ところにより、再び池でしょう
参道での屋台冷やかしはそこそこにして。
神社に来たのだからとりあえずお参りはしないと、と日本人の一同(1名人外)は境内の本宮に参拝をしにやってきた。
奉納の舞も終わったらしく、人は少なかった。無駄口を叩きながら本宮に向かう。
「ねえコウちゃん、ここって何が祀られてるの?」
「さあ知らね」
「呪われてしまえ」
「ナオミ、髪飾りの機嫌まだ直ってねえの!?だからあれば違うって」
「地獄に落ちろ」
「いや神道だから地獄とかないよ!?」
「あ、ここに書いてあったわ。ええと長寿と家内安全、交通安全にご利益があります…」
コウタが好きだというアヤも、ほどほどに幼馴染2人のやりとりに慣れてきたようである。
お手水の横の札を見て、神社の由来を読んでいた。
内容は要約するとこうだった。
昔、諸国行脚の僧がこの地を訪れた際、途中の山道に横たわっていた蛇を何気なく跨いで乗り越えようとした。するとその蛇は怒りの言葉を放ち大蛇と姿を変え火を噴いた。すぐさま僧が非礼を詫びると、蛇は姿を消したという。僧は山を降りたのちその山の麓に蛇を祀る祠を立てた。それがこの神社の発祥であった。
読み終えたアヤにコウタは不思議そうに問う。
「それで何で長寿とか交通安全につながるんだよ」
「ええと、蛇は本来旅路の安全を守る者だったらしいわ。そこから身の安全で家内安全。そして長寿祈願に繋がったみたい」
「そのあたり自由度高いのな。面白れー」
看板の前で話し込む2人の後ろで、スイは少し緊張をはらんだ表情で立っていた。
「スイどうした…?人混みに疲れたか?帰る?」
はっとしたスイがナオミを見た。
眉をひそめる彼女を見てスイは何か言おうとするが、どう伝えたらいいか分からないようで口を開けては閉じ、を繰り返した。
伝えられない自分がもどかしそうで、珍しく苛立った表情を見せる。
そして小さく口が動いた。
話せたらいいのに。
そう言ったように見えた。
ナオミの胸がつきりと痛む。
「ナオミ、どうした?参りに行くぞ」
コウタがぽんと肩を叩いた。
「あ、ああ」
コウタを振り返って返事をしてスイに顔を戻すが、彼は微笑んで頷いた。その顔が少し辛そうに見えたのは気のせいだろうか。
海をきっかけに、彼は唇を動かし言葉を表現するようになった。それまでそんな様子は見せなかったのだが急にである。
彼の中で何か変化があったのだろう。
ナオミは彼が話せるようになってもらいたいとは思っていた。深い意味はなく、人と暮らすならそれがいいだろうと。
だが実は、スイと言葉を交わせなくても特段不都合を感じていなかった。スイの言いたいことは何となくわかる。
龍として問題はないとも父龍は言っていた。
だが今、彼は話したいと願っている。
そして当初は要らないと思っていた言葉が、今は自分とスイの間で必要なものになっている。
このままではいられないのだと、少しづつ感じていた。
◆◆
参拝を終えると、お守りが見たいというアヤの要望に応じるため、売り場に向かった。
売り場はほどほどに人が集まっている。
邪魔にならないよう男性陣は少し離れたところで待ち、女性2人でお守りを物色した。
「やっぱ買うなら恋愛成就でしょ!」
「ここ、安全系や長寿の神社じゃなかったか…?」
「細かいこと気にしないの!」
ナオミは突っ込むのを諦め、祖母へのお土産に長寿祈願のお守りを選ぶ。
ほどよい価格帯のお守りキーホルダーがあった。かわいいピンクに白で蛇の刺繍がしてあるものを選んだ。
もうひとつ、家内安全のお守りも買う。
本当はこちらも祖母に渡したかったが、お守りは複数持つと喧嘩をすると聞いたことがあるので自分用に。白地に赤の蛇の刺繍があるものにした。
アヤも購入できたみたいなので、売り場を離れる。
と、アヤが何かを見つけた。
「ねえナオミ、こっちに池があるのね」
「そうなのか?知らなかったな」
「ちょっと気になるから行ってくる!」
「あ、おいアヤ」
「すぐそこだし大丈夫よ!待ってて」
アヤが駆けて行った方向には確かに池が見える。
猪突猛進ムスメの行動に呆れたが、放っておく訳にいかずナオミは池に向かった。
アヤにはすぐに追いついた。
池の周りは灯篭があり、歩くには問題ない明かりが確保されていた。
だが人気がないのか誰もいない。
「ナオミも来たの?」
猫目をきょとんとさせて言われたのことに脱力する。
アヤの前には小さな祠がひとつあるだけだった。
「全然面白くないわ。もう少し変わったものがあると思ったのに」
腰に手を当てて頬を膨らます。かわいいしぐさが彼女にとても似合っている。
「大きくない神社だしこんなものだろう。じゃあ戻ろう」
苦笑し、ナオミはアヤに一歩近づいた。
そのときナオミの耳に、高く鋭い音が響いた。
空気中の何かが凍り付いていくような、そんな響き。
「な、何だ?」
思わずナオミは周囲を見回す。
しかしアヤは突然緊張をはらんだ声を上げたナオミを見てきょとんとした。
アヤは何も感じていないのか。
景色は一見変わっていない。が、閉じ込められた。そんな感覚になった。池の周りの空気がどんどん歪んでいくような感覚に陥った。
何かがまずい、とりあえず逃げなければと頭は答えを出す。しかし急激な緊張に身体は脳の命令を無視するように動いてくれなかった。
戸惑いと焦りがあっという間にナオミを包む。
そんな緊張感が次の瞬間、破られた。
ぱきいんと乾いた音がして、視界に急にスイが跳びこんできた。
白磁のような顔が緊張で強張ってた。
スイが姿を現すと同時に空気が元通りになってゆく。
ナオミの姿を確認すると、スイは文字通り飛ぶように駆け寄ってきた。
浴衣の裾をひるがえしすぐ近くまで来ると、ナオミの両肩をがしっと正面から掴む。
大丈夫?と必死な目が言っている。
「……大丈夫」
その言葉に安心したように長く息を吐き力を抜いたスイ。
スイが助けに来てくれた。何が起こったかはさっぱり分からないが、それだけは分かった。
「全く、池は鬼門だな」
笑って肩を竦め、皮肉気に言った。
スイが困ったような顔をする。
「冗談だ。…ありがとう、スイ」
白い浴衣の袖をぎゅっと握った。
スイはいつものように微笑み、そっとナオミの頬を撫でる。少し低い温度の手のひらも今の彼女には心地よく感じた。
そして、目の前に少し浴衣のはだけた彼の胸板が見える。
思っていたより筋肉のついているそれが目に入り、顔を赤くして視線を逸らした。自分は決して痴女ではない。
「ね、ねえどうしたの?今何かあったの?」
アヤが戸惑ったように問いかけてくる。ナオミはふるふると首を振った。
「正直私にも分からない…今、何が起こってたんだ?」
問うが、スイは美しい顔を少し歪めただけだった。これは先ほど見せた顔。話せたらいいのに、と言った表情と一緒だった。
ナオミの中に罪悪感と不安が渦巻く。
すぐ、コウタがスイを追いかけて池にやってきた。彼は緊張を含んだスイと顔を曇らせるナオミの様子を見てすぐに帰ることを提案した。
状況が分からないアヤは残念そうにしていたが、家まで送るというコウタの言葉に喜んで帰宅を了承した。そしてまた来ようね、と笑顔で言うアヤにナオミは微笑んで頷いた。
祭を後にするナオミの心に、小さな決意が宿っていた。




