ところにより、盛大に酔いましょう
9月上旬。
学生の夏休みはあと1か月ある。そんな気楽なある日の夜。
「アヤはお嬢様だったのか」
「まさか。親が医者なだけよ」
「いや充分だろう」
3人は大学近くにあるアヤの家にきていた。
ひとことで言うと、豪邸だった。
そしてダイニングの大きなテーブルに座る4人の前には料理の数々。
オードブルにサラダ、ビーフシチュー、パスタに手作りピザ。あと見たことないお洒落な魚料理。
祭も中途半端になったしリベンジだと軽い気持ちで訪問し、夕飯でも食べてく?と言われほいほいと乗ったらこんなことになってしまった。
しかも作ってくれたのは家政婦さんだった。
「私はご飯と煮物と味噌汁くらいかと思ったんだが…」
「さすがに誘っておいてそれはないわよ。でも急だったしパーティーに比べればまだ適当なもんでしょ」
「パーティーなんてしねえよ…」
ナオミとコウタが唖然と座っている。
今日は親いないから楽にして、と言われたが落ち着かない。
「ワイン飲む?お父さんの開けちゃえ」
「いやいやいや、やめよう!絶対高いよなそれ!?」
コウタが止めたが、アヤは「えーい」とコルクを抜いてしまった。もう飲むしかない。
スイは飄々とした様子でワインを飲んだ。長い指にワイングラスがよく似合う。
飲めるのかと疑問だったが意外に彼は平気そうだった。ちなみにつまんでいるのは生野菜だった。
コウタは運転手のためジュースで我慢。「泊まっていけばいいのに」と繰り返し言うアヤの申し出を断っている。
そしてナオミは。
「にゃー」
テーブルにぴとりと頬をつけて鳴いていた。
「ナオミって弱かったのね…」
「そうなんだ。弱いのに飲むのは好きなんだ」
ワイン1杯で真っ赤になるナオミ。いつも熱のない目は視線が定まらず潤んでいた。それでもこれ美味しい、と次のワインをおかわりする。隣に座るスイは止めることなくむしろ嬉々として注いでやっていた。
「スイ、注ぐな。んでナオミも飲むなって」
「いやだー」
ワインボトルを抱きかかえる。
「お前酔うと面倒なんだよ。ほらこっち寄越せ」
「いやだースイぃーコウタがいじめる」
机の向かいから手を伸ばしボトルを取り上げようとするコウタから逃れ、ナオミはスイの腕に縋り付いた。
スイはナオミを抱え、よしよしと頭を撫でる。コウタはイラっとした様子で立ち上がり、ナオミを引き剥がした。
ナオミはいやいやをしながら2人から離れ、安全圏のアヤにくっつく。呆れた顔をするアヤに、ナオミは愚痴を言い始めた。
「わたしは、きょうまで5日間がんばったんだ。なれない人間かんけーにも立ち向かった。きょーはうちあげなんだ」
「…コウちゃん、ナオミは何のこと言ってるの?」
「あー、今日まで集中講義だったんだよ。最終日で発表があったらしくてな。昨日まで毎日遅くまで調べものしてた。あと発表がグループ制だったみたいなんだが、メンバーが全員初対面とかで」
「なるほどねー。ナオミには大変だったでしょうね」
「だな。だけど初めから逃げずに頑張ってたよ」
「あやー、わたしがんばったよなー」
「はいはい頑張ったわね」
心配していたが、彼の幼馴染は前向きにグループワークに臨んでいた。鬼と有名な教授の授業だったが、メンバーを「戦友」と呼んで取組み、最後には高い評価をもらったらしい。
彼女は少しずつだが確かに変わっていっている。
コウタは自分のイスに座りなおすと、まだアヤに縋り付いたままのナオミにの手からワイングラスを取り上げウーロン茶を渡した。
1人アルコールの入っていないコウタは、幼馴染の完全な保護者役だ。
ナオミは不満そうな目を向けながらウーロン茶をちびちび飲むが、コウタは苦笑してナオミの頭をひと撫でした。
それを見てスイがやや不機嫌そうな顔となる。
何かを考えるように視線を彷徨わせると、空いているワイングラスを手に取り、赤い液体を注いだ。そしてそれをコウタの目の前に差し出す。
「何だ?…飲まねーよ。俺運転手だって」
コウタはグラスから顔を背け、自分の小皿に取ったオードブルを食べようと口を開ける。
そのタイミングで、コウタの口に何かが跳び込んできた。
思わずごくりと飲み込むと口の中に濃厚な果実酒の味が広がる。そして喉の奥が熱くなった。
スイがワインを小さな球状にして浮かし、コウタの腔内へ飛び込ませたのだ。
量としてはしっかり一口分。
飲んだね。
薄ら笑いのスイの口が動く。
コウタの横ではアヤがいい顔でサムズアップをしていた。
「…てめえ、いい神経してるじゃねーか」
スイの手から差し出されていたワイングラスをひったくる。
若干目が座っている。そして言っているセリフは何となく悪役っぽい。
スイは自分のワイングラスを掲げてにこやかに口を動かした。
勝負しようか。
「いいだろう。後悔するなよ。アヤ、ワイン出せ!」
「かしこまりー!」
ぴょんと跳ねて、アヤがワインを取りに立ち去った。お泊りの準備も~と歌を口ずさみながら。
長い夜になりそうだ。
ナオミはテーブルに顎をつけて、とろんとした目で盛り上がる男2人を眺めた。
◆◆
アヤがワインセラーから戻ってくると、ダイニングには盛り上がる友人たち。
酔っぱらってうとうとするナオミを背中から抱きかかえているスイ。そしてスイの頭を掴んで引き離そうとするコウタ。
いつもの光景である。
ただ酔っぱらいのモメ事は面倒なので、アヤはナオミを離脱させることにした。
一言、「ナオミーこっちおいでー」と呼んだだけでナオミは嬉しそうにアヤの元へやってくる。
男2人は複雑そうな顔をしていた。
飲み勝負を続ける男性陣は置いておいて、アヤはリビングのソファーでナオミとしっぽり飲むことにした。
一応ナオミにはこれ以上飲ませないようにチェイサーを渡す。
ダイニングから「お前いつもナオミと近すぎだ!」と叫ぶコウタの声が聞こえた。
「ねーナオミ」
「んー?」
「コウちゃんのこと、どう思ってるの?」
ナオミと知り合ってからの期間は長くないが、その間にもコウタがナオミへの好意を隠さなくなってきているのは実感している。
スイのせいだとアヤには分かった。好意が、急に存在感を強めた好敵手への反抗心となって表面化しているのだ。
アヤはまだ気持ちを伝える気はなかったが、コウタがナオミに接するのを見るのは少し辛かった。
コウタのことは変わらず好きだ。だがアヤにとってナオミは大切な友人になった。コウタがナオミのことを好きだからと言って、アヤは以前のようにナオミを嫌いになることなどできなかった。
ナオミは、いつかコウタの事を選んでしまうのだろうか。そしてそのとき自分はどうする?
「こーたのこと?どーって、幼馴染だとおもっているが?」
海で聞いたのと同じ、ブレない回答。思った通りの答えにアヤは笑う。
「んーじゃあね、コウちゃんとスイ君、どっちが好き?直感で!」
「どっちも好きだ!」
「あはは。そっか」
「でもアヤはもっとすきだ!」
思わぬ答えにアヤは猫目を丸くしてきょとんとした。
「…そっか、じゃあ私最強だね」
「うん、そこはまちがいない!」
酔って、いつもよりストレートな好意を伝えてくる彼女に苦笑した。
「ナオミは可愛いね。大好き」
「そうか。じゃあ両想いだな!」
「そだね」
ああ私酔ってるなとアヤは思う。いつもより好きが素直に言えた。
ナオミが誰を選んでも祝福できそうだと、素直に思えた。
ちなみに男性陣の勝負の結果だが。
「…お前、ザルか…いや枠だろ…」
へべれけに酔ったコウタが机に伏して、スイに吐いた。
横で優雅に足を組みながらスイは微笑む。そして
僕、水の龍だから。
だから酔うなんてことないからね、とスイは顔色も変えずに言った。
「……!詐欺だ―――!」
そもそも神様の息子と勝負することが無謀だという話。
軽いノリが書きたかったのです。




