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ところにより、成長するでしょう

「うわあああああ!?」


朝。

部屋から絶叫が上がった。


明るい陽射しに気づき起きた瞬間、ナオミが顔の横にあるソレに気づいて叫んだのである。


彼女の枕元、ナオミの頬にぴたっとくっついて居たソレは蛇…じゃない、昨日ソウメンの中から拾った龍であった。


「昨日は籠の中に入れて寝たのに??…いやいやいやそれより何だこれは」


混乱して整理できず思ったまま言葉が出る。

彼女が驚愕したこと。それは龍が寝床から移動していたことより、何よりも。


「デカくなってる……!?」


昨日鉛筆サイズだったそれは、一晩でナオミの手首の太さにまで成長していた。



◆◆



ナオミの行動は早かった。


即座に「今すぐ来い!」とコウタを携帯で呼び出した。


「俺、昨日の夜バイトであまり寝てないんだけど…」


10分後、律儀にナオミの部屋に表れたコウタは寝癖のついた頭のまま恨めしそうにナオミを見た。

顔を洗って着替えただけですぐに出てきたのだろう。まだ眠そうである。


「近所でよかったな、コウタ」

「何でお前がそれを言う!?」


彼にとって徒歩3分の距離に住んでいたことは今回不幸でしかない。


「で、こんな朝早く呼び出した理由はこれか」


明るい色の短髪をばりばりと掻きながら、龍を見る。


龍はナオミの手元の大瓶の中でとぐろを巻き、顔を半分だけ水面に出していた。

瓶は、ナオミの家にあった梅酒作成用のガラス容器である。ちなみに瓶には麦茶が一緒に入っている。

見方によっては、龍の焼酎漬け(完成品)だ。


「まあ確かに驚くな。でかいなー…一晩でこれか」

「ああ、太さもそうだが、長さが」


相当長い。ナオミの身体を2周はできそうだ。

祖母の持っている容器の中で一番大きいのを用意したが、中身はいっぱいいっぱいになっている。


「たった一晩だが、このままのスピードで大きくなられるとまずい。寝床とか部屋とか家とか何かとまずい。早めに行動したいと思っている」


龍の住処ルーツを探す旅は、当初の予定では3日後に開始予定だった。

それまでは行先のアテを探すつもりでいたのだが。


はーっとコウタがため息をついた。


「わーった。じゃ今から行くか。昨日軽く調べていくつか候補があるから」

「え…いいのか?」

「どうせ行くつもりだったんだし、何日か早くなっても変わんねえよ。でもバイトあるから夕飯前には戻るぞ。車とってくるから準備しとけ」


欠伸をしながら立ち上がり、部屋のドアに向かって歩き始める。

ナオミはその素早い行動に驚き、慌てて龍入りの瓶を置いてコウタの元へ駆け寄った。


「コウタ」

「あん?」

「その…悪いな」


立ち止まり、拳ふたつ分ほど背の高い幼馴染を見上げて言ってから、ちょっと気まずくなって目をそらす。

コウタは一瞬きょとんとした後ニヤリと笑い、ナオミの額を持っていた携帯で小突いた。


「朝の6時から人を叩き起こしといて何言ってるんだか。悪いと思うなら朝飯になんかくれ。車で食うから」


そう言って携帯をひらひらと振りながら部屋から出て行った。


額を押さえて幼馴染を見送るナオミの横で、龍が瓶から顔を出し不思議そうに彼女を見上げていた。



◆◆



コウタが車を取りに行ってすぐ、ナオミは畑に出ていた祖母の携帯に電話をし外出する旨を伝えた。

そして朝食用のパンや飲み物を2人分、龍用の野菜、水分などを準備する。


準備ができた頃にコウタが到着したので車に荷物を乗せる。

コウタの車は国産の青いステーションワゴンだ。交通機関の発達していない田舎では車を1人1台所有するのが当たり前なので、これは彼のマイカーである。

ちなみにナオミも自分用の軽自動車を所有している。


コウタの車に龍を乗せている最中、近所のオバさんに声を掛けられた。荷物りゅうを見られたかと慌てたが「お出かけ?いいねえ」とにこにこ言われただけだったのでほっとした。

これ以上誰かに話しかけられたら心臓がもたない、と2人はさっさと出発した。




実はナオミは準備中、龍についての新たな発見をしていた。


「つまり龍は井戸水が好きだってことか?」


出発してすぐ、車の中で朝食を採りながらコウタはナオミからその報告を聞いた。

クリームパンを齧ったナオミはこくりと頷く。


「そう。ウチは麦茶に井戸水を使ってるんだ。なぜ麦茶なんだろうと思っていたがコイツが好きなのは井戸水だったんだ」


ナオミの祖母宅の台所には蛇口が2つある。

1つは水道水、もう1つは井戸水である。

実はシステムキッチンの下に井戸があり、ここからポンプで水を吸い上げ、水道水と同じように蛇口から水を出せるようにしていた。


直接飲むことはあまりしないが、料理に使ったり、ソウメンを洗うのに使っている。

もちろんソウメン鉢の中の水も井戸水だ。夏でも冷たいのでナオミは重宝している。


昨日、龍がソウメンの中にいたのもきっと井戸水が欲しかっただけなのだ。食糧候補にソウメンを入れてみたのに見向きもしなかった理由もこれではっきりした。


「へー。よくそんなこと分かったな」

「コイツが準備中に井戸水用の蛇口にすごく反応するから実験してみたら、そういうことだった」

「実験て?」

「簡単なことだ。水道水と井戸水を器に入れて目の前に置いてみた」


龍は迷うことなく井戸水を選んだ。


「麦茶を消費しなくて済むから正直助かるよ。お前も純粋な水の方がいいだろう?」


声を掛けた先、自分の膝に置いた龍瓶の中身はさっそく井戸水にしている。

龍はその瓶から身体を少し出し、満足、と言わんばかりに胸を張った。ように見えた。

この龍はなんだか愛嬌がある。

ナオミは少し笑い、小さな頭をそろりとひと撫でしてやる。


龍は目を細めたが、ナオミの手が離れると慌てて追いかけ「もっと」というように手に頭を擦り付けてきた。


ちょうど信号待ちだったコウタがそれを見て目を丸くする。


「一晩でえらく懐いたな!猫みてえ」

「うん…私もちょっと驚いた」


続けて撫でてやると、ソレはうっとりと青い目を閉じ口の両横にある髭をゆらゆら揺らす。


可愛い。


そのままたてがみも撫でつけてやる。

初日は身体が小さすぎて白く見えたたてがみだが、サイズが大きくなり薄い金色だとわかった。角度によって青く見える白銀の鱗によく合う。


信号が変わり、コウタが車を進ませる。

と、不意にナオミが呟いた。


「スイ、がいいな」

「あ?何が?」

「コイツの名前。みずの、スイ。身体の色も、水が好きなところもぴったりだ」

「…ああ、いいんじゃね?」


コウタが前を向いたまま笑った。

相変わらず悪戯っ子の笑みだったが、突然名前をつけたことを肯定してくれたことにナオミは少し安心した。



もうすぐ1つ目の目的地に到着する。


この龍との関係は今後どうなるのか。ほんの少しの緊張を持ってナオミは前に広がる景色を見つめた。

ちなみにこのあと、スイを撫でようとしたコウタでしたが…


ナオミ「残念ながら威嚇されました」

コウタ「俺が何をしたよ!?」

スイ「…」


そして次話は本日11/17 18時投稿予定です。

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