気持ちで先輩に同意を求める。だって、橘先輩と気まずくなるのは仕方ないけど、先輩と気まずくなるのは絶対にイヤ!
お願い、先輩。せめて、反対はしないでほしい。
先輩は目を閉じ、私の問いを考え込んでいる。そして、真剣な表情で話してくれた。
「……そうだな。世間が、保護者が同性愛を反対しているのであれば、風紀委員として認めるわけにはいかない。俺個人としても、同性愛は理解できない。すまないな」
「先輩らしいですね」
やっぱり、そうだよね……先輩と意見が違うことは哀しいけど、仕方ない。
先輩は先輩で真剣に考えてくれた。だから、無理強いはできないよ。
「この話はここまでにしよう。もし、気が変わったら、連絡をくれ。俺もフォローするから」
「……分かりました」
そんな日が来るかな?
私は曖昧に頷くことしかできなかった。
私はやっぱり、本気の恋なら同性愛であろうとなんであろうと応援したい。だって、恋愛は楽しくなきゃ。不幸になる恋なんて認めたくない。
「よし。それじゃあ、一緒にいくか?」
先輩が何を言っているのか分からなかった。だから、つい聞き返してしまう。
「? どこにですか?」
「学校に決まっているだろ? それとも、俺と一緒にいきたいくないか?」
「……」
先輩と一緒に登校? 二人っきりで?
「い、伊藤?」
「はい! 一緒にいきましょう!」
やった! 先輩と一緒に登校できる!
私は心の中でガッツポーズをとった。先輩は笑ってくれて、私の隣を歩いてくれる。
こ、これって、ちょっと学園ドラマっぽい!
よくよく、考えてみれば、先輩は私の為に、私の為に待っていてくれたんだよね! 大切なことなので二回言いました!
先輩と登校したくて待ち伏せしたことがあった。偶然を装って、先輩と一緒に登校したことがあるけど、まさか、逆のパターンがあるなんて。
先輩と一緒に登校するなんて、すごく久しぶりのような気がする。なんでだっけ?
あっ! そういえば……キスのことがあって、お互い気まずかったんだ!
先輩が風邪をひいてお見舞いにいった日、私は先輩とキスしたんだ。何度も何度も……。
は、恥ずかしくなってきた! ダメ、先輩の顔がまともに見れない。
私は、うつむきながら先輩の後ろを歩いていた。
先輩の背中をちらっとみる。
広くて大きな背中は、やっぱり男の子ってカンジ。頼れるな~って思っちゃう。
先輩と一緒に歩いていて、気づいたことがある。
先輩と私は、歩幅が違うのにお互いの距離が離れないのは、先輩が意図的に私に合わせて歩いてくれてるんだよね。
その気遣いが嬉しい。
いつもは、私が先輩に話を振って、先輩が相槌をうってくれる。今日はそんな賑やかな時間じゃないけど、お互い一言も会話がないけど、心の中はぽかぽかとしてあたたかい。
好きな人と一緒にいるだけでこんなにも幸せな気持ちになれる。いいな、こういうのも。
秋風が私の頬を撫でながら通り過ぎていく。
街路樹の葉っぱも少し赤みをおびていた。
秋は葉の色が緑から赤に変わっていくけど、私の気持ちは変わらないよね、きっと。
先輩と仲良くなりたい。
やっぱり、先輩にも分かってほしい。恋愛の楽しさを。同性愛の事も。
だから、お願いしよう。
「先輩、提案があるんですけど、いいですか?」




