ところにより、浴衣でしょう
「来てあげたわよ!」
大きな荷物を持ち、玄関に仁王立ちになる少女。
今日も今日とてアヤである。
ナオミはタンクトップから出ている肩をぽりぽり掻いた。昨日虫に刺された場所がかゆい。
アヤはしょっちゅうナオミに会いにくる。3日と開けずに来るこの根性には感心する。
本人は「コウちゃんに会いに来てるに決まってるでしょ!」と言うが。
「友達いないのか」
「あんたほどじゃないわよ!」
きっと少ないんだろう。かわいそうに。
ナオミが同情の目で見ていると猫目を吊り上げ、アヤは荷物をずい、とナオミの前に寄せた。
「違うわよ。祭!祭に行きましょう!」
「祭?今日そんなものあったか?」
玄関でアヤの後ろにいるコウタを見る。
「隣町でな。いつも今くらいの時期にあるだろ?2日間ある祭」
「…ああ、そういえばあったな。去年ばあちゃんと行った神社のやつか」
隣町の山際にある神社では毎年8月下旬の2日間、夏祭が催される。
神社から100m程続く参道には屋台が並び賑わい、この付近では一番大きな祭である。境内では祈祷や舞の奉納も行われるが、この舞の奉納を行う巫女が毎年可愛いと評判なのはここだけの話。
「コウちゃんから聞いたのよ!夏と言ったら海でしょ、花火でしょ、あと祭!まだなのは祭だけだから、絶対行きたいの」
「という訳だ。俺今日はバイトもないし、ナオミもどうだ?予定あるか」
「私、浴衣持ってきたの!皆で来て行きましょう!」
「私は浴衣を持っていないが」
「逃げ道を塞ぐために全員分用意してきたわ!」
理由がおかしくないか?
ナオミは半目になったが、提案は悪くないように思えた。
あとは、と自分の後ろにぴたりと立っているスイを見上げた。彼は以外と出不精だ。人に…特に女性に話しかけられるのが嫌のようで。
スイとナオミの身長差は、とうとう頭ひとつ分になった。そしてコウタを超えた。コウタより数センチ高いだけだが、超された日、コウタが床を叩いて悔しがっていたのをナオミは知っている。ちなみにスイの身長はそろそろ打ち止めのようであった。
さて、スイはきれいな眉をややしかめて祭の話を聞いていたが、浴衣と聞いて迷う表情を見せた。
「どうする?行くか?」
ナオミが聞くと、顎に手を当てていたスイは少し考えた後、頷く。
「決まりね!」
嬉しそうにアヤが飛び跳ねる。
その後ろでコウタも何気に機嫌がいいように見えた。
準備のために、2人には家に上がってもらう。
そしてナオミはスイにまた上着を着せられた。暑いから要らないと言ったら怒った顔をされた。なぜだろう。
◆◆
からんころん、と足元で下駄が鳴る。
4人は参道の屋台を冷やかしながら並んで歩いていた。
前にはコウタとアヤ。後ろにスイとナオミである。
コウタは無地の紺色の浴衣にグレー地の帯。アヤは白地に赤系の蝶柄の浴衣に赤の帯。髪は上手に結い上げている。
そしてスイは白地にグレーの縦縞の浴衣に黒の帯。ナオミは紫地に白と薄い桃色で牡丹柄が描かれた浴衣。そして帯は白。
この4人はとても目立った。見目麗しい美形のスイに、活気溢れ精悍なコウタ。大きな猫目で派手な顔立ちのアヤ、そして整った面立ちで静やかな印象のナオミ。
これほど注目を集めているのに周囲の人間がやや遠巻きに見ているのは、すでにこのグループに男女ペアが出来上がっているように見えるためと、周りに牽制の空気を放つ者――主にアヤとスイ――がいたためである。
「なぜか私たちのまわりだけ人が少ないような…」
きょろきょろとナオミが辺りを見回す。
スイは、余所見をして自分から遅れるナオミの肩を抱いて軽く引き寄せる。ナオミが見るとにっこりと笑った。
スイの機嫌は良いようだった。浴衣姿のナオミを見ては満足そうな顔をしている。
時々周囲に冷ややかな視線を送っているように見えるのはきっと気のせいだろう。
「すごく賑やかね。屋台も珍しいものがたくさん!あ、コウちゃんあれ何?」
「んー?干し魚焼いてるみたいだな。隣のは杵つき焼餅って書いてある。ナオミ、何か食う?」
「魚」
「分かった待ってろ」
「コウちゃん、私お餅欲しい!」
「お前はそのリンゴ飴食べきってからにしろって」
わいわいと騒ぎながらコウタとアヤが屋台に向かう。
待つ間、スイとナオミは向かいの屋台を覗いた。お洒落なアクセサリーの屋台だった。指輪やネックレス、髪飾りもある。
周りの喧騒と屋台の眩い光の中、並ぶ商品は魅力的に輝いて見えた。装飾品に興味のないナオミでさえ胸が高鳴った。
祭の効果か、恐ろしいな。
少し笑ってナオミは商品棚を眺めた。
その中に、濃い青の石を中心に水色や白の石で花を象った飾りが着いている髪留めを見つける。
スイの目みたいだ。
龍の姿をとった時のスイの瞳を思い出す。あの吸い込まれそうな深い青が好きだった。
じっとみていると、スイの長い指が横から髪留めを取った。
そのまま屋台の売り子にそれを渡し、さっさと支払いをする。売り子の女性の顔が赤くなっていた。
「ス、スイ、買わなくてもいい」
慌ててナオミが止める。
というかお金どうしたんだ?ばあちゃんからお小遣いでももらった?
焦るナオミににこりと笑い、スイはナオミの髪に買ったばかりのそれを着けようとする。
じっとして、と口が動き、肩を軽く押さえられた。耳の上の髪を優しく梳かれ、上げられる。
耳にスイの指が触れた。大人になった指の感触と、視界に入る大きな手のひら。それを感じ緊張をしてしまったナオミは少し肩を上げ、そのまま大人しくなった。
静かになったナオミにスイはくすりと笑い、髪に飾りをとめる。そして少し離れてナオミを見、満足そうに微笑んだ。
その笑みに、周囲から、ほう、とため息が聞こえる。
「あ、ありがとう。へ、変ではない…?」
上目遣いでスイを見ると、一瞬目を開いた彼は少しナオミから目を逸らして、かわいい、と目元を染め口を動かした。
髪飾りのことだよな…?
「あれ、ナオミ、髪留め買ったの?」
右手にリンゴ飴、左手に紙に包まれた餅を持ってアヤが戻ってきた。
「スイに買ってもらった」
「そうなの?似合ってるじゃない」
コウタも合流して、髪飾りを見止めた。アヤと同じやり取りをするが、感想を言わず最後に舌打ちをしたのだけが違っていた。
失礼な。
ナオミは頬を膨らませコウタが買ってきた魚を引ったくった。違うって、とコウタは弁解する。スイはふ、と笑ってナオミの肩を抱き、コウタ達を置いて先に進んだ。
◆◆
途中、屋台を見ながら進んでいたこともあり、いつの間にかコウタと2人になっていた。
スイはと探すと、後方に頭が見える。周囲に若い女性が集まっているように見えるが、彼は冷たいほど無表情だし知り合いなどいるはずもないので気のせいだろう。
すぐ追いつくだろうと、気持ち歩くスピードを落とした。
するとどこからか「あれ?」という声が聞こえた。そしてその声が「コウタ!」と呼ぶ。
若い男性が3人、手を上げながらナオミたちの傍にやってきた。どうやらコウタの知り合いのようだ。
「コウタも来てたんだな!しかも浴衣で。珍しいな!」
コウタも彼らに親しげに挨拶をする。そしてぽかんとしているナオミに簡単に説明した。
「あ、大学の先輩たち。先輩、こっちは俺の幼馴染です」
後半は相手の男性に言ったものだ。
ナオミはいつもしているとおり通り無言で頭を下げようとして―――少し思い直して、挨拶をした。
「ナオミです。コウタの近所に住んでます。大学も先輩方と一緒です。コウタがいつもお世話になってます」
ぺこっと頭を下げる。ついでに頑張って少し笑って見せた。
一瞬呆けた男性先輩方が一斉にガッ!とコウタの首に腕を回し、ナオミに背を向けヒソヒソとコウタに囁く。
「お前こんなに可愛い彼女いつの間にちきちょー!」
「アヤちゃんと二股か?どっち本命なんだよ!」
「揃って浴衣とか!羨ましいなむかつくな!」
「いででで先輩!痛い!あたまあたま!」
頭を拳骨でぐりぐりやられるが逃げることができずに苦悶するコウタ。
しかし彼女説は否定しない。
「あ、あの、コウタ離してやってもらえませんか」
声は聞こえなかったが何だか理不尽な暴力を受けている気がしてナオミは先輩3名におずおずと頼む。
初対面の人間にこんなに自ら話しかけたのは初めてかもしれない。
あの川辺でのアヤとの会話のあとから、ナオミは少しずつ変わろうとしていた。
しかしこの3人は勝手が分からなすぎて怖い。
と、3人はパッとコウタを離し、ナオミに向いて詰め寄った。
「ナオミちゃん、よかったら俺らと一緒に回らない?」
「え?」
「奢る!コウタ置いといて行こう!」
「え?え?」
何か訳分からない攻撃がきたー!
と、パニックになるナオミの両肩をコウタが大きな手でぐっと掴み、自分の方に引き寄せた。
彼の腕の中にナオミが捉えられる。
「駄目です。ナオミは俺と回ってます」
お前とだけではないんだが!?
否定したかったが、驚いて声が出なかった。
何だよコウタ意地悪だな、という先輩たちの言葉を遠くに聞きながら、ナオミはぐるぐる考える。
この間からこの幼馴染の行動は何なんだろう。彼に何の変化があった?思い出しても分からない。
「!?」
急にナオミの体が後ろに引っ張られた。
追いついたスイがナオミをコウタから引き剥がしたのである。
よろけたナオミはそのままとん、と背中からスイの広い胸に抱き留められた。
ナオミは状況が把握できずきょとんとした。
見上げると、きれいなスイの顔。
冷たい目で正面を見ていたスイはナオミの視線に気づくと少し微笑み、彼女の頬を優しく撫でて抱きしめた。
しかしまたすぐに正面のコウタに冷ややかな目を向ける。
立て続けの出来事にナオミは混乱した。
その中で気付いてしまう。
スイの胸板、広い。
いつも傍にいるのに、こんな守られるように抱きしめられるのは初めてだった。思ったより堅い胸板、細いが逞しい腕、背中に伝わる体温。
ふと先ほど自分の髪を掻き上げた指を思い出し、どきりとした。
…スイが大人になってしまった。
この状況でこんなことを考える自分に恥ずかしくなる。
先輩3人は、突然現れた浴衣美形とコウタの睨み合いを何も言えないまま茫然と眺めていた。
「コウちゃーん、進むの早いよ…あれ、先輩?こんばんは」
そこにアヤがからんころんと下駄を鳴らして追いついてきた。
「あれ、アヤちゃんも一緒だったの?」
「そうですよ?4人で遊びに来たんです」
「…なんだー」
先輩ズは明らかに熱が下がったような声を出した。
肩をすくめてから踵を返す。
「ふーん、ま、勘弁してやるか」
「ははっ、コウタ頑張れよー」
「アヤちゃん、じゃあなー」
楽しそうに笑い、あっという間に3人は去って行った。
後には、きょとんとするアヤ、スイから離れ脱力するナオミ、そしてまだ険悪な雰囲気が漂う男性陣が残った。
こうして他人とのコミュニケーションへの抵抗を無くそうと努力したナオミだったが、
「お前、あんまり愛想よくするな」
なぜかコウタからは怒られたのであった。




