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ところにより、見つめるでしょう

別に、人が嫌いなわけじゃない。


『なに考えてるかわからないね』


別に、楽しくないわけじゃない。


『もっと笑えばいいのにね』


別に、比べてほしいわけじゃない。


『ご両親はフツウなのにね』



この場所は息苦しい。


平均かそれ以上を求められばかり。


あなたは、私は、何と比較しているの。


どう振る舞えばマンゾクなの。


どう生きればフツウなの。



つまんない場所。

つまんない、つまんない、つまんない―――





一転。



視界いっぱいに青と、泡の渦が広がった。


息ができずもがくが、どうしても泡の渦から逃れることができない。


手足をばたつかせても効果はなくただただ濁流に翻弄される。


苦しい、助けて。



もがくうちにふと気づいた。


この苦しさは、あの場所に居るときと同じモノだ。


なんだ。とナオミは思う。


じゃあいつもと一緒じゃないか。

この辛いのだっていつか麻痺する。

足掻いたって、時間と体力の無駄。



諦めよう。


ふ、と力を抜いた。


泡の流れに任せて身体が動く。少し苦しいがほんの少し我慢すればいい。

それでいい。


霞かかる視界の向こうに、薄くふわふわと光が見えていた。

きれいだな、と思っていると長い影が目の前を通り抜けた。


次の瞬間、


腕を強く掴まれ、ナオミの身体は光の中に引きずりこまれた―――




◆◆



「―――オミ!」


重い目を開けると、明るい髪の色が飛び込んできた。


「ナオミ!!」


2、3度瞬くと目の前にいるのがコウタだと分かる。

横には白銀の龍。


「ナオミ!!よかった、俺が分かるか!?」

「……9歳の時、私を川に突き落としたヤツ……」


ぱか、とコウタが口を開けて固まった。


「…元気そうで何よりだな……」


しばしの硬直の後、彼は絞り出すように声を出した。

ナオミは視線だけを巡らせた。どうやら自分は東屋の床に横たえられているようだった。


「…私、池に落ちたか?」

「ああ、落ちたよ。そりゃ見事に顔からざぶんとね」


横を向いたコウタがくしゃりと前髪を絞る。指の間から水が滴り落ちた。

よく見ると彼は全身ずぶ濡れだった。


上半身を起こすと、白銀の鱗がナオミの身体にすり寄ってきた。

深い青色の目が不安気に揺れている。

ナオミは頭から背中にかけ、龍をゆっくり撫でた。


「スイ、ごめんな、心配かけて」

「それ俺にも言うべきじゃね!?」

「過去の不良債権と相殺してもまだお前には借金がある」

「ほんっとに元気だな!?さっきまで死んだみたいに真っ白な顔をしてたくせに!」


いつもの口調で返すがコウタの顔は青かった。

外気は暖かいのに、少し手が震えている。


もしかして、すごく心配させた?


「…助けてくれたのか」

「ああ、と言いたいところだけど、半分な。池の中からお前を見つけて水面まで持ち上げたのはスイだ。池ん中、深い上に泥が巻き上がってて俺じゃ見つけられなかった。俺は水の外に引っ張りあげただけ」


床から立ち上がり、苦い顔でコウタは池の方を見る。

しっかり目を合わせてくれたのはナオミが目を開けた時だけだった。責任感の強い彼のことだ。自分で助けられなかったことが辛いのかもしれない。

スイがいなかったら彼だけでナオミを池から上げることはできなかった、と。


……池に落ちたのはコウタのせいではないのに。


俯いてナオミが考えていると、バサっと頭の上に何かが飛んできた。


スイは突然のことに驚いて身を引く。が、すぐに緊張を解き、ナオミのももあごをふわっと乗せた。


ナオミが頭に手をやると、乾いたタオル。コウタが投げて寄越してくれたものだった。


「水分ちゃんと拭け。風あるし、帰り道で冷えたら風邪ひく」

「…ああ。……なあ、コウタ」

「なんだ」

「助かった。…あ、りがとう」


小さく言うとコウタはこっちを向いて一瞬驚いた顔をしたが、すぐに横を向いた。

ま、まあ無事なら何でもいいんだけどさ、と呟いてぽりぽりと指で頬を掻く。


何だこれ、こいつ照れてるのか…?

いつも何だかんだ言いながらナオミの言葉を堂々と受け止める彼を見慣れている彼女にとって、これは意外な反応だった。


反応、可愛すぎるだろ。少年か。

思わずナオミからくすくすと笑いが漏れる。


いつにない笑い声に振り向いたコウタが、ナオミを見てまたぎょっとした。

その顔が気に食わずナオミが睨んだせいか、慌てて顔を背けられてしまった。


失礼な奴だ。でもなぜか耳が赤いような…?


はて、と首をひねっていると、慌てたままのコウタからチェックのシャツが放り投げられてきた。

タオルを持ったまま、それを受け止める。


コウタの長袖シャツだ。


「水分拭いたら、今のTシャツ脱いで代わりにそれ着ろよ」

「?なんでだ?」


聞くと、言いにくそうに顔をしかめられる。


「……服濡れて、ブラ透けてる」

「こっち向かないのそのせいか―――っ!!」


ナオミの怒号と同時に、スイがコウタの脚に噛みついた。


「いっでええええ!?」


龍が住むという伝説の蛍ヶ池(ほたるがいけ)で、この日、スイ人間ナオミの共同戦線が張られたのだった―――

報われない男、コウタ。

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