ところにより、独占欲でしょう
本日2話目です。
縁側の淵に腰かけ、少年は短い足をぶらぶらと揺らした。
手には小さく切った真っ赤なスイカがひとつ。
紅葉より少し大きいだけの手でそれを持ち、小さな口でしゃり、とかじる。苦心して果肉だけを咀嚼し飲み込み、種だけを口の中に残した。
「スイ、準備はできたか?」
横に座る女性が優しく言う。
黒髪のショートボブ。化粧っ気のない顔立ちは整っているが、温度のない目がどこか淡々とした印象を与える女性。細身の半袖Tシャツにショートパンツの服装は、すらりとした肢体と程よい大きさの胸を強調していた。
少年がこくんと頷くと、ナオミは小さく口元を綻ばせる。
表情の変化は小さいが、スイはこの自分に向けられる笑顔が好きだった。
「よしじゃあいくぞ。…せーの」
2人は同時に、ぷっと口から種を吹き飛ばした。
ナオミの種は遠くに飛んだが自分の種は足元に落ちてしまった。
むー、と柔らかい頬を膨らませる。
なかなかうまく飛ばない。悔しい。
体は3歳児だ。力が足りない。初めて変化したときよりは大きくなったがまだ足りない。
「今日初めて挑戦したんだ。そんなものだろう。練習すればきっともっと飛ぶ」
頭を撫でるナオミに向かって、本当に?と首を傾げる。
さらりと短い茶髪が流れた。
「大丈夫だ。だってスイは男の子だから」
男の子は女の子より強いんだよ?と彼女は言った。
少年は、決意をした顔でこくっと頷く。
じゃあもっと強くなる、と。
とたんに目を輝かせた彼女がぎゅーっと抱きしめてきた。苦しい。
自分がこの姿になって数日。彼女からこうやって抱きしめられる回数が多くなった。
龍の姿のときにはなかったことだ。
スイは、それがとても嬉しかった。
◆◆
初めてナオミに会ったときは、びっくりして水をかけてしまった。
これは反省している。
すぐに悪い相手ではないと分かった。
寝床を準備し、食べられるものを探り、住処を探しと、自分のために奔走してくれているのが嬉しかった。
何より彼女に優しく撫でられると、とてつもなく柔らかい気持ちになった。
そして程なく、彼女からいい匂いがする事に気づく。甘くて優しくて、落ち着く匂い。
生まれた瞬間に感じた匂いと似ていたが、彼女のものはもっと甘美だった。
それが精気で自分の「食事」だと知ったのは父に再会したとき。
ナオミの生命エネルキーだと聞いて驚いた。あまりに美味しくて食べすぎていた。
これからは調整しないと、と子龍は思う。
そういえば生れた直後、雨に流され彷徨っていたとき、この匂いを目指して泳いだ記憶がある。身体も水に溶けかけたギリギリの状態で無意識に向かったようだ。
流れ着いた先にナオミが居てくれてよかった。食事とか関係なく、彼女に出会えて幸運だったと思う。
彼女の傍らに居られるのは幸せだった。
「スイ…息子さんと私たちは…ここでお別れとなるのでしょうか」
「……君はそれを望んでる?」
「いいえ!!」
父の問いにナオミが即答してくれたのはとてもとても嬉しかった。
嬉しすぎて体当たりしてしまったのは、とても反省している。
もっと一緒にいるために、頑張って変化もした。人語はなぜか話せないみたいだが、自分はナオミの言葉が分かる。問題ない。
一緒に居られればそれでいい。
……だがひとつだけ、気に入らないことがあった。
◆◆
その気配に気づいて、少年はぴたっと動きを止めた。
「?スイ?」
「う~っす、ナオミ、いるかあー?」
玄関の方角からから声が聞こえる。
子龍は形のいい眉をしかめた。
コウタとか言う人間の男、ナオミの周りをちょろちょろと、何かと目障りだ。
ナオミは縁側から身体を倒し家の奥、玄関に向かって答える。
「庭に居るから回ってくれ」
大きくはないが、よく通る声だ。
この声もスイは好きだった。
程なくコウタが庭に現れる。
「何か用か」
「いや別に、様子を見に来た。お、また大きくなったな」
「ああ。ばあちゃんに言わせると2、3日で人間の1歳分くらい育ってるらしい」
「は~。じゃあ夏休みが終わるころには俺らくらいになるかもか?」
「かもな。スイカ食べるか?」
「おー食べる。ってそれ俺が持ってきたやつだろ」
ナオミもこの人間を頼りにしている様子で気に食わない。ナオミの傍に居るのは自分だけでいいのに。
自然にジト目になる子龍。
整った顔立ちにはそんな表情も似合う。
スイカを取ろうとコウタは皿に手を伸ばすが、掴もうとした瞬間、スイが皿をさっと取り上げた。
ナオミが自分と食べるために切ってくれたものだ。取るな。
「何すんだガキんちょ」
「……」
「やめろコウタ、スイをいじめるな」
「いじめられてんのはむしろ俺だけど!?」
「お前の目は節穴か」
「それ俺のセリフじゃね!?」
ちょっと失敗したか、とスイは思う。結局ナオミとじゃれ合わせるネタを作ってしまった。
少し考えて、方針を変える。
ナオミに小さな身体を寄せ、きゅ、っと彼女の服の袖を両手で掴んだ。ここで少し彼女の後ろに隠れるようにするのも忘れない。
ついでに茶色の瞳をちょっと潤ませる。
「スイ……」
ナオミの目が、スイ可愛い、と言っている。
イラっとした顔のコウタがスイに手を伸ばしてきた。
「このヤロいい性格してんな。矯正してやる」
「……!!~~!」
「やめろコウタ、頭を掴むな。か弱いスイが潰れる」
「おい、こいつかなりの性悪だぞ、いい加減気づけ」
「何をバカなことを。スイは天使だ」
「龍だろ!?」
2人の言い争いの最中もいやいやと頭を振る子龍だが、コウタの手がなかなか離れない。
見かねたナオミがコウタの腕を掴んだことで、ようやく解放される。
転がるようにコウタから離れたスイは縁側に立ち、短い腕を上げ、ぴ、と人差し指を立てた。
すると彼の前の空中にしゅるっと音を立てて野球ボールサイズの水の玉が複数出現する。
「!?」
そのままスイは目を向いたコウタに向かい腕を振り下ろした。
とたん、水球が全てコウタに向かって飛びかかる。
「ぬお!?」
コウタはとっさに顔を手で覆ったが、全弾命中した。
「ちべて!なんだこの曲芸は!」
「ちっ」
「今舌打ちせんかったか!?」
効いてない。
もうちょっと力が強くなればダメージを与えられるのに。足りない。
早く成長したい、とスイは思った。
「スイ、すごいな!小さいのにこんなことができるんだな!」
が、気にする様子のないナオミが目を輝かせて抱きしめてきた。
苦しいが顔に当たる胸が心地いい……。
身体を動かし見ると、ナオミの向こうに拳を作ってプルプル震えるコウタの姿があった。
ふ、と奴に向かって笑ってやる。
「!」
奴が、むきー!と暴れた。
予定とは違ったが一矢報いることができたようだ。
子龍は少しだけ満足した。
この姿も使いようがある。
とりあえず今はこれでいい。
でも、まだまだ力が足りない。
もっと大きくなる。
もっと強くなる。
自分だけがいればいいと愛しい人が思ってくれるように、早く。
きゅっとナオミの服を掴み、子龍はもう一度彼女の胸に顔を埋めた。




