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ところにより、決意と熱でしょう

スイは窓枠に座り、仰ぐように暗い自室から月を見ていた。

少し太めの三日月の光が白い頬にわずかに影を落としている。

暗い部屋でも、彼の美しさは際立っていた。


そこに小さくドアがノックされ、少しの間のあとナオミが顔を出した。


「スイ、お風呂あいたよ」


スイは顔を向け、了承の頷きを返す。

いつもならここでナオミは部屋に戻っていくのに、今日は珍しく部屋に入ってきた。

スイの正面、窓枠に座るスイの膝に触れるくらいの距離にナオミは立つ。


「…なあスイ、今日のあれ、何?」

「……」


神社で起こった出来事について、ナオミは尋ねた。あの現場でも聞かれたがスイにはうまく説明できる自信がなく流したのだが。


ここでもスイは形のよい眉をわずかにしかめ、困った顔で微笑んだ。

言葉も発せられない今、中途半端に伝えてナオミをいたずらに不安にさせたくなかった。不安にさせても、それをなだめて解消させる術を自分は持っていない。

スイの瞼がわずかに落ちた。長い睫できれいな瞳が隠される。


それを見てナオミは小さくため息をつく。


「…私のせいだな。ごめん」


スイは意外な言葉に僅かに目を見開く。


「私がスイから言葉を取り上げているから…だから説明できないんだよな。スイは、私にきちんと説明したいと思ってくれているんだろ?」


優しく問われ、スイは少しの間の後小さく頷いた。ここで嘘をついて彼女の誠意を蹴るような真似をしてはいけないと思った。


ナオミはそっとスイの頬に手を当てた。


「私は、スイが言葉を話せるようになってもらいたい。スイと言葉を交わしたい」


これまではスイとの間に言葉などいらない、彼の意図は十分に理解できていると思っていた。

けれど今では彼の身体も大人になり、ナオミでは彼の考えが分からないことも多くなっている。


スイが話せない原因は自分。それに心が痛んだ。

その原因を探ろうと、解決しようと真剣に思っていなかったのは自分の甘さ。

彼は話せるようになりたいと言った。言葉が無いせいでナオミを不安にさせていると苦しんで。


スイの苦しさを解消したかった。そしてスイの考えていることをもっと知りたかった。


言葉を交わしたい。そう思った。


「だからちゃんと考える。スイが私たちと話せるように、もっと努力するよ」


あとはナオミがもう一歩だね。父龍はそう言った。

私が「言葉」への抵抗をなくしたらスイは話せる。「言葉」とはきっとナオミがずっと避けていた、人との対話、そして交流。


なら、もっと人と話して、交流できるように努力する。本気で。

これが本当に解決方法か分からないが、それが一番いいとナオミは思った。


「私は頑張る。だから話せるようになったら説明して。そして、スイの役に立てることがあったら言って」


ナオミは、スイの目を見ながら静かに、そして力強く言った。


話をじっと聞いていたスイは小さな驚きに包まれていた。


まさかそう来るとは思わなかった。怖がらせてしまった。だから説明してと言われると思ったのに。彼女は努力する、そして自分の役に立ちたいと言った。こんなに小さくて非力な人間なのに。

…自分のために。


胸の奥が切なく締めあげられ、そして柔らかい慶びに満たされた。

彼女はなんて強く、優しい存在なのだろう。


「スイ?」


溶けるように微笑んだスイに、ナオミがいぶかしげに顔を覗き込んだ。

ナオミの風呂上がりの石鹸の香りが漂う。

スイが自然な動作で立ち上がった。


「…っ、きゃっ」


ナオミの手首が掴まれ、スイの方に引き寄せられた。彼の胸に身体が納まる。

思わぬ可愛い声を出してしまってナオミは自分で恥ずかしくなった。


スイからくすりと笑う声が聞こえる。


抗議しようとしたが抱きしめられて声が出せなくなってしまった。身体が硬直しその腕から逃げることができない。


スイの体温がじわりと伝わってきた。

長い指で優しく優しく髪を梳かれ、肩がぴくりと跳ねる。今日2度目の出来事に心臓が大きく鳴り、顔が熱くなった。


目を細めたスイが、手のひらでナオミの頬に触れ顔を上げさせる。

細められていてもよく分かるきれいな茶の瞳がナオミを捉える。龍の時と色は異なっていたが、吸い込まれそうなそれは間違いなく同じ瞳だと実感させた。


そっと親指で唇をなぞられた。背筋がぞくりとしふるっとナオミの身体が震える。


それを見たスイの瞳に熱が籠る。


「ス、スイ…?」


――ナオミ。


スイの口が音のない言葉を紡ぐ。


――僕のナオミ。きっと、護る。


「え…?」


何から?


その疑問は口から出せなかった。


美しい顔がナオミに迫る。流れるように近づいた柔らかいものが、ナオミを塞いだ。


 あつい。


いつも体温が低いスイのものとは思えない熱が、唇を覆う。

まるで離さないというように深く口づけられ、ナオミは思考を失った。


気付くと床に座るスイの膝に乗る形で抱きしめられていた。彼の大きな手が背を撫でている。


顔を上げると、蕩けるような微笑みのスイが居た。

ナオミは顔を赤く染める。が、混乱も手伝って思わず目をそらしてしまった。


スイは逃げるナオミの頬を両手で包む。と、



逃がさないよ。



にこやかに、彼の口がそう動いた。


「…!」


蛇に睨まれた蛙。

その言葉がナオミの脳裏によぎる。


スイのために頑張るという決意は本物だったから撤回する気はない。撤回する気はない、が…自分は何か、触れてはいけないものに触れてしまったのか。



ここから、ナオミの迷走が始まる―――

次回更新は11/28 21:00予定です

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