表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

四、


 神様がいるのなら、願いを叶えて欲しい。

 一つだけ、どうしても望んでるものがあるんです。


 お母さんが、死んだ日の朝に戻してください。



 *



 その日、初めての家出をした。

 父と口論になった原因は覚えていない。ほんの些細な、本当にくだらないことだったと思う。

 頭に血が上った私は感情に任せて家を飛び出した。


 それが朝。



 そして昼過ぎ、お腹が空いたというくだらない理由で屋敷に戻った。


「いつき! よかった、帰って来たのね!」


 庭先にいた母が、飛びつくように私を抱きしめた。

 雨が降っているにも関わらず私も母も傘を差していなくて、家臣の人が慌てて私たちに大きめの傘をかぶせた。


「心配した、心配した……」


 震えている母の身体が、寒さのせいだけじゃないことはわかっていた。

 その時はまだ、確かに、温もりがあった。


「……父様は?」


 だけど素直になれず、無表情のまま淡々と尋ねた。

 母は私を抱きしめたまま、「探してる」と答える。


「いつきを探しに行ってる。よかった……本当によかった。おかえり、いつき」

「え?」

「帰ってきてくれてよかった、おかえり」


 ぎゅぅーっと私を握りしめる母のか細い腕。

 華奢な身体を抱き返そうとしたその時、


「いつき!」


 背後に、父の声が聞こえた。

 怒られる……

 咄嗟に母を突き飛ばし、屋敷の中へと逃げ込んだ。

 父様、お母さん、家臣の人たち、たくさんの人が私を追って名前を呼んでくる。

 全て無視して、自分の部屋に駆け込んだ。机の上に置いていたランドセルが目について、それを乱暴に肩に担ぐ。


「待て、いつき! どこ……学校行く、のか?」


 庭に飛び出ると、怒鳴り気味だった父の声が呆けたものに変わった。


「え、今日って平日?」

「平日だけど……待って、いつき! 今日は行かなくても……」

「皆勤賞狙ってるから!」


 適当な嘘を吐き、全力疾走のまま屋敷の門をくぐり抜けた。門番の家臣も、訳がわからずといった風で誰も私を止めなかった。


 嘘は見抜かれていたと思う。

 皆勤賞なんて狙えない。学校は嫌いだ、先週だって半分は休んだ。


「い、いってらっしゃい、いつき!」


 それでも、母は優しい声で私を送り出してくれた。


「待ってるからね。今晩はいつきの大好きなものにするから、美味しいご飯作るからねっ!」


 美味しいご飯なんかいらない。

 そう言えばよかった。

 買い物になんて言ってくれなくてよかった。

 家臣の人に任せておけばよかったのに。

 家に居てくれたら、待っていてくれるだけで。


 それだけで。



 父は責めた、母を殺した人を。

 私は責めた、自分自身を。



 なぜ母がその日、家にいたのか。


 なぜ体調の悪い母を、買い物にいかせたのか。


 なぜ誰もついていかなかったのか。



『いつきの大好きなものはお母さんが作る。買い物から全部、お母さんが一人でやるからね』



 なぜ。


 聞かなくてもその答えは全てわかった。

 私のために母は、体調を崩していたにも関わらず無理して買い物にいって、父や家臣の人たちも母の意を尊重して一人で送り出した。



 次に会った時の母からは、温度を感じとれなかった。




 あの日、「ただいま」と言えなかった。ううん、違う。

 そうじゃなくて。

 ちゃんと話をすればよかった。


 心配した母の腕を、私はいとも簡単に振り解いた。

 言葉を無視して、逃げ出した。


 逃げなかったら、今過ごしている未来は、ほんの少しでも変わっていただろうか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ