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ところにより、蛇と携帯でしょう

 体長が1mはあろうかという、赤い蛇。


 うす暗い講義室の椅子の下で窓の外の街灯を反射し、その蛇は怪しく鱗を光らせた。


 蛇など畑でよく見る。

 ナオミにとってそれほど特別なことはなかったが、夜の大学の講義室の床に突然現れた赤一色の蛇は異常で、そして得も言えぬ不穏な空気がナオミを動けなくした。



「……ひ、」


 ナオミから悲鳴が出かけるが、驚きと嫌悪感で喉に張りついた。思わず尻餅をつき、足だけでずりっと後ろへ下がる。が、すぐに隣の机に背中が当たってしまった。

 蛇は鎌首をもたげ、ナオミを確認するようにじわりと近づく。次には首を縮め、力をためるように静止した。


 飛びかかってくる!


 首をすくめ目を閉じる。

 閉じる直前、自分に向かって飛んでくる赤い姿が見えた。



 だめだ、これは噛まれた。



 思った瞬間―――閉じた視界に青い光が広がった。


 同時に何かが弾かれる音と、耳元で何かが割れる音。


 目を開くと、絹のような茶色の髪と広い背。


「―――スイ」


 ナオミの声に振り向いた横顔がにこりと笑い、すぐに正面に向き直る。

 視線の先、先ほどとは距離を置いた場所には宙に浮く赤い蛇。


「なんだ、あれ…」


 夜の講義室の空中で怪しくくねる赤く肢体は不気味以外の何でもない。

 ナオミは無意識にスイの背中のシャツを握った。


 シャアァァァァァッ。


 蛇がカッと口を開け、威嚇音を響かせた。


 とたん、蛇の周囲に炎の矢が現れる。

 それが一斉にナオミたちに飛びかかってきた。


「うぇぇぇぇ!?」


 突然の攻撃――しかも予想外――にナオミは動転し情けない悲鳴をあげた。


 スイはナオミを抱え、狭い通路から教壇側に跳び降りた。

 同時に薄い水の壁を周囲に展開。

 避けきれない攻撃を防ぐ。


 広い場所に降り立つと、2人は炎に囲われた。

 周囲を螺旋状に巡るのは、まるで炎の大蛇。


 熱い。


 反射的に身体を引こうとするも後ろも左右も炎である。


 スイはナオミを護るように抱えたまま、右手を一閃する。


 すると水の大蛇が内側から膨らむように走り炎を霧散させた。


「……!」


 次から次へと起こる攻防にナオミは混乱に陥った。


 ええと、確か私は携帯を取りに学校に来たはず…


 それがなぜこんな魔術合戦みたいなものに巻き込まれているのだ。


 しかもこの様子では自分が狙われているようではないか。いやこれは狙われていると確定して間違いないだろう。

 そうすると祭の神社の池での出来事がふとよぎった。


 あれも、きっと自分を狙っていた…。


 そして同時に思い出す。

 あの神社で祀られているのは…確か蛇でなかったか。


  耳元で炎が弾けた。

 ナオミが現実に意識を戻すと、そこではスイによる攻撃が始まっていた。


 腕の一振りで稲妻が蛇に降り注ぐ。

 蛇が怯んだところへ無数の大きな氷柱つららが飛んだ。


 氷柱つららはほとんど炎によって遮られたが、胴体に命中した一部が、当たった箇所から蛇を凍らせ動きを奪う。

 怒り狂ったように吠えた赤蛇は体中に炎をまとわせて氷を砕いた。


 砕けた氷がガラスの破片のように宙に舞う。


 ちっ、とスイが舌打ちをした。


 休むことなく氷と炎、2つの攻撃が交差する。



 この攻撃中、ナオミに逃げる余裕などない。

 間違いなくこのスイの背中が一番安全な場所であった。

 隠れるように身体を縮こませるが、自分の背中が緊張で強張って痛い。


 コウタがいないことにも気づいたが、居なくてよかったとこんなときにほっとする。講義室に入ってきている様子もないのできっと外だろう。


 と、ナオミが僅かに周囲に視線を巡らせたとき、頭上に大きな炎が出現した。


「!!」


 落ちてくる炎の壁。

ナオミはとっさに身体を引く。


 2人が前後に分断され、スイの背中が遠ざかる。ナオミの足元では爪先の僅か先に炎が当たって散った。


 襲う熱風に姿勢を崩しよろけるナオミ。

 それに合わせるように彼女の背後の空間が歪み、水溜りのように広がった。


「な、に?」


 どぷ、と奇妙な感覚と共に足が沈んだ。

 同時に沈んだ先から黒い何かが現れ、縄のようにナオミの脚にまとわりつく。

 踏ん張ろうとするが淀みはナオミを離してくれなかった。


 ―――気持ち悪い。


 感触も、この淀みから滲む空気も。


 ―――嫌だ。


「…スイ!」


 助けて、と手を伸ばす。


 自分に集中する炎の攻撃を避けたスイが振り向いて追いつき、ナオミの手を握った。


 手を引く強い力に、ナオミの脚が淀みから抜け出していく。

 自分を取り巻く空気から濁りが薄まっていくのが分かった。


 その間も蛇の攻撃は降り続く。

 しかしそれらはスイが周囲に張った水の壁によって遮られていた。

 結界のようなものだろう。壁の外の攻撃が嘘のように中の空気はとても清浄なものに思えた。


 足が淀みから解放されその空気に安堵した、瞬間。



 スイの背後に出現した1本の炎の矢が、水の壁を破りスイの脇を抜け―――ナオミの腹を貫いた。



「―――え?」


一瞬何が起こったか分からなかったがすぐに理解した。


 私、死ぬ―――?



 衝撃に、スイの手が離れた。

 水の壁が弾け散る音が聞こえる。


 ゆっくり倒れるナオミの背後に、再び近づいてくる濁った淀み。

 重い空気がナオミを襲う。


 ―――腹が熱い。


 気絶したかったが強烈な熱さが意識を飛ばすことを許してくれない。


 だから、目の前のスイの顔が絶望と驚愕の色に染まるのも見てしまった。


 ―――きれいなんだから、そんな顔しちゃだめだ。

 こんなときに呑気な感想を持った自分が可笑しくて、口元が歪む。



 尚も手を伸ばし、追うスイの口が、彼女の名を紡いだ。


「――――ナオミ――!!」



 世界に、白くまばゆい光が満ちた―――

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