ホップステップXXX
<プロフィール>
商業では粟生慧で執筆しています。
おもに電子書籍ではBL中心です。
商業の内容はほぼエロです。
「お、ま、たー!」
日曜の朝九時に、何を好き好んで男と二人で恋愛映画なんぞ観に行かねばならないのか。
嵯峨は待ち合わせ場所である駅の伝言掲示板の前で、待ち合わせ相手の元気のいい声を聞き、ため息をついた。
時刻は九時になったばかり。待たせられたわけではなかったが、嵯峨はぼそりと呟いた。
「おせーよ」
「ごめんね。せっかく嵯峨君とデェトだから、いろいろコーディネートに迷ってたら、遅れちゃった。テヘ」
相変わらず市原がふざけた口調で、自分の服の裾をピッと引っ張り、見せびらかすように胸を張った。
「テヘじゃねーよ、しかもデートじゃねーし」
さっさと行くぞとでも言うように嵯峨は何も言わずに先に歩きだした。映画館の場所は分かっている。これまで市原とは何度か映画を見に行ったことがあった。すべて市原から誘ってきたものばかりだったが。ただ、今回のように恋愛映画は珍しかった。
さっさと先を行く嵯峨の後ろを市原が追いかけてくる。
「待ってよー」
駅前を抜け、ファッションビルの立ち並ぶ通りに入る。早朝で人はまばらでも狭い道路には車が行きかっている。
映画館はファッションビルの向こう側にあった。
「見て見てー」
市原が声をかけてくる。振り返ると縁石に立ち、バランスを取りながら歩いている。遊びながら歩いているせいで、かなり離れていた。
嵯峨は立ち止り黙って眺めていた。あともう少しで市原が追い付いてくるというとき、縁石の上でバランスを崩した。
後ろから車が迫ってくるのが見えた。
「う、わわ!」
「危なっ!」
ぐっと、嵯峨は道路側に倒れようとした市原の手首をつかみ、自分に向かって引き寄せていた。引っ張られた市原がよろよろとそのまま嵯峨の胸元にぶつかる。
「ふわー、危なかったぁ」
市原のふわふわとした髪が嵯峨の顎に当たる。シャンプーのいい香りが鼻孔をくすぐった。
が、市原がいきなり嵯峨に抱きついてきた。
「やっぱり、嵯峨君はぼくのこと、大切にしてくれてるんだねぇ。このまま奪われてもいいっ!」
「う、うっせぇ! 離れろ!」
嵯峨はへばりつく市原を引き離して、足早に映画館へ向かった。もう振り向かない。今浮かべてる何とも言えない表情を、市原に見せるわけにはいかない。
「嵯峨君のいけずさん! 映画のチケット、僕が持ってるんだからね!」
市原の声を背中で感じていた。
映画が終わり、二人はようやく暗闇から太陽のもとに出てきた。嵯峨は疲労困憊し、どこかで休憩したい気分だった。
市原だけがやけに興奮している。
「映画、よかったねぇ! ヒロインが好きな男のために身を呈すとことかさぁ、そのことを男が知らなくて冷たくあしらうとこなんか、ぼく、すんげぇ泣けたぁ。もう、男の顔が嵯峨君に重なって……」
などと言いながら目元をこすっている。
嵯峨は苦虫をかみつぶしたような顔で市原をねめつけた。上映中、しょっちゅう市原の手が嵯峨の手を握ろうと襲いかかってくるし、泣くし、盛り上がるシーンになると肩をすり寄せてくるし。全く気が休まらなかった。
しかし、ぐすぐすと涙目になっているのを見て、ほんの少しかわいそうになり、ポケットからハンカチを取り出して渡した。
「嵯峨君、優しい。このハンカチ、もう返しません。いろんなときに使わせてもらいます。ぼくのいろんな体液でガビガビになるまで使います!」
市原の発した言葉に嵯峨は激しく後悔しながら、そっぽを向いた。
「そんなハンカチもういらねぇ。腹減った。飯食うぞ」
「市原君がお勧めのデートスポットに案内します!」
市原がぶつかるように嵯峨のわきに駆け寄ってきた。どしんとあたってきたのに対して、嵯峨もやり返す。結局、市原が道路によろけるまで思い切り身体をぶつけ合っていた。
市原が無邪気に笑うのを見て、どことなくまんざらじゃない自分の存在に気付いた。
ご感想お待ちしております。
なお商業収録作品は除外しております。
「キミイロ、オレイロ」
「悪徳は美徳」
「不確かな愛を抱いて」
「甘い蕾を貫いて」
「山神様といっしょ!」
関連作品のみ。