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ところにより、海でバトるでしょう[後編]

また水に落ちた。この夏2回目ってどういうことだ。


ざん、と暗い海に背から沈みながら、ナオミは自分の不運を呪った。



目の前には白いワンピースが広がっている。


自分の上に落ちてきた胸子むねこの服だ。彼女がいるせいでナオミは浮き上がれない。本人ももがいているようだがマキシワンピの裾が邪魔していた。


そうでなくてもナオミは泳げなかった。

9歳の時に例の川で溺れてからお決まりのように水に恐怖した。特に海や川のように動いている水の中では身体が固まってしまう。


怖い。しかもこのシチュエーションだ。助かる気がしない。


それでも、とナオミは鈍くなっている身体を動かした。こんな所で死ねない。

夢中で延ばした左手に岩が触れる。必死に岩を掴み、同時に右腕で自分の上の女性の腰を抱える。そのまま力を入れて身体ごと捻り彼女を岩に近づけた。


なんとかある程度の距離まで近づけるとナオミの腕にかかる体重が軽くなり、抱えていた彼女の胴体が勝手に岩に近づいていく。自力で岩に掴まったようだ。


ナオミも続こうとしたが、視界にきらりと光が映ったのに気を取られた。瞬間、大きな波がうねり、浮き上がることもできないままそれにさらわれてしまった。


――私、詰んだかもしれん。


気が遠くなってくる。



目の前に無数の泡が躍る。

そして―――遠くに波打つ白い光。



……あ、これ、見たことある。


でも前見たより光が強くてきれいだ、と思ったと同時。


ぐん、とナオミの身体が力強く持ち上がった。



◆◆



「!?」


波打ち際にいたコウタが顔を上げる。


何か聞こえた気がした。いや頭に響いた。

―――まるで声にならない悲鳴。


すると岩の向こうから白い光が立ち上がる。が一瞬で消えた。


「!…あれは」


最近2度ほど見た。龍が変化へんげするときの光。


「岩場か!」


嫌な予感がしてコウタは光の方角に全力で走った。



◆◆



「スイ、どうした!?―――ナオミ!!」


岩場には、白銀にきらめく龍。そしてその胴の上にはずぶ濡れでぐったりするナオミが乗っていた。彼女の腕一抱え程の胴の龍は、自分の背側に首を返し、乗る彼女を鼻で一生懸命突いている。

それだけでコウタは状況を察した。


「…っ……!」


心臓が凍る。

不安定な岩場を暗さも気にせず一気に彼女の元へ走った。


ずる、と落ちるナオミを龍の尻尾とコウタが同時に抱える。


受け止められると、彼女はごほっと咳をした。一度咳をすると立て続けに咳き込み背がはねる。


彼女の体温を腕に受け背をさすりながら、コウタは自分の心臓にも温度が帰ってきたのを感じた。

彼女の肩をぎゅっと抱き、息を吐いた。


「ナオミ…良かった…大丈夫か」

「…問題、ない。それより彼女を……下の岩場に掴まっているはずだ」

「…下?」


懐中電灯を拾い、コウタが岩場の際から下を照らす。

ライトの先には、肩から上だけ海面から出した胸子むねこが恐怖を張り付けた表情で岩に掴まっていた。


「今助ける!」


コウタはそう声を掛けた。しかし足場もロープも何もない。女友達を引き上げる術が思いつかずに戸惑う彼の姿を見て、ナオミは傍の龍に言った。


「スイ……頼めるか」

「!おい」

「どうせさっき私を引き上げたのを見ている。放置するわけにもいかんだろ。…スイ、悪いが彼女も助けてくれるか」


龍は幾分生気がない彼女を数瞬見つめ、頷いた。ナオミをそっと下ろし、ふわりと浮き上がる。そのまま方向を変え、長い胴をしゅるりと岩場の下に向かって躍らせた。


「…!ぎゃ…!」


胸子むねこの悲鳴が聞こえる。


「あー大丈夫だからそのままそいつに掴まってくれ。助けてくれるから。暴れたりすんなよ」


上からコウタが声をかけてやる。下から何か言っている女の声が聞こえたが、コウタといくつかやりとりをしたら静かになった。


しばらくすると、白銀の身体が岩場の上まで泳ぐようにやってきた。その背には、死んだような目をした胸子むねこ



「大丈夫か。ほれ」


コウタが手を貸し女を下ろしてやる。多少ふらつきながら胸子はスイの背から降りた。


身軽になった龍がその場で軽く身体を丸めると白く光り始める。光が治まると、そこには茶髪の愛らしい男児が立っていた。

白銀の身体がなくなると周囲が少し暗くなった気がした。もしかして龍の身体は少し光っていたのかもしれない。


「スイ、頑張ったな。ありがとう」


駆け寄ってきた男児を座り込んだままのナオミが抱きとめた。

子龍はナオミの首に短い腕を回しぎゅっと抱きつき、ぐりぐりと首筋に顔を押し付けてくる。心配で心配でたまらなかったと全身で訴えてきた。ナオミはごめんな、と首筋の小さな頭を撫でる。


「何なのよどういうこと…?その子何…!?」


胸子の驚愕の声が聞こえた。暗くて見えないが、多分顔は青白いだろう。


「あー、あとで説明する。でも大丈夫だ。怖いことでも悪いことでもねえ」


コウタがぽん、と胸子むねこの頭に手を置いた。


「コ、コウちゃんがそう言うなら…」


胸子むねこが言い淀む。見えないが、きっともじもじしている。


コウタ、策士だな。

好きな男からの頭ぽんをこんな風に誤魔化しで使うとは、とナオミは少し感心した。

そして胸子むねこはチョロかった。


結構衝撃的な秘密の発覚だろうに、こんなんで黙らせることができていいのか。

ナオミは胸子むねこの単純さに感心しつつ、その素直さが何となく心配になった。


「コウ!」

「コウターーー!」


ナオミの後方からすっかり忘れ去られていた男2名の声が聞こえた。

コウタがライトの光を流し、そちらに向ける。


「いた、コウ!さっきの光、何だよ?」

「あ、何だ皆いるんだ。ピアス見つかったの?」


A男とB男が駆け寄りざま順番に聞いてきた。


「光?さあ知らね」


さらっとコウタが流す。誤魔化し方が荒いが、男2人は問い詰める様子もない。

こいつらもチョロい…


「ピアスは無いみてーだった。もう諦め…ん?」


コウタはさっさと宣言、この場を締めようとしたが声が途中で止まる。ついでに持っていた懐中電灯の光がナオミに止まった。


「眩しい。こっち向けるな」


座り込んだままのナオミが手を顔にかざし抗議する。

しかし何も答えないまま懐中電灯が近づいてきた。そして、光の向こうからコウタの手がナオミに延び、スイの頭があるのとは反対側の左肩に触れる。そして肩にへばりついているパーカのフードをごそごそと漁った。


「??」

「……やっぱり。何か反射してると思ったら…引っかかってた」


ナオミの目の前に広げられた彼の手のひらには、見たことあるリングピアスが乗っていた。


「…岩のところで光って見えたのこれだったのか…」


波にもまれている間に引っかかったのか。だとしたらすごい確率だ。神がかっている。


けれど神様がいるなら、私を水に落とさないでほしかった……


脱力するナオミの向こうでは、コウタが胸子むねこにピアスを渡してやっていた。胸子むねこは驚きながらもすごく喜んでいた。

一連のトラブルはナオミの最大の不運と苦労を引き換えに解決したのだった。




「よし帰るぞー」


ナオミが少し落ち着いた頃、コウタの号令で一同は移動を開始した。


B男とコウタが「あれ?ナオミちゃん何でスブ濡れなの?」「暗くて足すべらせて海に落ちたみてーだ」と会話しながら先に戻って行く。

面倒なので男2人への説明ごまかしをコウタに任せられるのは助かった。


ナオミも立ち上がる。スイが小さな手を貸してくれたのでありがたく借りた。この女性への気遣いは将来有望である。


そんな2人に胸子むねこが近づいてきた。


「?」

「その…悪かったわ」

「??」

「落ちる原因作っちゃって悪かったって言ってるの!」

「……ああそれか。別に構わない」

「そんなあっさりでいいの?もっと怒りなさいよ!」

「別にいい。無事だったし」

「納得いかないわ!」


何だかやり取りが面倒くさくなってきた。疲れていたナオミは、さっさと会話を終わらせるべく返す。


「じゃあ交換条件。スイのこと黙っておいてくれたら許す」

「…私まだ詳しいこと聞いてないんだけど」

「聞いても、黙ってくれたらそれでいい。別に貴方に不利益はない。これは断言する」

「……分かった。でも説明はコウちゃんから聞くからね!」

「別に構わない」


やっと終わった。ナオミは再び歩き出す。


「待ちなさいよ!」


まだあるのか。うんざりとした顔でナオミは振り返る。どうせ暗くてほとんど表情なんて見えない。


「何」

「……ありがとう」

「うん?」

「……落ちた時、先に助けてくれて。あと、ピアスも見つけてくれて」

「……貴方が上にいたから仕方なく岩に上げた。あと、ピアスは偶然」

「うるさいな!礼は大人しく受け取っておきなさいよ!」

「……分かった」

「今面倒くさいって思ってるでしょ!」


よくお分かりで。


「どうせ私は面倒くさいわよ」


次は拗ねはじめた。どうしたらいい。逃げるか。


「逃げるな!」


捕まった。


「友達になりなさいよ!」


ぴた。とナオミの動きが止まった。今何て言った?


「私の友達になりなさいよ!…べ、別にあんたのことはどうでもいいのよ!あああんたの友達になればコウちゃんに会う口実になるからよ!!」


暗くて見えないが、今たぶん胸子むねこの顔は赤い。きっと。


「あんたも友達いなさそうだから、私がなってあげるわ!か、感謝しなさいよ!」


ツンデレか。ツンデレだ。


しかしなぜ急に懐かれたのか分からない。うっかり助けた形になったのが悪かったのか。

スイも隣で不思議そうにしている気配が伝わってくる。


この正直者な猛進ムスメの行動はナオミにはさっぱり理解できず…面白かった。


「何か言いなさいよ!」


掴んだ腕を揺さぶって問い詰められた。面倒くさい。


ナオミはふっ、と小さく笑った。どうせ暗くて見えない。

そして目の前の元気な女性に一言、言った。


「名前、なんだったっけ?」

「今の今まで忘れてたとかあんたサイテ――!!」


夜の海に怒号がこだました。



この夏の日、人見知りのナオミに女友達(自称)ができたーーー

胸子の名前は次話にて。

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