七、
「……よしっ」
伸びた髪を二つに結び、鏡の前で頬を叩いた。
一見冷たそうな黒い猫目の瞳、どんなに口角を上げても微笑んでいるとしか思われない唇。
「にー」と笑顔を作ると、微かに笑みが出来た。
「よしっ!」
もう一度頬を叩き、洗面台に背を向ける。
* * *
居間に入ると、たくさんの家臣たちが私に頭を下げた。
「おはようございます、いつきお嬢様」
老若男女、同じ血を引く父の部下の人たち。
今日だけはごめんなさいと何も言わず、無視するような形で彼らが作り上げる道をスタスタ歩く。
明らかな困惑の視線が背中に突き刺さるが構わず、私は自分の席に腰を下ろした。
相変わらずの珈琲の匂い、傍らに新聞紙。
視線を落とす父の姿。
「おはようございます、父様」
私の言葉に、父は軽く微笑みながら顔を上げる。
「ああ。おはよう、いつ……」
「朝食時に新聞を読むの、やめてください」
ピシィッと、場の空気が変わった。
おろおろと取り乱す家臣たち。ポカンと惚けた顔で私を見つめる父。
「父様は一般サラリーマンじゃないし、今読まなくてもいいでしょ? 夜ご飯は一緒に食べれない日が多いから、私は朝ご飯を食べながら、父様と話がしたいです」
「…………ふっ」
失笑というよりも、堪らず笑みを浮かべてしまった。父の笑い声は、そんな風だった。
くすくすと笑ったあと、父は新聞を脇に避けて、私の方を向いた。
その瞳にはくっきりと、私が映し出されていた。
私の瞳にも同様に、父の姿が。
「そうだな。うん、確かにそうだ。お話……今日は何を話そうか、いつき」
父が手をあげて、家臣に「俺にも朝食もってきてくれるかな?」と頼んだ。
「いつきと同じやつ、同じメニュー」
そして嬉しそうに、私の顔を見つめる。
「そうだ、学校はどう? 暁斗とうまくやれてる?」
「今日はジュース奢ってもらう約束です」
「ジュース? ていうかいつき、敬語やめよ?」
「癖だけど、頑張って善処します」
「ははっ、堅苦しいっ!」
ジョークを言ったつもりはないけど、父が大笑いした。
やがて朝食が運ばれて来て、同じものを一緒に食べて。
私の瞳には、笑顔で話をする父の姿がずっと映っていた。
父の瞳も同様に、笑う私の姿が。
誰か鏡を持ってきて、私の顔を見てもいいよ。
目の前にいる人と、どれだけ似ているか比較してくれていい。
一見冷たそうな黒い猫目の瞳、どんなに口角を上げても微笑んでいるとしか思われない唇。
父親そっくりなこの顔を、もう、嫌だなんて言わない。
目の前で微笑む、私にそっくりなこの人は、大切なものを、愛おしい存在を見つめる彼は、私の父親。
この世で一番大好きな、私の家族です。




