酒は薬と玉箒
こんかいは、お酒の話。
私は国語の教師、だった。
定年を迎えた私は教師を辞め、夢であった、趣味を始めることした。
その趣味の内容とは―――――酒だ。
年代物の日本酒から、有名なワインまで、教職に就いていた時には行けなかった海外にまで足を延ばして酒という酒を集めた。
そしてそれらを飲み、楽しんだ。
味、香り、風味、色艶、酒において楽しめるものごとを全て楽しむ、長年の夢が叶った、
と思っていた矢先だった。
カラーン
「くっ……!?」
胸の痛みに顔をしかめて、グラスを落としてしまった。
これはいったいなんだ? まさか―――
「肝臓に難アリ、アルコールの過剰摂取が原因と思われるーか」
その声に顔だけを上げて前を見た。
部屋の中、机の上に置いた健康診断の結果が書かれた封筒を開けて読んでいる女の子が居た。
妙な格好をしていた。特に頭に被っているのは、本に出てくる魔女が被っているような三角の形に、幾何学模様ような、あるいは迷路のような線が描かれている。
それは別にいい、問題はあの女の子はどうやってこの部屋の中に入ったんだ? 今の私は扉を背にしてはいるが、扉の開閉する音は一切聞こえてこなかった筈だ。
「うわ、他の臓器も結構ボロボロじゃん。まぁある意味ナイスタイミングだったかも♪」
一通り読み終えたのだろう、女の子は紙を投げ捨てた。そうだ、今さっき彼女はなんと言った?
肝臓に難アリ? まさか酒の飲みすぎが原因か? いや、他にあり得ないだろう。私の趣味は酒、煙草は一切吸わないのだから。
「というわけで、こんにちは♪」
女の子は私に挨拶してきた。だが今の私は胸の痛みのせいでそれに答えることができない。
「ありゃりゃ、こういう時は救急車かな? それとも、お酒。かな?」
首を傾げて訊ねてきた。何を言っているんだ彼女は、痛みに苦しんでいる人を見て、しかも酒が原因と分かっている人間に更に酒を進めるなんて。
「なにを……言って……いる? この状況に……酒を勧めるなど」
「え? そりゃだってさ」
女の子は机の上にある酒びんを手に持ち
「酒は百薬の長って言うじゃん? 適度な酒はどんな薬にもまさる効果がある。って意味のやつ。その通りにしてあげるからさ」
何? 確かにそう言ったことわざはあるが……実際にそんな訳あるがない。
女の子はどこからか、銀色のグラスを取り出し、酒びんの中身を注いで、私に出してきた。
「このグラスにお酒を入れると、本当に怪我や病気が治るんだよ。でもね、どのお酒でどの病気が治るかは分からないから、その辺りは頑張ってね♪さぁ、一気にぐぐいッと」
言うや否や、グラスを私の口につけて傾けてきた。酒が口内へと流しこまれる。
「んぐ!?」
急なことに、慌てて流し込んだ。何を考えているんだこの女の子は、この状況に酒など……おや?
どういったことか、体の痛みがみるみる内に引いて行った。まるで今飲んだ酒が体に染みてくのとは正反対に。
「どお? 治ったでしょ?」
嘘みたいだ。とても体が軽くなった。
「このグラスはあげるから、どんな病気もことわざのごとくなおしちゃってよ、じゃね♪」
グラスを渡すと、女の子は部屋を出て行ってしまった。
今のはいったい何だったのだろう……しかし、私は凄いものを手に入れてしまったのかもしれない。
これさえあれば、どんな病気も怖くないぞ。
それからというもの、病気と判断されたら迷わず酒を飲むことにした。
風邪がビールで治った。
腎臓は、日本酒で治った。
ガンには、ワインが効いた。
捻挫や擦り傷さえ酒で治った。
いかなる病気を申告されようと、あらゆる酒を飲むとそれらはみるみる内に治っていった。
それには酒を集めていて良かったと、改めて思い知らされたのだった。
そんなさなかに――――――――――――最愛の妻が死んだ。
酒のコレクションを許し、仕事の愚痴も何も言わずに聞いてくれた私の妻。
病気になっても酒を飲み続けた私に、唯一止めに入った妻が、亡くなったのだ。
亡くなった時のショックを、私は今も引きずっていた。
分かっている。この気持ちを引きづり続けるのは良くないことだと。
だが、今の私にこの気持ちを晴らす方法は……
「やっぱお酒でしょ♪」
前を向いたそこに、あの女の子が立っていた。
「何を言うんだ。これは病気ではないのは私でもわかるぞ」
「そりゃそうだけどさ、アナタ知らないの?」
女の子はピンと指を立てて
「酒は憂いの玉箒、っていうことわざもあるんだよ♪酒は心配や憂いを除き去り忘れさせてくれる物、って意味なんだけど、今、まさにぴったりじゃん♪」
……そうだ。そんなことわざもあったじゃないか
なるほど……確かにそうかもしれない、今のこの気持ちを晴らすにも、酒が効果有る気がしてきた。
だがどれが効くか分からない以上、それを信じて、あらゆる酒を飲むとするしかないな。
「……ありがとう、そうさせてもらうよ」
「それじゃ♪ ……行き止まりまで、お幸せに」
女の子が出ていった。関係ない、今はこの気持ちに効く酒を飲めばいいんだ。
どれだ
どれだ
どれなんだ
どれ なん
だ
カラーン
お酒は適量を、20歳になってから飲みましょう。さもなくば…
などと書きましたが、自分は未成年にしてお酒は好きです。
別によく飲むというわけではないのですがね。
皆さんはどうでしょうか?
ちなみに、ことわざはどちらも実在するものです。
感想及び評価、お待ちしています。