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ところにより、語られるでしょう

 

 光が満ちた後に現れたのは、白銀の髪の美しい青年。

 深く青い瞳が静かにナオミを見下ろしていた。


「―――ごめん、痛い思いをさせた」


 形のよい唇から、アルトの声が紡がれる。


 ナオミの身体は両手でスイに抱き上げられていた。

 背中と膝裏に、逞しい腕を感じる。

 血が流れ温度が下がった体に、彼の体温が心地よかった。


 背後に感じていた淀みの気配はきれいに消え、今はスイの神々しい空気だけが周りを覆っている。

 ナオミはほっとして力の入らない手で彼のシャツを握った。

 それを見てスイの目元が少し緩む。


「すぐに、終わらせるから」


 優しく歌うように言った視線が次に向かう先には、まだも宙に浮かぶ赤い蛇。

 こちらを威嚇する姿は変わらないが、先程まで禍々しく渦巻いていた蛇の周囲の炎が弱まっているような気がした。


「"手足"の割には手こずらせてくれたな。でも、もう消えてもらう」


 それは静かな怒り。


 彼の言葉を宣言とするように、徐々に空間全体を冷えた空気が覆い、急速に温度が下がっていく。

 ナオミの息が白くなる。


 赤い蛇は叫びながらスイに向かって炎の矢を飛ばし攻撃するが、それらは届く前に凍りつき、次々砕けていった。


「見苦しい」


 青い目が僅かに細められると、蛇の周囲に光る氷の粒が無数に現れる。

 それが吸い込まれるように蛇に集まり、そして次には赤く長い肢体を核とする巨大な氷の塊を形成した。


 蛇の動きが完全に閉ざされる。


 先程まで苦戦した相手を一瞬で戦闘不能に陥らせたことにナオミは驚愕した。


「―――ね」


 スイのその一言で、巨大な氷はガラスを割ったような音を響かせ、弾け飛んだ。


 きらきらと細かい粒子が空間に降り注いでゆく。


 赤い蛇は―――完全に消滅した。



 雪のように粒子が降り注ぐ中、スイが腕の中のナオミに話しかけた。

 さらりと落ちる白銀の髪が粒子の光に同化し輝いて見える。


「痛みはある…?」


 青い目に、少しだけ苦しそうな色。


 一瞬何のことかと思ったが、すぐに自分の腹部の傷のことだと分かった。

 目をやると、出血は止まっていた。

 というか、傷が無い。


「治療はしたんだ。…けれどとっさのことだったから完全でないかもしれない」

「…大丈夫。痛くない」

「そう」


 少しほっとした表情のスイ。


「それより、スイ、言葉」

「ああ…話せるね。ナオミのおかげ」

「…よかった…」

「自分としては反省しきりだけれど…ナオミに怪我をさせてしまったから…」

「?どういう…?」


 問おうとしたが、周囲で何かがひび割れて崩れるような音が広がる。


「何の音…?」

「空間が元に戻る。今まではさっきの蛇に閉じ込められてたんだ。もう外に出られるよ」


 そして微笑んで続けた。


「じゃあ、外に出る前に最後の治療」

「え?」

「血が流れたから、補充しないと」


 僕の気を分けてあげるね。そう言うと、青い瞳が近づいてきた。


 落とされる柔らかい唇。


 ―――またー!?


 逃げることもできず、またもやの不意打ちにナオミの思考は飛んだ―――



 ◆◆



「どうなってるんだよ…!」


 講義室前の廊下。

 コウタはドアを開けようと必死になっていた。


 ナオミが入ってからすぐ、スイが姿を消した。

 コウタの目の前でだ。


 驚き、講義室で何かがあったのかとドアを引いたが、開かない。

 蹴っても叩いてもびくともしなかった。


 焦りだけがコウタを襲う。

 きっとナオミに何かあったのだ。

 神社での出来事が脳裏をよぎる。


 最後に、渾身の力を込めてドアを引っ張ろう。

 駄目なら警察でも何でも呼んでやる!


 ヤケになり、そう決意してドアに手を掛けた。

 力を込める。


「っせーの…!」


 ぱあーん!といい音を立て、あっさりドアが開いた。


 驚きに固まるコウタ。

 そしてその前には、お姫様抱っこをされてスイに口づけられるナオミ。


「………何やってんだ―――!!」


 びく、とナオミの肩が跳ねた。


 スイがわずらわしそうな表情をしてナオミから顔を離す。


「スイ、ナオミから離れろ!そしてナオミ!何があったか説明しろ!」


 ずかずかと2人に寄ったコウタが、スイからナオミを取り上げようと手を伸ばす。

 しかし、スイがコウタからナオミを隠すようにして避ける。


「……うるさい」

「……へ?」

「ナオミは治療中だ」

「…おま、声…?あと髪と目の色…」


 コウタが信じられないといった顔でスイを指さす。


「この通り人語が話せるようになった。ということで車を出してくれないか。ナオミを連れて帰りたい」

「…やっと話せるようになったと思ったら、ほぼ初めのセリフがそれか。いや、初めに"うるさい"って言ったな」

「…お、おいコウタ…」

「何か問題でもある?」

「…あの、スイ?」

「話ができても性格わりーな、お前」

「相手は選ぶよ?」

「ほほう」


 ぴきぴき、と2人の周囲の空気が凍った。


 さっきの攻撃より寒い…!!


 スイの腕の中でナオミは身体を縮こませる。以前から何かといがみ合っているようだったが、ここまで酷いとは思わなかった。

 むしろスイの口がきけるようになって悪化したのでは、自分が仲裁した方がいいのか…と元凶のナオミは考えを巡らす。


 一時の硬直の後、コウタが口を開いた。


「…いろいろ聞きたいけど、とりあえず車に移動すっぞ。ナオミ、携帯はあったか?」


 言われて気づく。蛇に驚いて携帯は拾えてなかった。


「はい、これ」


 スイが彼女の脚を抱える手に携帯を持っていた。周囲の床を見回していたナオミは、目を見開いてそれを受け取る。


「いつの間に?」

「止めをさしたときにね」


 あれでいつ拾うタイミングがあったんだ。


「蛇と同化してた。壊さないようには気を遣ったよ」


 ハイテクと未知の力の同化?意味がわからない。疑問だらけだ。


「ほら行くぞ。帰らないとナオミのばあさんも心配する。あと何かあったかは車ん中で全部聞かせろ」


 聞く間もなく、早く、とコウタはスイをせかした。



 ◆◆



 帰路の車中。


 講義室であったことは、ナオミが説明した。


 運転席でコウタが息を吐く。


「俺が廊下に居る時にそんなドンパチやってたんか…。音もしなかったし、部屋ん中、壊れたりしてなかったから全く気付かなかったぞ」

「あ、そういえば…」


 ナオミはスイを見た。

 現在、ナオミは車の後部座席でスイに膝枕されている。


 やはりというか、血が流れたせいで力が入らず寝たまま移動をしていた。

 車に乗る際、一緒に後部座席に座ろうとするスイと、助手席!と怒るコウタの間でひと悶着あったのは言わずもがな。


「蛇の結界の中にいたからね。あの中は講義室に見えて異空間のようなものだから。音なんて聞こえないし、解除されれば元の部屋に戻るから、壊れたものが直っているように見えるかもね」

「そうだったんだ…」

「便利なもんだ。もし破壊行為を現実にやられちまったら、逃げても俺が捕まってたかもしれんし、まぁありがたかったわ」


 大学構内、車の出入りはゲートに通すICカードで管理されている。結界のお陰で講義室破壊犯になる未来は回避された。


「んだけど、なんでその蛇はわざわざ結界なんて張ったんだ?俺らに配慮したって訳じゃないだろ」

「結界を張ると結界の主は存分に力を使え、相手の力を削ぐ。そして外部からの侵入は困難になる。だから僕も攻撃に苦戦したし…そもそもナオミの髪飾りを媒介にしないと内部に入れなかった」


 とん、と石の砕けた髪飾りを指で叩かれた。


「じゃあ以前、この髪飾りにスイが何かしてたのは…?」

「ナオミの危機に、僕自身が転送されるようにしていたんだ。結構大技だったけどそれがナオミを守るには確実だったから」


 スイがナオミを見つめて微笑む。

 彼の髪と目の色はもう茶色に戻っていた。


 何でもスイにとって、白銀の髪と青い瞳が人型の基本形らしい。つまりはこの茶髪茶目は2段階目の変化へんげとのことで、多少だが余計に力を使うのだとか。


 さっき白銀に戻ったのは、人語を話せるようになった反動と、ナオミの怪我で動揺したことでうっかり術が解けたと言っていた。


 運転しながら、コウタが前から声を掛ける。疑問は沢山あるし、懸念もあったのでここで確実に聞きたかった。


「順番に聞くぜ。その蛇はなんだったんだ?」

「あの神社に祀られていた蛇さ」


 祭に行った神社に祀られていた、蛇。

 その昔、修験者に怒った蛇は、炎を吐いたという―――


「じゃあ神様ってことか?それが何でナオミを襲うんだ?」

「神というか…あれは元々邪神に近い存在だ。それを祀って怒りを鎮めていたのがあの神社。それ自体は珍しくない」

「さ、さっきスイは止めを刺したって言ってなかったか?神様死んだのか?」

「大丈夫。さっき消したのはこちらに現れてた体だけだから。あれは神社に縛られた神だし、あちらにも力…神体を残してると思う。時間はかかるけどいつかは元に戻るよ」


 一応慣れ親しんだ地元の神社だ。心配するナオミを安心させる説明をスイはしてくれた。

 今日初めて聞くスイの声は柔らかく、耳に心地いい。


「今回ナオミを襲ったのは、たまたま接点を持ったから利用されたんだろう」

「どういうことだ?」

「神社に行ったからナオミとあの蛇は接点を持ってしまった。だからナオミを狙いやすくなった。そして力を与える代わりにナオミを襲わせた」

「…意味分からねえよ」

「…根本的な説明から必要か…」


 全ては神の息子として生まれた当初から持つ常識、そして必然。しかし当然ヒトはそれを知らない。

 親切に教えねば理解はできないのだ。


 スイはため息をつく。


「…スイ」


 くいくいっとナオミが下からスイの服を引っ張った。


「私もよく分からない。知りたいから説明してほしい」


 その言葉に、目を細めたスイがナオミの頭を撫でる。声を和らげて答えた。


「…そもそもの話、神と呼ばれる存在も万能ではない。特にその影響の範囲がね」

「影響の範囲…?」

「そう、神社に祀られているなら境内、川ならその流域と、自分の領域内でないと存分に力は振るえない。そして何かを探そうとしても領域外では手掛かり無しに探索もできない…人探しも然り」

「つまりナオミは神社に行ったから、蛇に見つかった?」

「そういうことになる。だからあれはまず池でナオミをさらおうとした。別の空間に繋がる寸前だったけど、僕が途中で気づいて邪魔をした」


 神社の池での出来事を思い出す。池の周りで感じた歪んだような空気。徐々に濃度が高まって行ったのは、別の空間に繋がろうとしていたからなのか。


「それで次は学校で襲ってきたのか。…でもそれっておかしくね?だって蛇は神社じゃないと力を振るえないんだろ?」

「媒介があった。ナオミのお守り…気づいたのは直前だ」


 少し悔しそうなスイの手に、お守りがあった。

 ナオミが神社で買った家内安全のお守り。白地に―――赤い蛇の刺繍。


 ナオミの携帯に着けられていたものだ。


「池でしゅを仕掛けられていたらしい。マーキングのようなものだ。…これを中心に結界が張られ、あの蛇が体現した」


 蛇はこれを媒介に講義室を自分の空間に繋いだ。

 ナオミの家にはスイによる結界があり、集中講義中はスイがかなり警戒をしていたため手を出せなかったのだろう。けれどこの隙間時間のようなタイミングで仕掛けてきたのをみると、業を煮やしたようだ。


「なるほど…」

「お、おい、そのお守り大丈夫かよ」

「もう大丈夫だろうとは思うけど…念のため処分するよ?」


 ナオミに確認を取るのは、彼女が買ったものだからだろう。

 ナオミは迷いなく頷いた。


 すぐにスイの手に青い焔が灯った。

 白いお守りが包まれ、焔と共に消えていく。


 バックミラーでそれを見たコウタが感想を漏らした。


「曲芸だな」

「浄化の焔だ。失礼なやつだな」


 なんだかこの青年龍は、コウタにだけは口調が荒い。


 コウタが肩を竦めた。

 そしてバックミラー越しに鋭い目をスイに向ける。


「で、あと2つ質問だ。さっきお前、その蛇は"力を与えられた"って言ったな。誰にだ?ナオミはまだ安全じゃないってことか?そして―――ナオミはなぜ襲われる?」

「質問が3つになってる」

「揚げ足とんな。真面目に答えろ」


 スイは座席に背中を預け、気怠そうに息を吐いた。

 美貌に浮かぶ憂いの表情は、世の女性のため息を誘うだろう。


「話せるようになって間がないのにこれだけ説明するの、少し疲れるんだけどね…」


 言ってからナオミの心配そうな表情を見て、ごめん、と眉を下げた。


「せっかく話せるようになったんだ。言わないといけないこともあるし…ちゃんと説明するよ」


 姿勢を戻し、ナオミの手を握って口を開く。


「あの赤い蛇は神の中でも下っ端で、その一つ上位に位置する神があの蛇を手足として使った。上位の神は、これまで完全には目覚めていなかったけれど…そろそろ起きて、次は自分で出てくるかもね」

「それ、大丈夫かよ」

「下っ端の上位だから神で言えば中級。だからやり方次第だ。でもこちらから仕掛けた方がいいかもしれない」

「どういうことだ?」

「…その神の狙いは…ナオミを喰うこと」

「……!!」


 ナオミとコウタが固まる。


「そして、先ほどの赤い蛇のせいで、一段強いマーキングがナオミにかけられた」


 握っていた手を持ち上げ、ナオミの腕をスイの長い指がすうっと辿る。


 するとそこにひとつの紋様が浮き出てきた。


 ―――まるで黒い蛇の刺青。


 それがナオミの腕いっぱいに巻き付いていた。

 スイが手首を握る手に僅かに力をいれた。


「これを追って、その神はナオミの元にやってくる。…近いうちにね」


 スイの美声による、死刑宣告とも取れる言葉に、ナオミは息を飲んだ―――

スイ君は毒舌。

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