ところにより、寝込むでしょう
青年が、昼下がりの田んぼ道を鼻歌交じりにぶらぶらと歩いてゆく。
明け方に一瞬ひどい雨が降ったが今は地面も乾いていた。
今日も快晴だった。
彼は祖父に渡された野菜を手に、気軽な様子である一軒家に入っていく。
玄関扉に手を掛け、カラカラ開けながら呼んだ。
「うい~っす、ナオミいる…かぁ!?」
語尾が疑問形になったのは、目的の幼馴染が目の前に立っていたからだ。
チェックの半袖パジャマ、首元には白銀に輝く龍を巻いて玄関先に仁王立ち。
胸を張る姿勢にドヤ顔だが、相変わらず目には温度がない。
彼は慌てて玄関を閉めた。うっかり龍を見られたらパニックになる。
「おま、何やって…」
「遅い」
いきなり怒られた。なぜだ。
「いやいや、俺じーさんに言われてコレ持ってきただけだし」
「スイカにウリか。ウチの畑では今年作ってないからありがたいな。スイも食べるか?」
首に巻き付く龍に問うと、スイはナオミに自分の顔を擦り付け肯定の意を返した。
よし、とナオミは踵を返す。
「何やってるんだコウタ、入れ。そして看病しろ」
「…は?誰の看病?」
「私だ。熱がある。38度」
「寝てろよ!!」
よく見れば、パジャマの幼馴染の顔は赤かった。
◆◆
体温計は38.6度を指していた。
「だからしっかり身体を拭けって言ったのに…」
お池にボッチャン事件は一昨日のことだ。
熱で顔を赤くしベットに横たわるナオミの額に氷嚢を置く。
コウタの横ではスイがちゅーちゅーとスイカに食いついていた。
またちょっと大きくなった。今はナオミの二の腕くらいか。成長スピードは落ち着いているがそれでも順調に育っている。
「昨夜から熱が出た。それまでは平気だったんだ。そもそも同じ状況でなぜコウタはぴんぴんしている」
「そりゃお前とは鍛え方が違うからな」
小学時代からスポーツをしているコウタと万年帰宅部のナオミでは体力に圧倒的な差がある。
「病院には行ったのか?」
「…行ってない」
「行けよ」
「必要ない」
「お前、熱出たら長引くんだから行っとけって」
「長引かない」
「根拠がねえよ」
「自信はある」
取り付く島もない。
「…その調子だと、お前ばあさんにも言ってないだろ。ばあさんは畑か?」
「老人会で日帰り旅行だ」
はーっと呆れたように息を吐いた。
この幼馴染のことだ、熱があるなんて言ったら祖母が旅行を取りやめると考え黙っていたのではないだろうか。
コウタは勝手に押入れを開け、裾が長めの上着を取り出した。押入れの上段がクローゼット代わりになっていることは知っている。
上着をぽい、とナオミに向かって投げた。
「着ろ。しゃあねーけど病院に連れてってやる」
「…いらん。余計なお世話」
「我が侭言うな」
「言ってない」
「注射でも点滴でもして貰いや一発だって」
「…行きたくない」
「本音が出たな!」
ナオミは病院が嫌いだ。注射も嫌いだ。
コウタは三度目のため息をつき、幼馴染を連行すべく動きだした。
◆◆
コウタはひとり、待合室で幼馴染を待っていた。
ナオミは診察中である。
病院連行には無事成功したが、出発前にはひと悶着あった。
強制連行しようとする彼と抵抗するナオミの間にスイが割り込み、妨害をしてきたのだ。
大きくなった身体で巻き付き、爪でひっかき、がぶがぶ噛み、水をかけと散々モメたが、コウタから「辛そうだと思うだろ」「熱が高いと苦しいんだ」「ナオミが心配じゃないのか」と説明と説得を受けた結果、「辛いの?大丈夫なの?」と心配そうな視線をナオミに向けた。
髭を下げて不安気なスイの姿にナオミが敗北し、こうして大人しく連行されるに至ったわけである。
「お、早いな」
憮然とした表情のナオミが診察から戻ってきた。
「どうだった?」
「薬が出た。あと、知らない医師だった」
「そか。……大丈夫だったか?」
「…問題ない」
「そか」
この幼馴染は病院が嫌いだった。
いや、病院も、と言うべきか。
関係性の浅い人間とコミュニケーションを取る場が苦手なのである。
彼女は元々、人見知りでもなければ、対人恐怖症でもない。
言いたいことがあれば初対面でもズバっと口にする方だ。
だが無表情と言葉のチョイスが相まって、相手は大概引き、徐々に彼女から距離を取っていった。
小中高と仲良くできる友達は少なかったという。
「怖がられているんだよ、印象の悪い私が悪いんだ」そう言っていた。
コウタはそう思わなかった。ナオミは感情豊かだ。外に出ないだけ。裏表もないし、隠せないだけ。ちゃんと付き合えば分かる。
しかしコウタにはなぜか、こういったことを彼女に上手に伝えることはできなかった。
彼女は感受性が強く傷つきやすもあった。
相手を傷つけていないか、嫌な気にさせていないか常に気にしていた。
だが残念ながら自分を変えることはできなかった。
むしろ気にしすぎて不器用に、そして頑なになっていた。
浅い関係性や表面的会話を怖がるのはその副産物だった。
今回は、初めて見る医師に相当緊張したのだと伺い知れた。
「注射はしなかったのか?」
「するかと聞かれたが断った。即」
「ホント嫌いだな!?」
「嫌いだ心から。肌に針を刺し液体を注入して何が楽しいのか理解できない」
熱のせいかいつもより素直だ。口は減らないが。
身体が怠いのか、椅子に座るとナオミは目を閉じた。
眠いのかもしれない。
……まだ不機嫌そうだが、毎回逃げ回っている彼女にしては今日は頑張った方だった。
社交的なコウタがこの不器用な幼馴染を構うようになるのは自然なことだったのだと思う。
他人との距離を自分が詰めてあげられたら、彼女の良さが伝わるのでは考えていたこともあった。
過保護を自覚はしていた。
―――何か甘いもんでも買ってやるか。
彼女のご機嫌を取るべく、コウタは帰り道のコンビニを複数思い浮かべたのだった。
しかし。
家には、一人ぼっちにされて不安で不機嫌な龍が居ることを彼は知らない―――
ナオミ「スイ、ただいまー」
スイ 「(わーいナオミおかえりー)」がぶ――ッ(噛)
コウタ「いっでええええ!?」
ということで次話の投稿は
本日11/18 21:00です。