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ところにより、辿り着くでしょう

ナオミは、外へ飛び出した。


滝のような雨は弱まることを知らない。


遠くで合羽カッパをかぶり歩く数人の大人が見える。自分の農地の見回りをしているのかもしれない。


そんな中、ナオミは携帯だけを握りしめ、傘もささずに走っていた。


見上げる先には白銀の長い身体。



―――待って。待って。いかないで。



泣きそうになる唇を噛みながら、必死に手足を動かす。しかし。


だめだ、離される。

ナオミの脚では追いつけない。


「……っ!」


このままではあの子に一生会えなくなる。

どうしたら。


浮かんだのは、明るい髪の幼馴染。

唯一の協力者。


よろけながら立ち止まり、おぼつかない手で携帯を操作した。

防水性なんてない。今日で壊れるかもしれないがそんなこと構わなかった。


「……コウタ!!」

『どうした?』


数コールで彼が出た。声に、泣きそうになる。


「スイが…スイが!」

『どうした、落ち着け』


彼女のいつになく慌てた声に、コウタは声を固くした。


「スイが、飛び出して……追いつけない、助けて!!」

『…!バイトが…くそっ、分かった待ってろ!今どこだ!?』


ナオミはコウタが来るまで立ち止まっているつもりはなかった。

彼の声でを聞いて少し落ち着いた。

混乱を押さえ、なるべく分かり易く今居る場所と、この先進む予定の方面を伝えた。


電話を切って空を見上げる。

スイの姿がだいぶん小さくなってしまった。


大きく息を吸い、強い意志を目に宿し、遠くの白銀を追ってナオミは再び駆け出した。



◆◆



車で追い掛けてきたコウタと合流し、2人はスイの姿を追い続ける。


「コウタ、外が見えない。ワイパーもっと動かして」

「これでめいいっぱいだよ!」

「寒い、タオル」

後部座席うしろから適当に取れ!!」


ぎゃーす!とコウタが吠えた。


さっきの電話の声は何だったんだ!


すっかりいつもの調子のナオミに、先ほどの電話は幻聴かと思い始めている。


「しっかし、どこ行くんだあいつ」


合流して10分。

空を飛んでいるスイの真下にうまく道がないため、車は山際の細い道を右折左折しながら何とか着いて行っている。

雨のせいで横の大きな側溝から水が溢れ、浅い川のようになっている箇所もあった。


コウタは慎重に運転を進める。


白銀の姿とは少し距離があるが、見失う程ではない。


程なく舗装されていない一本道の山道に入った。


「…ここ…」


前かがみになるよう運転していたコウタが小さく声を出した。


「?何だ知っている場所か?」

「あ?いや、…まさかな」


雨は少し落ち着いていた。


だがまだ道には水が溢れている。上り一本道を走る車の下、わだちを伝って上から水が流れ落ちて来ていた。


タイヤをとられないよう、コウタはゆっくりと車を走らせる。


山道はそれほど長くなかった。

車が少し開けた場所に着いた時点で、スイが前方の山中に下りていくのが見えた。


2人は車から降りた。

龍が下りた方向に1本だけ道があるが、細くて車では無理だ。


「スイはどこに行こうとしているんだろうか」

「……」

「コウタ?」

「ん?ああ、悪ぃ。行くか」


コウタが車から傘を出す。

ナオミはすでにずぶ濡れだったが、ありがたく借りることにした。




道は、草はあったがそれほど歩きにくくなかった。


念のためコウタが先導して進む。

20分ほど登ったり下りたりを繰り返すと、突然視界が開けた。


2人は立ち止まって、足元の光景を見た。


少し下がったところにあるのは河原だった。

対岸までは10mほどだろうか。大きな岩がところどころに転がる、人の手が入っていない自然の川。

水の上には木々が枝葉を伸ばし、川の淵を覆うように生い茂っている。


今は水量が多く茶色い水が川幅いっぱいに流れているが、平時はもっと穏やかな河原なのだろう。


このような川は珍しくないわけではない。が、ここは天候が落ち着けば格別にきれいな景色が見れる。

―――見れることをナオミは知っていた(・・・・・・・・・)


「マジか…」


横で、コウタが口を押える。


彼ははっきり場所を覚えていなかった。事故のあと、怖くて二度と近づくことをしなかったため記憶からすっかり抜けていたのだ。


道々既視感を感じてはいたが、まさか龍を追いかけてここに来るとは。



そう、この場所は幼いころ、ナオミが落ち流された川だった。



「……何だろうな。このタイミングで。何かの因縁を感じるぞ……」


ナオミが低い声でうなる。


気づくと雨はすっかり上がっていた。

空は、雲が晴れ、明るい月が輝いていた。先ほどの重さが嘘のようである。


きらりと視界に光を感じて見上げると、ナオミたちの左手、川の20m程上空に白銀の鱗をまとった龍がいた。

下流側からゆっくりと川を遡るように近づいてくる。くねらせた身体が月明かりできらきらと輝いて幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「!…スイ!!」


呼んで身を乗り出す幼馴染をコウタが慌てて押さえる。

川に落ちたら過去の二の舞だ。


気づいて…!


ナオミは龍を見つめる。


10日前、

突拍子もない出会いをした。

扱いも分からず四苦八苦した。

それでも自分を無条件に好いて、心配だってしてくれた。


言葉なんていらなかった。

それでも分かり合えてたと思ってる。


出会ってからの時間は短いけれど朝も夜もずっと一緒に過ごしてきた。

まだ離れるのは早い。離れたくない。

あの子の隣は私がいい。

傍にいてくれなきゃ嫌だ。



「…ッ、まだ、一緒にいたいようッ……!!」



その声に龍がこちらを向いた気がした。

届いたと思ったが、しかし龍はすぐ川上に視線を戻してしまった。


駄目だったか、と落胆した瞬間、



クオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ!!



天に向かって龍が大きく吠えた。


「……!!ッ!?」

「うええ!?」


前触れない咆哮に、2人は思わず耳を押さえてしゃがみ込んでしまう。


直後。


突然目前の川が大爆発を起こし、太い水飛沫を上げた。


大きな振動を受け2人ともよろけて地面に尻を打ち付ける。


爆発は一瞬ではなかった。

長い。ナオミには何十秒も続いているように感じた。

地面に手をつき、身体を支えて目の前で何が起こっているのかを確かめようとした。


しかしそれを目にして、普段温度のない彼女の瞳が驚愕に見開かれる。


縦に延びる大きな水の柱からは―――白銀の巨大な何かが飛び出してきていた―――

次話の投稿は本日11/19 20:00予定です。

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