(競作) 釘と親友と貫かれた本心
沢山の温かい応援を頂き、今回も始まりました! 競作第6弾!
お題は『お守り』
今回も皆様に楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ!
人の群れは生贄を求める。
又は『敵』と言い換えてもいいかもしれない。
人間という生き物は日常生活の集団行動において多くの場合、群れの中に敵をつくりたがる。
自分より劣った存在をつくり、見下し、自分の存在に優位性を持つために。
『個』に敵という共通の意思や目的を持たせ、集団として歪んだ絆や捻れた団結力を高めるため。
人間は弱い。一人では生きてはいけない。だから群れる。
その結果、いつの時代も人は求めるのだ。
敵を、生贄を……。
【一、生贄と親友】
一ノ瀬遥香は運悪く、生贄に選ばれてしまった。
きっかけは些細なことだった。
遥香の通う小学校のリーダー的女子、村瀬綾乃とつまらないことで遥香はいざこざを起こした。
教師の仲裁が入り、その場はそれで終わった。
だが、次の日から遥香の周りは徐々に変化していった。
遥香の上履きや靴、持ち物が無くなることが日常茶飯事になった。
今まで普通に話していた友人たちが遥香を無視するようになった。
消しても消しても、遥香の机には毎日新しい落書きと傷が増えていった。
そんな日々が続き、そして今日は遥香の教科書一式が紛失した……。
「なんで……なんでこんなこと!」
遥香の教室がある階の女子トイレ。
その個室の前で遥香はポロポロと大粒の涙を零しながら立ち尽くしていた。
「わたしが何したっていうの? 何もしてない、わたし何も悪いことしてないのに!」
便器の中に乱暴に投げ捨てられ、水を含んでグニャグニャになってしまった、『5-2 一ノ瀬 遥香』と書かれた自分の教科書を見つめ、遥香は悲痛な叫びをあげる。
「もうやだ、グスッ……もうやだよこんなの……」
嗚咽を漏らしながら遥香は便器の前に座り込み、グズグズになってしまった教科書を拾い上げる。
すると、そんな遥香の脇からスッと手が伸びてきて、遥香の教科書を拾い上げる。
びっくりして遥香は後ろを振り返る。するとそこには、こんな状況の遥香に変わらず接してくれている遥香の一番の親友、月宮奏が立っていた。
「遥香、ごめんね……止められなくて」
そう言うと、奏は悲痛な表情を浮かべたまま遥香の横にしゃがみ込み、捨てられた遥香の教科書をそっと拾い上げる。
「乾かしても駄目だね。でも大丈夫、新しい教科書買ってもらえるまで私の教科書一緒に使お! 席、隣同士なんだしさ!」
「奏……」
優しく、そして敢えて明るくそう話す奏の姿に、遥香は我慢できず奏の胸にしがみつき、大声で泣きじゃくる。
「うわぁぁん……!」
そんな遥香の頭を奏は優しく撫でる。
「わたし悪くない! わたし何も悪いことしてないのにぃ……!」
「うん、大丈夫。遥香は何も悪くない、悪くないよ……」
奏の温もりに触れ、子供のように遥香は泣き続ける。
「あ、そうだ遥香! わたし遥香にプレゼントがあるんだよ!」
すると奏が急に明るい声で遥香にそう言い、スカートのポケットをゴソゴソと漁る。
「プレ……ゼント?」
予想していなかった奏の言葉を聞いて、遥香はきょとんとした表情で顔を上げる。
「そう。昨日、小さい女の子が露店をやってるのを見かけてね。珍しいから覗いてみたの」
そう言うと奏はスカートのポケットからあるものを取り出す。
「はいこれ!」
嬉しそうな顔で遥香の前に手を差し出す奏。その奏の手の上には赤い、小さな袋がちょこんと乗っていた。
「これ……お守り?」
「多分ね。なんか、わたしがそのお店の前に行ったら『おや、お嬢さん♪ 良かったらこんなのはいかがですか~。きっとあなたのご友人の役に立つ素敵なアイテムなのですよ♪』って、このお守りを渡されたの」
奏は遥香の手を取り、赤いお守り袋をそっと手渡す。
「ご利益があるかわからないけど、少しでも遥香が元気になればと思って……。ごめんね、なんか神頼みみたいなことしかできなくて」
申し訳なさそうな顔をする奏を見て、遥香はブンブンと大げさに首を横に振る。
「そんなことない! ありがとう奏、すっごく嬉しい!」
袖で涙を拭い、満面の笑顔を浮かべながら遥香は奏の手をギュッと握り返す。
「良かった! っと、次の授業始まっちゃう。行こう遥香!」
「うん!」
奏に貰ったお守りを左手に、温かい奏の手を右手に握り締め、遥香は教室に戻る。
遥香は心に強く想った。
(奏とはいつまでも、いつまでも親友でいたい……)
【二、プレゼントの意外な中身】
自宅に帰り、遥香は先ほど奏に貰ったお守りを嬉しそうにマジマジと眺めていた。
「えへへ、奏にもらったプレゼント~」
壊れものを扱うようにそっとお守りを手に取り、自分の顔の前に持ってくる。
「でもこれ、何も書いてないけど一体どんなご利益があるのかな?」
奏から貰ったお守りには家内安全や安産祈願といった、そのお守りのご利益を示す表示が何も書かれていなかった。
「中には何が入ってるのかな? 棒みたいなのが入ってるみたいだけど」
お守りには何か硬くて細い棒のような手触りがあった。
「ちょっとだけ覗いてみようかな……」
いけないこととは知りつつも、遥香は何か不思議な好奇心に駆られ、お守り袋の紐の結び目をスルスルと解く。
紐が解け、口が開いたお守り袋の中を遥香はそっと覗き込む。
「あれ? これって……?」
見覚えのあるお守り袋の中身を見て、遥香は袋の口に指を入れ中身を取り出す。
「く、ぎ……?」
お守りの中から出てきたのは、所々に錆びのついた五センチほどの小さな釘だった。
「なんで釘なんか入ってるんだろう?」
遥香は他に何か入っていないかと、もう一度お守り袋の中を覗き込む。
「あっ」
するとお守り袋の中に、小さく折り畳まれた一枚の紙を見つけ、遥香はそれを取り出す。
「ん? 何か書いてある……」
取り出した紙の裏側には何か文字のようなものが透けて見えていた。
遥香は四つ折に畳まれた紙を広げてみる。
「えっとなになに……この釘は呪いの釘です。この釘で呪いたい人間の写真を打つと、その人間を呪い殺すことができます……って、えぇっ!?」
突拍子もない内容に遥香は驚き、目を白黒させる。
更に遥香は読み進める。
「注意書きがある……えっと、ただしこの釘であなたに敵意、害のない人間を呪い殺した場合、重大なペナルティがあなたの身に降りかかります。決して、無関係な人間を呪い殺さないよう注意してください。また、この釘の効果は一度きりですので、よく考えて使用して下さい。これって……」
真っ先に遥香の頭に思い浮かんだのはいじめの主犯、村瀬綾乃の憎たらしい顔だった。
黒い感情に遥香の心が支配されていく。
あいつさえ、あいつさえいなければ……。
だが、ふと奏の悲しそうな顔が浮かび、遥香は激しく首を横に振る。
「駄目! 折角奏から貰った大事なお守りなのに、そんな悪いことに使っちゃ!」
親友から貰った大事なプレゼントをそんな汚れたことに使ってはいけない、と遥香は思い留まる。
「これは見なかったことにしよう。うん、忘れよう!」
取り出した釘と紙を再びお守り袋の中に押し込み、ギュッと紐を二重結びにする。
「封印っと。これでもうこのお守りは開けられない。ううん、開けちゃいけない……」
もう二度とこの紐は解かない……そう心に強く誓って遥香はお守りをそっとランドセルの中に忍ばせた。
翌日、その封印を再び自らの手で解くとも知らずに……。
【三、解かれた封印】
翌日……遥香が下駄箱を開けると、先日親に買ってもらったばかりの上履きが無くなっていた。
「こないだ買ってもらったばかりなのに……どうしよう」
今月に入ってこれで二足目だ。さすがにもう上履きが無くなったから買ってとは親に言えない。
普段はいたずらされないように帰りはいつも上履きを持ち帰っていた。
だが昨日はプレゼントに浮かれて、うっかり下駄箱に上履きを入れてしまった。
(馬鹿馬鹿! わたしの馬鹿! こうなるってわかってたはずなのに!)
昨日の自分の行動の浅はかさに心底腹がたつ。
「とりあえず来客用スリッパを借りてこないと……」
このまま素足で一日過ごすわけにもいかない。遥香は来客用スリッパを借りるべく職員室に向かう。
「あれ?」
すると職員室に向かう渡り廊下の途中……そこから見える朝で人気のない中庭に、遥香は見慣れた親友の姿を見つける。
「奏だ! お-い! かな……!?」
奏を呼ぼうとした声を遥香は途中で止める。
中庭で奏と一緒にいる意外な人物に気付いてしまったからだ。
「嘘……あれって、綾乃だよね? なんで奏と綾乃が一緒にいるの?」
不安、嫉妬、疑心、そんな感情が遥香の心を覆い尽くしていく。
(ううん、違う。そんなわけない。そう、きっと奏は綾乃に注意してくれてるんだよ! わたしにこれ以上ちょっかいをだすなって)
自身を納得させるように遥香はそう自分に言い聞かせる。
そんなわけない、奏はそんなことしない、と何度も何度も心の中で反復する。
(そうだよ、二人の話を聞いてみればいいんだよ! そうすれば……)
自分の考えに核心を持ちたい……そんな思いに突き動かされ、気付けば遥香は渡り廊下の端の植え込みからそっと二人に歩み寄っていた。
一歩進むごとに二人の会話が鮮明に聞こえるようになってくる。
「遥香……では……わ」
「でも……のは……ぜ?」
途切れ途切れに聞こえてくる奏と綾乃の会話。
緊張で飛び出しそうになる心臓を押さえながら遥香はハァハァと荒い息で植え込みの中、歩を進めていく。
(ちがう……ちがう……ちがう!)
そんな、遥香のすがるような心の叫びを奏の一言が打ち砕く。
「だから何度も言わせないで、遥香とは友達でもなんでもないの!」
「!?」
劈くような奏の言葉が、遥香の胸をまるで日本刀でも刺したかのように鋭く貫く。
「でもいつも仲良さそうに一緒にいるじゃないの?」
すると今度は聞くだけで気分が悪くなる綾乃の声が響く。
「しょうがないでしょ、あんな捨てられた小動物みたいな顔で近寄ってこられたら。それで無下にあしらったりして、わたしまで嫌な奴みたいに言われたら溜まったもんじゃないもの」
「じゃあ奏ちゃんは仕方なく遥香の相手をしてるって言うの?」
「そうよ。正直いい迷惑なんだから! あんな疫病神に纏わりつかれて……」
「ふぅん? だったらいいんだけどね。 まぁ、奏ちゃんもあんまりあいつに関わらないほうがいいよ? でないと、奏ちゃん……」
「わかってるわよ!」
遥香が憶えているのはそこまでだった。
連日のいじめによる心の疲弊。
そんな遥香の弱りきった心の拠り所だった奏。
二人の会話はそんな遥香の崩れかけの心を決壊させるには十分だった。
「ゆるさない……ゆるさない……」
決壊した心のダムからはジャブジャブとどす黒い水が溢れ出し、遥香の全身の毛穴から流れ落ちていく。
能面のような表情をした遥香はランドセルからお守り袋を出し、乱暴に袋を引き千切り中の釘を掴むと、ランドセルにしまっていた手帳を取り出し、手帳の間に挟んでいた奏と二人で撮った写真を引き抜く。
スローモーションのように、握り締めた釘が写真の中で楽しそうに笑っている奏の顔目掛けて振り下ろされる……。
「ゆるさない……ゆるさない……ゆるさない!!」
気付くと遥香は顔をグシャグシャに歪ませ泣いていた。
光を失った瞳からボロボロと大粒の涙を流し、遥香は何かに取り憑かれたかのように『ゆるさない』という単語を繰り返す。
涙で滲む視界で遥香は今しがた釘で貫いた写真を見る。
釘に貫かれ、奏がどんな表情をしていたかは、もうわからない。
だが少なくとも、隣に写る自分の顔は、とても楽しそうな顔をしていた。
「もう戻れない……もう、笑えない……」
遥香の意識は暗く深い闇の底に沈んでいった……。
【四、釘に貫かれた真実】
『ギィ……ギィ……』
「うぅ……」
木が軋むような音で遥香は目を覚ます。
重い瞼を開けると視界に広がるのは夕焼けのような真っ赤な空。
「ここ、は?」
「おや? 目が覚めたですか?」
まだはっきりとしない意識。そんな遥香の足の方から幼い少女の声がし、遥香は首だけを足元へ向ける。
すると、歳的には自分とさほど変わらないと思われる、ベレー帽を被った少女が自分の二倍ほどある櫂をゆっくりと漕いでいた。
少女が櫂を漕ぐたびに木製の櫂からは、先ほど聞こえたギィギィという木の軋む音がする。
「ここは……舟の上?」
遥香は周りを見回す。
自分の周りを囲むお椀のように湾曲した木の壁。先ほどからユラユラと揺れる地面。そして少女が先ほどから漕いでいる櫂。
どうやら自分は小さな舟の上に寝かされているようだ、と遥香は認識する。
「わたしは……どうなったの?」
遥香は記憶を遡る。
呪いの釘で奏の写真を貫いた所までは憶えている。
その後、意識を失って……そこから先が思い出せなかった。
すると少女が遥香の心を読んだかのように重々しく口を開く。
「残念ですが、あなたはあの釘を間違って使ってしまったんですよ。注意書きにありましたよね?『ただしこの釘であなたに敵意、害のない人間を呪い殺した場合、重大なペナルティがあなたの身に降りかかります』って。あなたはその禁に触れてしまったんですよ」
少女の言葉を聞いて、遥香の意識が一気に覚醒する。
勢いよく身を起こすと、今にも少女に飛びかからんとする勢いで、遥香は少女に抗議する。
「どうして! 敵意ならあるでしょ! あいつは……奏はわたしを裏切ったんだよ! 友達のふりして、わたしを騙してたんだよ! 奏は敵! そう、奏はわたしの敵になっちゃったんだから!」
悲しみと絶望……そんな表情を浮かべながら、遥香は少女に自分の正当性を訴える。
すると少女はハァと軽く溜息を吐き、ゼェゼェと荒い息を吐く遥香を見下ろす。
その少女の瞳にはどこか悲しい、やるせないといった感情が滲み出ていた。
「確かに、あなたの親友が本心であんなことを言ったのなら、それはあなたに対する重大な裏切りであり敵意です。呪いの釘のルールに底触することはなかったでしょうね」
「だったら……!」
「でもですね、奏さんのあの言葉……あれ、本心じゃないんですよ」
「えっ?」
少女の意外な発言を聞いて遥香は驚き、目を見開く。
「集団の、民主主義の怖さって言うんですかね。全員が白の旗を上げてるのに自分だけが赤い旗を上げるという行為。それが何を意味するのか……遥香さん、それはあなたが一番わかってるんじゃないですか?」
「それ、って……」
「まさか奏さんもあなたに聞かれているなんて思ってなかったんでしょうね。だから、あの場では奏さんはああ言うしかなかったんですよ。奏さんだって人間であって、神様じゃありません。あなたの親友でいたい……でもやっぱり、なりたくはなかったんですよ……生贄には」
少女は感情を押し殺すように淡々と、遥香にとって信じがたい事実を次々と紡いでいく。
「あなたの前に奏さんを『あっちの世界に』送ってきました。奏さん、最初は自分が何で死んだかもよくわかっていませんでした」
少女はそこで櫂を止め、一度小さく息を吐く。
「ですが奏さん、急に思いつめた顔をしましてね、後はずっと謝りっぱなしでしたよ。『遥香を裏切るようなことを言ったからバチが当たったんだ。ごめんなさい、ごめんなさい遥香……』って。まさか、自分がその遥香さんに呪い殺されたなんて夢にも思わなかったでしょうね」
残酷に紡がれていく少女の言葉を聞いて、遥香は頭を抱え苦悶の表情でうずくまる。
「そんな……そんな」
そんな遥香の様子を見て、少女は再び深い溜息を吐く。
「まぁ、今回の件に関してはあなたが全て悪いとは言いません。右に習わない異端者を生贄に捧げるという腐った風潮も原因です。なので注意書きにあったペナルティには多少の酌量が適応されます」
少女の言葉に遥香はうなだれていた頭をハッと上げる。
「ですが」
見た目からは想像もできないほど少女の声が低くなる。
「あなた、奏さんの親友だったんでしょう? その親友の本心を汲み取れず、あまつさえ自分の勝手なエゴでその親友を自らの手で犯した。……同情はしますがそれを踏まえても、全てのペナルティを免除することはできません」
少女の心まで凍てつくような、冷たい判決が遥香に下る。
遥香はその判決を聞いて、肩を小さく震わせながら再びうなだれる。
「そうだよね……。奏の気持ちも知らないで、勝手に裏切られたって思い込んで……。罰を受けて当然だよわたし」
諦めとも自責ともとれる遥香の言葉を聞きながら、少女は被っているベレー帽を深く被りなおす。
「ねぇ、わたしは多分……死んだんだよね?」
「えぇ、そうなりますね」
遥香の問いに少女がそう答えると、遥香は小さく溜息を吐き、達観したように真っ赤な空を見上げる
「そっか。じゃあ向こうの世界に行ったら奏に謝らなきゃ……。気付いてあげられなくてごめんねって。許してもらえないと思うけど……」
「ん? 遥香さん。あなた、一つ勘違いをされてますよ?」
遥香に背を向けた少女がギィギィと櫂を漕ぎながら遥香にそう告げる。
「えっ?」
何が勘違いなのか理解できない遥香。
そんな遥香に少女は再び、冷たく低い声で遥香に告げる。
この後、遥香に待ち受ける運命を。
「あなたがこれから行くところは、あなたの世界で言うところの地獄です。奏さんと同じ場所へは行けません」
「!?」
遥香の顔に驚愕の色が浮かぶ。
「ペナルティを多少は軽減しましたが、それでもあなたの命と地獄送りは、行った所業を考えれば致し方ないことです。あなたは人を、しかも親友を殺してしまったのですから」
親友を殺した……その一文が遥香の頭を山彦のようにこだまする。
「そ、んな……」
遥香はガクッと下を向く。
遥香の足に自らの瞳から落ちる温かい雨が降り注ぐ。
「奏……奏……グスッ、ごめん、ごめんね……許して、奏ぇ……」
嗚咽を漏らしながら、遥香は奏にもう決して届くことのない懺悔を送る。
そんな遥香の姿を後ろ目に見ていた少女は静かに前を向き直る。
「自分を守る嘘が招いた悲劇……ですか。あの呪いの釘がまさかこんな結末を呼ぶなんて……」
少女はそう言うと、懐から小さな可愛らしい手帳を取り出す。
『向こうの世界』に奏を送り届けた際、奏に「もし遥香に会ったら渡してほしい」と言われ、奏から預かった手帳だ。
少女は中をめくる。
「おや、これは……」
手帳に挟まっていた一枚の写真。
仲睦まじそうに手を繋ぎながら、二人で笑って写っている遥香と奏の写真。
それは遥香が釘で貫いたものと同じ写真だった。
少女は写真を裏返す。
裏面には少女特有の丸っこい丁寧な文字でこう書かれていた。
『遥香。どんなに離れていてもわたし達はずっと親友だよ!』
少女の顔に一瞬、この二人に釘を渡したことに対する後悔が滲む。
だが、次の瞬間にはそんな表情は霧散し、口元を少し歪めながら少女は薄く笑った。
「人間とは……本当に興味深い生き物ですね」
ギィ……ギィ……と櫂を漕ぐ音が静かに響いた。
~終~
如何だったでしょうか?
人間の弱さ、脆さ、そして残酷さ……。
今回のファンタジックホラーは、そんなところをテーマにしてみました。
登場人物が全て幼女なのは……はい、作者の趣味です(汗
少しのすれ違いとタイミングの悪さが生んだ悲劇の物語、楽しんでいただけたでしょうか?
次回も機会がありましたら、またこの競作にお立ち寄り頂けたら幸いです。
それでは、ご読了ありがとうございました!