ところにより、理由を知るでしょう
コウタとスイが、木陰で静かな攻防を繰り広げていた頃。
女性陣は川の手前でモメていた。
「ここまてで勘弁してくれ」
「水際が限界?情けないわね」
「何とでも言え。私はテコでもここから動かない」
「人間何事も挑戦よ!ええい、実力行使!」
「やめろ引っ張るなうわあぁ水が!」
「あっはっは!」
普段感情を強く出さないナオミの慌てっぷりに、アヤは腹を抱えて笑った。猫目に涙がにじんでいる。
「はー、満足満足」
「鬼…!」
人のトラウマを何だと思っている。
そしてもっと先輩を敬え。
ナオミは恨みがましい目でアヤを睨んだ。
「しかし本当にキレイな所ね!気に入ったわ!さすが龍が生まれる場所なだけあるわね!」
川の中に立って、アヤは水を蹴る。
川の両側から覆いかぶさる木々。大小の岩とその間を流れる清流。
段差がある場所では小さな滝に水飛沫が上がり、そうでない場所には穏やかな青く透明な水の溜まり場ができている。
木々の枝葉を映し、水面は光を湛え輝いていた。
ここに一度来てみたいと言ったのはアヤだ。
父龍―――白潤がいるかもとナオミは緊張したが、出てくる様子もなくほっとしていた。居ないのかもしれない。
先日の頬の感覚が蘇り、居心地が悪い気分になる。
「ねえ、小さい頃にコウちゃんとここに来たってホント?」
「…ああ」
「ホント子供の時から一緒なのね。羨ましい。私もコウちゃんと幼馴染だったらもっと気にかけてくれたかなあ」
「……コウタに気持ち、伝えないのか」
聞いてから、余計なお世話だったかもしれないと後悔した。けれどアヤは気にする様子もない。
「今言ったら間違いなく玉砕じゃない」
「…そうか?とても可愛いのに」
素直にナオミは口にした。
「あんた天然のタラシか大馬鹿者のどちらかよ」
なぜか怒られた。
彼女は川の中から水を蹴り上げながら川岸に戻ってくる。冷たくて長時間入っていられないようだ。
「私は言わないわ。まだね。時間かけて攻める予定なの。…まぁもう気持ちなんてバレバレだけろうけど?でもコウちゃんて、はっきり言わなければ拒否できないタイプじゃない?」
「…あいつヘタレだからな。よく分かってるな」
「ふっふー。女舐めないでって感じよ。私が頑張ればいつかフラっとこっちに来るかもだしね!」
逞しい。ナオミは素直に感心する。
ついでに答えてくれるかなと、海で彼女に会ってからずっと気になってた事を聞いてみることにした。
「……相手がどう思ってるか分からない状態で、気持ちをぶつけるってどうなんだ?」
「…?私はコウちゃんの気持ち、予想できてるけど?」
「ものの例えだ」
「んー。怖いわね。嫌われたらどうしようかとは思う」
あっさりと、そして意外な答えを返されてナオミは驚く。
アヤはナオミの横にある岩に座った。腰かけたまま足だけ水に浸け、遊ぶ。
「あんた私が何も考えてない鈍感無謀ムスメとでも思った?」
「……」
「思ってたのね。失礼ね」
「違うのか」
「思われてても責めることできない気はするけど!違うわよ。ちゃんと怖い。コウちゃんのときだって悩んだわ」
なぜ怖いのに気持ちをぶつけることができる?
「ちょっと。何を聞きたいか分かんないんだけど」
「恋愛とは違うが…私にはできなかった。自分を見せて拒否されたらと思うと…とても怖いんだ」
昔の孤独を思い出す。
この川に来て当時をはっきり思い出した。幼い自分は絶望していた。川に流され、そのまま消えてしまえば楽になると本気で思っていたのだ。
他人に自分を晒し、否定されるのが怖かった。
他人が期待する自分になれないのが、嫌だった。
そうして、自分の殻に閉じこもった。
ナオミは小石を川に向かって手首だけで投げた。川の流れの隙間に落ち、ぽちゃんという音が弾けすぐに消えた。
アヤは肩をすくめる。
「怖いなら、何もしなくていいんじゃない?すべて自己責任でしょ?失敗する可能性はゼロじゃないんだもん。怖いのは怖いし、何もしないっていう選択肢はありだと思うけどね」
「…逃げてると思わないのか」
「別にー。でもあんたが逃げてると思うならそうなのかもね?」
アヤに責めている雰囲気は感じない。おそらく感覚のまま話をしているのだろう。
理論的な話にはならないだろうと思ったが、今のナオミにはこの雰囲気がありがたかった。
「なぜ逃げずに頑張れるんだ?」
「私の話?うーん。結果、私を嫌ってない人がいることを知ってるからかなあ。あ、あと好きになってくれたら嬉しいじゃない?ちなみに今の目標は断然コウちゃんね!」
「知ってる」
「張り合いないわね。あそうそう、こんなの知ってる?自分を嫌いでない相手って意外に嫌いになれないのよ」
「そうなのか?」
「そ。これは私の実体験!心理学でも説があるみたいだけど…何ていったかな。"人は自分に攻撃的でない相手に対して攻撃的でい続けられない"だったかな。それって好きも嫌いも返ってくるってことよね?」
「思い切り飛躍してる気がするが」
「いいのよ!要は気持ちが大事なのよ!」
何とも滅茶苦茶だが、好きになってくれるかもしれないから頑張るとは、なかなか彼女らしいと思った。
「私は初対面で嫌いと言われた記憶があるが。主に海で」
「だからそれは悪かったってば!」
慌てるアヤが面白くてつい、もうひとつ聞いてみることにした。
「…なあ、何で私と友達になろうなんて言った?」
「な、何よ急に。羞恥プレイ?」
顔を赤くしてアヤがおろおろする。ウエーブのかかった長い髪が揺れた。
「違う。私のこと嫌ってたのに友達になろうと言い出した理由が知りたかっただけだ」
「…うー。…いいやつだって思ったのよ」
「…どこがだ」
「まだ聞くの?…だってあんた、私のこと煩わしいと思っても、嫌わなかったでしょ。いきなり因縁つけてきたのに」
「まあ、迷惑だったが悪いやつだとは思わなかった。正直者すぎて」
「う、煩いわね!…だからそういうことよ」
「どういうことだ」
「羞恥プレイやめてってば!…うー。だからあんたは私自身を見てくれてると思ったのよ。ムカつくって言われたのに、嫌いにならずいてくれたから。私こんな性格だし…嬉しかったの」
ナオミは目を見開く。そんな風に思われていたのか。
「…そうだったのか。意外だ」
「う、嬉しいのはちょっとだけだから!あああんたに会えばコウちゃんにも会えるし、ついでだったんだから!」
アヤは座ったままばしゃばしゃと水を蹴った。
告白を強要されたせいで若干パニック気味だが、ツンデレは健在だ。
「ていうか後ろ向き過ぎ!あんたって確かに何考えてるか分かりにくいけど、相手のそのままを受け止められるのは良いトコなんだからもっと自信を持ちなさいよ!」
「…そのまま、受け止めているか?」
「受け止めているでしょ!スイ君のことも私のことも!スイ君なんて龍だし、私なんて嫌いって言ったのに揺るがないで受け止めて、結構好きかも?って気持ちに変えちゃうんだからすごいわよもー!ああ何言ってるか分からなくなってきた!」
きー!とパニックになるアヤの言葉を聞きながら、ナオミは今度こそ大きく目を見開いた。
受け止めて、相手の気持ちを変えている?
相手の期待する言葉、感情を出すこともできず、それらが人と異なっている自分を拒否されるのが怖くて逃げていたが、違ったのか。
でも、自分は相手の気持ちを変えた、らしい。少なくともアヤは自分を受け入れてくれた。好きだと言ってくれた。
このままでの自分でも、いい…?
すーはーと深呼吸をして、少し落ち着いたアヤ。でも顔はまだ赤い。
「…私はこのままでもよいのだろうか」
「知らないわよ。でも性格なんて急に変えられないし、そういう意味なら無理しなくていいんじゃない?あんたはあんたよ」
「…そうか」
「あ、でも、もう他人とはもっと交流してもいいかもね」
「……そうか」
「ちょっと何落ち込んでんのよ。違うわよ。もっと自分のこと分かってもらえる人作ればいいのにって言ってるの…あんた結構いいやつだと思うし」
「……!」
「今浮上したでしょ。意外に分かり易いわね」
「…余計なお世話だ」
「あはは」
アヤは立ち上がり、岩の上でぺたぺたと足踏みをする。どうやら自然乾燥をする気らしい。
少し気持ちが楽になったナオミは、軽く息を吐くとアヤにひとつ告白をした。
「私は、小学生のころ登校拒否をした。いじめで」
自分から人に話すのは初めてだった。
「…そう、それは辛かったわね」
一瞬足踏みをやめたアヤがこちらを見ずに小さく答える。意外に思うと同時にナオミは気付いた。同情ではない。これは、辛さを知っている言葉。
アヤを見上げる。
「まあ、いじめなんて珍しくないってことよ。私こんな性格だし?あでも、きっとあんた程ではなかったけどさ」
「…そうか」
前向きで元気な少女。
愛されて愛されて苦労なく育ってきたのだと思ったのだが、彼女にも多く語りたくない出来事があった。
似た過去を持って、なのに今、違う行動をとる自分たち。
それに対して、別にいいんじゃない?と彼女は言う。違ってもいいんじゃない、と。
少し可笑しくて、ナオミは笑った。
違う自分を受け入れる人がいてくれた。しかもこんな短い時間で。
「何よ。ちゃんと笑えるじゃない。いつもそうしてなさいよ」
「善処する」
「政治家みたい。つまんない可愛くない!」
年上に何を言うんだ、とナオミは笑った。
うん、自分はこの猫目の少女が嫌いではない。
少しだけ、気分がほぐれた。今日この川に来てよかったとナオミは素直に思った。
「悪かったな」
「え?」
「私も誤解していたかもしれない、アヤのこと」
「そ、そう?」
「だから詫びに"アヤのこと待ってやってくれ"ってコウタに伝えておこう」
「ちょっと待ってそれ何のイヤミよ!?お願いだからヤメテー!」
「誠意を見せているのになぜ嫌がる?」
「やっぱあんた嫌い!鈍感!サイテー!!」
好きになったり嫌いになったり忙しい女性である。
さて、コウタが持ってきたウリを食べに戻ろう。
ナオミは立ち上がり、スイとコウタの待つ木陰へと歩き始めた。




