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ところにより、海でバトるでしょう[中編]

海の1日は思ったより長かった。


夕方で帰るのかと思ったらこれからバーベキューをするらしい。


迎えに来た車に乗っただけのナオミはそんなスケジュールを把握していなかった。聞いたときは口から魂が抜けかけた。


「帰りたい……」


コウタ大好きな胸子むねこからの無駄な攻撃、男友達A男とB男からの訳の分からない茶々の数々。

慣れない人付き合いに加え、余計な感情を向けられたことで、ナオミはくたくただった。


夕日に染まる海岸でマットに座り、眠るスイの頭をなでた。疲れて眠ってしまったので膝枕中だ。


横ではコウタ達がバーベキューをしている。

海岸もずいぶん人が減った。波の音が響く。


「ほれナオミ、出来たぞ食え」

「…肉いらない…」

「好き嫌い言うな。食え。そして太れ」

「女の敵」

「お前細すぎなんだ。ほれ、ねじ込むぞ」


コウタがホントに口に肉を近づけてきたので、ナオミは仕方なく皿を受け取った。

元々肉は好きではない。せめて魚ならよかったのに。


「ナオミ、疲れてないか」

「疲れてる。おま…」

「コウちゃーん、骨付きカルビ焼きたい。どこー?」


お前のせいだ、と八つ当たりをしたかったのに会話を遮るように胸子むねこが呼ぶ。

息を吐いてから、コウタは肉を探しに立ち去った。


「面倒くさい関係だ……」


コウタと、探す振りをしてわざと密着する胸子むねこを見ながら思わず呟いた。


「あいつもはっきりさせればいいのに」


彼女が可哀想ではないのだろうか。期待させ続けたら、最後に傷が大きくなるのでは?

相手を傷つけるのは怖くないのだろうか。


「それとも、少しは好きなのか?」


何だか微妙な気持ちになった。苦い顔になる。

幼い頃から知っている人間の恋愛とか考えたくない。親兄弟の情事を想像したくないのと同じレベルだ。


「しかも彼女も怖くないのか?…理解できん」


彼女はまだコウタに気持ちを言葉で伝えてない。きっと。

そして現在、コウタから好意を向けられていなことも分かっているはず。だからナオミに敵意を向けるのだ。自分より、好きな相手と距離が近しい人間に。


そんな不確かな関係で自分勝手にも思える感情をぶつける。これはナオミにとっては愚かで怖いことだった。


相手が嫌がったら。

自分を拒否したら。

傷つけられたら。

離れていかれたら……



――ナオミちゃん、笑わないよね。

――ナオミちゃん、怒ってるの。

――変わってるよね。



不意に過去が蘇った。

ナオミはぎゅっと目を閉じた。



小学校で集団生活を送り始めてすぐ、ナオミは孤立した。


子供らしからぬ表情の薄さ。

端的な物言い。

同年代の子供と異なる志向。


子供は無邪気が標準仕様デフォルトだとする周囲の価値観の中で、ナオミは異質扱いだった。悪意のない、陰湿ないじめも受けた。

そして大人は彼女に対して、他の子供と変わらないよう接しようとしていた(・・・・・・・)。感受性豊かな子供だったのが、ナオミにとっては災いだったのかもしれない。


この場所は、標準ふつうでなければ弾かれてしまう。

それに気づいてしまった。


傷ついて、苦しくて、苦しくて。


彼女は徐々に心を閉ざし始めた。


そして義務教育2年目でとうとう学校に行けなくなった。家に籠る期間は1年以上に渡った。


途方に暮れた両親は、娘が懐いている祖母を頼った。祖母は一時的に田舎で暮らすことを提案した。


それがナオミの救いになった。小学3年生のことである。

田舎は、都会で異質とされた自分も受け入れてくれた。自分も自然の一部。コウタをはじめ、人々は皆おおらかだった。


ほどなく都会に戻り通学を再開できたものの、定期的な「充電」が必要だっナオミは休みのたびに田舎に通い詰めた。両親も仕方ないと送り出してくれた。それがなかったらとっくに壊れていたかもしれない。


ナオミは祖母と田舎に救われたのだった。


けれど、人間関係への恐怖は心に根付いている。

自分に対してどういう感情を持っているか分からない。心を許せる相手以外とコミュニケーションを取るのは嫌だった。


ましてや自分の気持ちを押し付けるなんて……。

コウタに好意を寄せる彼女の行動は、ナオミには全く理解できなかった。




とんとん。


手の甲が優しく叩かれ、我に返った。


スイだった。彼の腕に置いていたナオミの手を、小さな手がさすっていた。

ナオミの膝から、美しい幼龍の茶色の瞳が見上げている。


目が合うと、スイはふわりと笑った。

まるで大丈夫、と包み込むように。


胸が熱くなって、ナオミは愛しい龍を抱きしめた。彼は体温が少し低い。それでもナオミにはとても温かく心地よく感じた。


「ありがとう」


小さく伝えたら、こくっと頷くのが分かった。


離れて、顔を見合ってにこっと笑いあった。


「おーい、ナオミ、肉焼けたぞ。お、スイも起きたか。あとで花火やるから楽しみにしとけ」


幼馴染から声がかかる。


まだイベントがあるのか…ナオミはまたうんざりした。


気付けば夕日はすっかり沈んでいた。



◆◆



多色の火の花が、音を響かせ夜の海岸に咲いた。


若者たちはそれぞれに手持ち花火を持ち、砂浜を走り回る。


スイは初めて見る花火に目を丸くしていた。

打ち上げ花火が音を立てたときなどは耳を押さえてナオミにくっついてきた。可愛いかったのでそのまま抱きしめた。


「……無い!」


胸子むねこの声が上がったのは、花火が佳境に差し掛かった時だった。

全員の手が止まる。


「どうした?」

「ない、ないの!コウちゃんにもらったピアス!」


海岸は砂浜に移動させた自分たちのワゴン車のヘッドライトの光だけ。

暗くてよく見えなかったが、確かに彼女の片耳だけリングピアスがなかった。

胸子むねこの傍にA男とB男が寄る。


「落とした…?どこだろ。ヤだぁ…」

「はい泣かない落ち着こー。最後にあったのはいつ?」

「夕方、海から上がろうとしたときはあったの」

「脱衣所か海の中てことか。脱衣所はもう閉まってるし、海だと探すの無理じゃね?」

「あ、車にも一回戻ったわ!」

「車の中ね…じゃちょっと見てくる。ついでに念のため懐中電灯持ってくるね」


B男が車に走る。


「じゃー俺、昼に車止めてた付近見てくるわ」


A男も去った。


「どうしよ…大事にしてたのに…」


胸子むねこは半泣きだ。

コウタが少し離れた場所から微妙な声音で慰めた。


「安モンだし、無くしても気にするなよ」

「駄目!せっかくコウちゃんに貰ったのに!」

「…いや大事にしてくれてるのはありがたいけどさ…」


しばらくしてA男とB男が懐中電灯を携えて戻ってきた。


「車の中には無いみたい」

「駐車場もだな」

「…ない…?ホントに…どうしよぉ…」


胸子むねこ、マジ泣きだ。顔を覆ってしゃくり上げている。


帰るの遅くなりそうだなーとナオミはのんびり考えた。


「もう遅い。諦めて帰ろう」


無情にも、コウタが言う。


泣いてた彼女がばっと弾かれたように顔を上げた。


「ヤだ!お願いコウちゃん海も探させて!」

「駄目だ、危ない。諦めろ」

「…イヤだ、探すの!!」


彼女はB男が持っていた懐中電灯を引ったくり、ワンピースを翻して走り去ってしまった。

男友達2人は彼女を見送り、そしてコウタに向かって呆れた顔をする。


「あーあー。コウタ悪いヤツだねえー」

「珍しく冷たいな、コウ。お前なら付き合って探しそうなのに、どうした?」

「ホントだね。嘘でも俺が新しいの買ってやるから帰ろう、とか言ってあげたらいいのにさあ」

「……俺は彼氏じゃねえし。中途半端に優しくしてもしゃーないだろが」


苦々しい声のコウタに、男2人は顔を見合わせた。

ぐしゃぐしゃとコウタは自分の髪を掻く。


「……あーもー。一緒に探してくるわ。お前らここにいてくれ。ナオミ、遅くなって悪ぃ、も少し待っててくれ」


言うと、彼は懐中電灯の明かりの方向に走って行った。


「…仕方ない。待ってましょうかね」


B男がのんびり言った。



◆◆



胸子むねこは本当にコウタのこと好きなんだなあ、と他人事のようにナオミは思った。実際他人事だが。


波打ち際に、2つの明かりが見える。


胸子むねこの懐中電灯と、コウタの携帯ライトの明かりだ。


あ、胸子むねこ、岩場に向かった。頑張るなあ。


昼間にナオミとスイが遊んだ岩場へ向かい、大きな明かりだけが移動している。少し離れているが範囲を広げて探すようだ。


A男とB男は、車の中の再捜索を行っている。

待つのに退屈になったナオミは、車の中の2人に声を掛け、スイの手を引いて何となく岩場の方面に向かった。




「スイ、早い。ゆっくり歩いて。手が離れてしまう」


携帯のライトをつけ、岩場を歩く。

頭上には上弦の月が浮いていた。周りは仄かに明るい。注意すれば携帯のライトだけでも何とか事足りた。


波打ち際に近づき、覗き込む。何も見えないがここは結構高さがありそうだ。

岩に打ち付ける波の音がだけ響き、海に引き込まれそうな感じがした。昼間とは違う雰囲気に、ナオミはちょっと緊張する。スイが手を少し強く握ってくれた。

そういえば彼の足の運びには迷いがなかった。どうやら夜目がきくようだ。さすが龍。


ナオミはぐるりと辺りを見回し、何歩か横に移動する。

と、スイが手を引っ張った。


「どうした?」


何か伝えようとしているが、暗くてきちんと表情が読めない。携帯のライトを顔の近くに持ち上げようとしたとき、いきなり横から顔に強い光が当たった。


思わず目をつむる。


「……あんたか。何しに来たのよ」


胸子むねこだった。移動早いな。


白いマキシワンピースと長い髪を風に流しながらこちらに近づいてくる。

ナオミと違って女子力が高い。ちなみにナオミは日よけの長袖パーカーにショートパンツである。


スイが少し手を引いてきた気がしたが、ナオミは手をそっと離しスイの肩に置きなおした。そして彼女に向かい合う。


「…暇つぶし?」

「…まるで他人事ね」

「他人事だな」

「……!あんたはいいわよね!コウちゃんがいつも近くに居て!」

「近所だからな」

「そういうんじゃないわよ!私は理由がないと会えないの!プレゼントのピアスがコウちゃんの代わりなの!」

「見つかったか?」

「…無いわよ、無いの!」


また泣き出した。


羨ましい、とナオミは思った。自分はこんなにまっすぐで正直な感情を表せない。


「落ち着け」

「うるさい!…もう、何であんたなのよ!ずるいよ!何も努力してないのに!」

「そこは反論のしようがない」

「私頑張ってるよ!?でもコウちゃん、私のこと何とも思ってないもん。…知ってるもん!コウちゃんが好きなのはあんたなんだから…!!」

「幼馴染だからな」

「違うわよ!この鈍感!嫌い!むかつく!」


感情が高ぶった胸子むねこがライトを手放し、両肩を掴んで一気に詰め寄ってきた。


ひゅっ、と、横でスイが息を吸ったのが聞こえる。

疑問に思った瞬間、足元の岩が海に向かって大きくぐらりと傾いた。


岩が外れたーーさっきスイが伝えようとしてたのはこれだった?


ここは確か海面まで結構高さがあった。まずいと頭に浮かんだがどうしようもなかった。


前の女性も驚愕に目を開いた。


ナオミと胸子むねこはそのまま波に向かって落ちてゆく。


波の音が近づくのを感じながら、ナオミは思った。



ま た 水 に 落 ち る の か !!

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