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ところにより、土産の相手を探すでしょう[前編]

ナオミちゃんへ


来たら、渡しておいてください。


よろしく伝えてください。


いってきます。

            おばあちゃんより




台所でナオミは途方に暮れていた。


手には、祖母からの置き手紙。(チラシの裏)

目の前のテーブルに夏野菜。(山盛り大量)


キュウリ、ナス、トマト、モロヘイヤ…祖母が早朝に収穫したのものだろう。しかし多い。



「ばあちゃん…」


これをどうしろと。


「せめて誰に渡すか書いておいてくれ…!」


本日、祖母は仲良しグループでお出かけだった。ハイキングをして温泉コースらしい。夕飯も外でとのことだったので今日は遅いだろう。

元気でいいことだが、孫が困らない指示をしていってほしかった。


とりあえずメールを送ろうと携帯を取り出す。マメでない祖母からの返信は期待できないがまあとりあえず。


タンクトップにショートパンツという涼しさ重視の出で立ちでナオミがメールを打っていると、どん、と後ろから何かがぶつかってきた。


「スイ、起きた?おはよう」


首だけで振り向くと、肩の後ろに茶髪の頭が見える。それは腰に手を回し、ぎゅうとナオミを抱きしめた。

ナオミが苦しい、と笑うと背中から顔が上がり、美しい少年の笑顔が表れる。


おはよう。


彼の口がそう動いた。


スイの身長はまた伸びた。海に行ったときナオミの腰程度だった背が今では肩に届くくらいになっている。人間なら10歳程度だろうか。

透き通った白い肌にさらさらの髪。顔からは幼さが抜け、かと言って男らしさも少なく中性的な美少年となっていた。


ふとナオミは人に変化した彼の父龍を思い浮かべる。彼も人外の美しさを持っていた。

父に似たスイはどんな大人の姿になるのだろう。


と、怒った顔に変えた少年がナオミの腰を巻く腕に力を込めた。まるで誰のことを考えているの、と言うように。


「なんでもないよ。ご飯にしようか」


スイはあまり納得していない顔をしたが、ナオミに撫でられ、仕方なさそうに頷いた。


「この野菜は…まあいいか。今日来る誰かが渡す相手なんだろう。来たら渡せばいいか」


ナオミは頭を切り替え、朝食の準備に取り掛かった。



◆◆



「来てあげたわよ!」


豊満な胸を反らせ仁王立ちで玄関先に立つ、猫目の少女。

海で一緒に溺れた胸子むねこ―――改め、アヤである。


ただでさえ冷めたナオミの目から、さらに温度が引いた。

ちなみに腕にぶら下がっているスイの目もうるさいやつが来た、と言っている。


「何か用か」

「相変わらず冷たい言い方ね、会いに来てあげたに決まってるでしょう!」

「夏休み明け学校で会おう。では」

「待って玄関閉めるんじゃないわよ!相手してくれてもいいでしょう!スイ君も!」


寂しかっただけか。それとも野次馬根性か。


「……悪ぃナオミ。捕まった。勘弁」


アヤの後ろから、申し訳なさそうにコウタが現れる。


コウタからはアヤがナオミの家に来たがっているという話は何度も聞いた。面倒な予感しかせず、断り続けろと強くコウタに言っていたのに。

何やってんだ、とナオミが視線でコウタを責める。


「俺ん家の前で会ってな…」

「朝から張っていた甲斐があったわっ!」


それはストーカーではないのだろうか。

面倒くさいことこの上ないが、追い出すとまた更に面倒になりそうだったので仕方なく家に上げた。



「聞きしに勝る田舎具合ね!」

「帰れ」

「お土産持ってきたわ!」


素早くアヤはケーキをちゃぶ台に置いた。地元で有名な洋菓子店のものだ。

ため息をついてナオミは皿を準備する。


ナオミとコウタが住む地域は県内でも特に田舎度が高い。大学のある街中に住むというアヤにはあまり馴染みがなかったようだ。

ちなみに彼女はナオミより年下だった。バストは後輩に負けた。


「それにしても、ホントに成長が早いのねえ…。話を聞いても驚きだわ…」


アヤが猫目を丸くしながらスイを見つめる。

キレイな子よねえ、と遠慮ない視線にトマトをかじりながらスイは嫌そうな顔をした。

唇がトマトの水分で湿っているのが妙に色っぽい。少年でこの色気は危ないのではとナオミは思う。


ちなみに今ナオミは五分袖のパーカーを羽織っている。タンクトップのままコウタ達を迎え入れようとしていたらスイに着せられた。なぜだろう。


「スイ君て生まれてからどれくらいなの?」

「さーな。でも初めて見たときはこーんな小さかったぞ。それから1か月…はまだ経ってないくらいだ。だよな?」

「そうだな」

「本当にまだ子供なのね!海で龍の姿を見た時も相当大きいと思ったけど、もっと大きくなる?」

「かもな。父親はもっと大きかった。なあ?」

「そうだな」

「すごい!お父さん龍もいるのね!私も見れるかなあ」

「どうだろな。俺らも1回しか会ったことないしどうしたら会えるかも分からん。な?」

「そうだな」


ケーキが旨い。

会話に入る気ゼロ、入る意味も感じてないナオミはもくもくとお土産を食していた。

隣ではスイがキュウリに手を出している。


そういえば、と台所にある祖母の野菜を思い出す。渡す相手がアヤだということは……ないだろうな。うん。



ひとしきり目の前の2人が話し終えた頃、ナオミは空いた皿を片付けに席を立った。


台所で皿を洗う。

居間ではスイがアヤの質問攻めにあっていた。ちなみに回答はYES、NOでもらうのだとアヤは言っていた。


「ナオミ」


コウタが使い終わったコップを持ってやってきた。


「ナオミ、体調大丈夫か」

「問題ない」

「眠いとかだるいとかないか。スイに気を吸われすぎたりしてねえか」

「大丈夫だ。スイも調整してくれている」

「ホントか」

「しつこい。大丈夫だと言っている」

「…ならいい。何かあったらすぐ言え」


後ろからぽんと頭に手を置かれた。今日の彼はいつもより馴れ馴れしい。そして何となく様子が違う。…少し大人しいような。


「…海でナオミ見たとき」

「ん?」

「…溺れてぐったりしているナオミを見たとき、心臓止まるかと思った。昔、川で溺れて動かなくなったお前を思い出した」


頭を撫でる手がとまる。が、そのまま離れない。


9歳のとき、コウタの肘に当たって川に落ちたナオミは、少し下った先の岩場に偶然引っかかって助かった。そうでなかったら幼いコウタ1人では絶対助けられなかっただろう。

コウタは岩にナオミを引っ張り上げたが、意識が戻らないナオミの横で謝りながら泣きじゃくったという。


ありゃ俺にとってもトラウマだ、とコウタは苦々しく言った。

それに対し軽い調子でナオミは返す。


「その前に池にも落ちたし、もう慣れただろ」

「…あれもキツかった。でも助けるのに必死だったから」

「スイのお蔭で助かった」

「俺のお蔭でもあるだろが」

「だから礼を言っただろう」

「……」


後ろに立ったままのコウタが黙る。珍しく言い返してこないなと不思議に思っていると、不意に、ナオミの肩に重みがかかってきた。


後ろから両肩に日焼けした長い腕が巻き付きーーーコウタに抱きしめられていたのである。

視界の隅に明るい茶髪が見える。彼はナオミの耳元に顔をうずめている。

…身体が動かない。


「…ちゃんと俺だけで助けたかった。今度は」

「…………っ借りはもう作らん」


耳にささやかれ、一瞬頭が白くなったが、何とか言葉を出した。


「……可愛くねえな」


くす、と幼馴染が笑った。耳がくすぐったい。


「…大人しく護られとけよ」


低い声で囁いたかと思うと自分を抱く力が強まった。彼の細くも筋肉の付いた腕が、さらに引き締まる。

護るじゃなくて助けるじゃないか、とナオミは頭の中で微妙な訂正をしたが、なぜか喉が乾いて口にするとはできなかった。


これまでこんな風に幼馴染に触れられることはなかった。顔に熱が集まっているのを自覚する。

水道が流れる音だけがしばらく響いた。


が、しばらくののち、それを打ち破るように突然後ろでばしゃ、と音がした。


「痛って!つめて!」


肩から重さがなくなる。

振り向くと、後ろにいたはずのコウタとの間に、華奢な背が割り込んできていた。

さら、とナオミより低い位置の茶髪が揺れる。


「スイ、てめ…っぶ!」


言いかけたコウタの顔面にばしゃ、と容赦なく水の塊がぶつかる。

突然空中に現れたそれは、先日小さなスイが縁側で見せてくれた水球よりももっと大きかった。


「痛いってんだろ!」


怒るコウタに絶対零度の目をしたスイが向かい合う。

ナオミは慌てた。何がどうなっている。この場をどうしたら。


「コウちゃん何やって―――どうしたのずぶ濡れ!」


アヤが駆け込んできた。ナイスタイミングだ。硬直の溶けたナオミがすぐ動いた。


「ちょっとスイとジャレただけだ。コウタ、今タオルを用意する」


幼馴染に声をかけ横をすり抜けようとすると、コウタに腕を掴まれた。顔はこちらを向かない。


「いい、もう帰るし。このまま行くわ」

「え?コウちゃん、もう帰るの?」

「ああバイトあるし。てかお前も帰るんだ。行くぞ」


え?え?と戸惑いながら従うアヤ。


その後コウタは何事も無かったかのように、じゃあまたなと言って帰って行った。



◆◆



夜。


2階の自室にて、風呂上りのナオミは座ったままぼーっと天井を見上げていた。


昼のアレは何だったのか。


幼馴染の今までにない行動。そういえば海のあと、ちょっとスキンシップが増えていたような…気がする。気のせいか?

意味が分からなかった。


ぐるぐるしていると、かちゃりとドアが開いた。

スイがお風呂を終え戻ってきたのである。水色の半袖シャツのパジャマはナオミチョイスだ。手には本が数冊。


「髪、まだ濡れてる。ほらこっちおいで」


手招きすると笑顔で少年はナオミに寄り、背を向け前に座る。ナオミはタオルで頭を拭いてやった。

拭かれながらスイは持っていた本を広げて読み始める。


「今日は何の本だ?」


覗くと、世界経済に関する専門書だった。はっきりいってナオミにはちんぷんかんぷんだ。見る気も起きない。


今日図書館で借りてきた本であった。

人型を取り始めてすぐ、暇つぶしにと寄った図書館をスイは気に入った。毎日行こうとせがまれている。そして借りる本の難易度はどんどん上がっていた。

初めは絵本を読んであげていたのにもうナオミが教わる側になる勢いだ。凹みそうだ。


手が止まったナオミに気づき、スイが振り返る。


どうしたの?と口が動いた。


海以降、スイはこうやって口で言葉を表現するようになっていた。これも急な変化だった。

話せなくてもナオミは気にしないが、彼の中で何か心境の変化があったのかもしれない。


スイが人語を話せないのはナオミのせい。父龍はそう言った。

スイが話たいと思うのならできるようにしてあげたいと思う。でもそれにはナオミが言葉―――コミュニケーションについてのコンプレックスを乗り越えなければいけないのだ。


でもどうやって。


ナオミには方法がさっぱり分からない。



スイのきれいな手がナオミの頬に触れ優しくさする。風呂上りのためかいつもより温かかった。


「なんでもないよ」


安心させようと笑顔を見せたが失敗したようで、彼の整った顔がさらにゆがんでしまった。

昼間の出来事が尾をひいて調子が狂ってる自覚はあった。不安を解消できる笑顔は作れなかったのかもしれない。


よし、とりあえず今度コウタを殴ろう。


そう決心していたらまたスイの口が動いたが、速すぎてナオミには何を言ったか読めなかった。あいつのせいで、と動いたように見えた気のせいか。


子龍を拭くのを再開すると、窓の外に突然の雨音が響いた。

かなりの大雨である。


さっきまでそんな気配なかったのに!と、ナオミは2つある窓のうち、真横にあった近い方の窓を閉めた。


もうひとつ、ベット側の窓を、と振り返ると。


「やあこんばんば。ナオミ、元気にしてたかい?」



窓に、白銀の髪の麗人――――スイの父龍が座っていた。

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