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ところにより、飛び出すでしょう

ナオちゃん、と彼は叫んだ。


謝りながら泣きじゃくる声を聞いた。


耳元で水の音がした。


身体が重かった。

身体が冷えていた。


手足の皮膚が突っ張るように感じるのは服が張りついているからだろうか。



 ―――ナオちゃんおきて。

 ―――ごめんなさいごめんなさい。



起きたくない。

別にあやまらなくてもいい。


起きたら苦しいことがあるから。


ほおっておいて。



水の音が、やけに大きく響いて聞こえた。




◆◆



滝のような、とはこのことを言うのだろう。


夕方、大音量で天から落ちてきた雨にナオミは大急ぎで家中の窓を閉めていた。


バタバタ走る彼女の後ろからは、白銀の龍が宙を漂いながら着いてくる。


衝撃的な出会いから10日。スイはすっかり大きくなっていた。


胴回りはナオミの太腿くらい。

長さは5mを超えるだろうか。

まさしくニシキベビサイズである。


当初より成長スピードは落ち着いたものの、たてがみも爪も歯もずいぶん立派になっていた。


それでも甘えん坊と、ナオミべったりは変わりがない。

家庭内ストーカー状態だった。


「ばあちゃん、大丈夫かな」


窓を閉め終わり、ふと呟く。

川向うの町の親戚宅を訪ねて外出していた祖母が心配だ。


すると、ポケットの中でナオミの携帯が震える。祖母からメールだった。

泊まっていくように言われたからそうするね、という内容だった。短時間だが川が増水して危険水域に達したので、帰宅を止められたらしい。


もしかして雨雲は隣町から流れてきているのかもしれない。


「あの川も増水してるのかな」


自然と、幼少のころ幼馴染に無理矢理連れていかれた山中の川を思い出した。


大きな岩があったからかなり上流だろうか。

場所は何処だったろう、近くて遠かったような。


考えてから、なぜこんなことを急に、と思った。ずっと忘れていたのに。


この間池で溺れたからか。

嫌なことを思い出してしまった、と苦い顔をする。


よし、今度コウタを殴ろう。


「ぜひそうして、こちらは大丈夫…と」


気を取り直し、祖母に返信して携帯をポケットにしまう。


「じゃあスイ、水浴びしようか」


ボバリングしていたスイの青い目が輝き、大きく身体をくねらせた。


台所で井戸水用の蛇口をひねり、水をタライに入れる。


龍がナオミの肩から顔を覗かせ、注がれていく水を見つめていた。

肩に置かれた前脚の爪は尖っているが、加減しているのか少しも痛くない。


視界の隅に見える尻尾はゆらゆらと揺れていた。ご機嫌さんのようだ。


タライに入った水を何往復かして風呂場へ運び、浴槽に注ぎいれる。


「できた。入っていいよ」


許可を貰えて喜びを全身で表すと、お行儀よく風呂場の外でふわふわと待機していたスイは白銀の鱗をきらめかせて浴槽に飛び込んでいく。

ここで水しぶきを上げるようなヘマはしない。ナオミに配慮しているのだ。


いい湯だな~と言わんばかりの表情で井戸水に浸かる龍。

ナオミは口元を少し綻ばせ、長い身体を繰り返し撫でた。ときどきあごの下を掻いてやる。


きゅーと龍が鳴いた。

声を出したわけではない。喉が鳴っているだけである。

時々この調子で寝言を言う。どうやら気持ちいいときに鳴るようだ。


かわいい。


「しかしこれ以上大きくなったらどこで水浴しようか…」


スイはまだまだ成長するだろう。

龍はデカいというのがセオリーだ。

家に納まらないサイズになってしまったらどうすればいいのだろうか…



そもそもの話、スイをどう扱うべきか、彼女には全く見当がついていなかった。


スイがなぜナオミの元に現れたか」

これを知れば今後を決める判断材料になるかも、と始めたのがスイの住処ルーツ探しである。


しかしコウタと探し回っているが、全く手がかりがなかった。

神社や山など、龍に関わる場所で近郊のものは行きつくした。


まだ盲点があるのだろうか。龍に関わる場所以外で、何を基準に探せばよい?


どうにも全てが行き詰っていた。


というか、もうスイが連れて行けるサイズでなくなっている。


方針を替えて、スイが隠れられる場所を探していくべきか。


しかしナオミはこの龍にすっかり情が移っていた。

離れて住むことを考えるととてつもなく寂しい。耐えられるのか…?


ぐるぐると考え込んでいると眠気が襲ってきた。

瞼が重くなる。


何か最近よく眠くなる。


「いかん、ソウメン食べて寝よう」


今日は奮発して錦糸卵を乗っけよう。景気づけだ。


眠気を振り切って立ち上がろうしたが、その瞬間、大きな音が轟いた。

一瞬窓の外が真っ白になる。


眠気が吹っ飛んだ。


雷だ。


「近くに落ちたか…?」


音と光が同時だった。


不安になり、身体を伸ばして浴槽の向こうの小窓を開けた。

ナオミがやっと通れるサイズの窓である。


スイも頭を浮かせてナオミの後ろから外を覗く。


滝のような雨はまだ止む様子がない。


空と周囲の様子を確認するため窓から顔を覗かせたとき、また爆音と白光が轟いた。

思わず目を閉じ肩をすくめて窓から身体を引いた。


?目を閉じる前、何か空に見えたような……?


思考に動きが止まった一瞬。


しゅるっと、ナオミの耳元に聞きなれた音がした。


何?と目を開けると顔の横を薄い金のたてがみが流れていくのが見える。


「!!スイ!」


ナオミが身を反らしたその隙間をぬってスイが窓の外に身を躍らせたのである。


「っだめ!!スイ!!」


反射的に手を伸ばすが、白銀の上を手が滑るだけで止められない。


瞬く間に風呂場の外、裏庭に白銀の身体が全て納まる。


すぐさま窓の外で身体を一度大きくくねらせた龍は、勢いをつけてそのまま空に向かって伸び上がった。


「スイ!!」


スイは振り返らなかった。

ナオミの声が雨にかき消される。


天から溢れる水に逆らい、黒い雲に向かって白銀の龍は高く高く昇って行った―――

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