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認定ヒーロー三田仮面

作者: Hyper_Raccoon
掲載日:2026/02/19

【プロローグ:8番ライトの男】


 青島雷人(あおしまらいと)(30歳)が会社を辞めた理由は、上司の不条理な説教でも、やりがい搾取でもない。「ヒーローになって怪人を倒したい」という、純粋といえば純粋、お花畑といえばお花畑な願望に突き動かされたからだった。


 数年前、突如日本に出現した「怪人」。グロテスクなスタイルの怪人たちは日本各地に神出鬼没に出現して、世界征服と称して幼稚園バスを襲った。


 園児の「アンパンマンポテト」だけを強奪して逃げ去る怪人。街路樹に除草剤を撒いてニヤつく怪人。その程度の小悪党に、なぜか機動隊の催涙弾も自衛隊の最新鋭戦車も通用しない。だが、なぜか派手な格好をした「ヒーロー」の正義の鉄拳だけは、物理法則を無視して彼らを粉砕する。


「これが俺の生きる道だ」


 野球に青春をかけた中学時代、名前のせいで「ライト(右翼手)」に固定され、「雷人がライトかよw」という野次に耐え続けた、あの8番ライトの屈辱。あの時培った、飛球を追って虚空を見つめる忍耐力と筋力がいま、開花する。雷人は退職金をつぎ込み、肉体を極限まで仕上げた。


 ターゲットは、ヒーローの頂点「プライムヒーロー」。名は「ブルーサンダー」。青島の「青」と雷人の「雷」とを掛け合わせた、令和の覇者にふさわしい名だ。


 プライムヒーローともなれば、地味なヒーロー活動(怪人討伐)だけではなく、TVの全国放送への出演だって勝ち取れる。ゆくゆくは、プライムの中でも選ばれしものだけが名乗れる「スーパーヒーロー」となって、春の園遊会にヒーローとして招待されるのだ。


【申請:昭和の残滓と「お役所仕事」の壁】


 雷人が最初に直面したのは、怪人よりも手強い「公益法人日本ヒーロー認定協会」という名の伏魔殿だった。

 ヒーローは誰でもなれるものではない。何しろ、怪人とはいえ相手を倒し、時には血を流すこともあるのだ。国家の裏付けは必須だった。


「ホームページに申請フォームがない……?」


 文科省の天下り先であるその組織は、令和の時代に「来所日時を電話予約ののち、ファックスで申請資料を送付。その後、オンサイト(対面)での面談」という狂気のプロセスを貫いていた。


「はい、お電話ありがとうございます。ヒーロー協会でございます……ええ、新規? 令和8年2月の枠は埋まっておりますね。ファックスお持ちでない? コンビニから送ってください」


 電話口のやる気のない声に耐え、雷人は平日の昼間に霞が関からほど近い新橋のボロい雑居ビルへと足を運んだ。窓口には、加齢臭と古紙の匂いが漂う。


「あの、『ブルーサンダー』でプライムヒーローの申請に来た青島です。これ、手数料の3万円。現金で持ってきました」


 窓口の老職員、三田みた氏は、老眼鏡をずらしながら一万円札の透かしを確認し、面倒そうに書類をめくった。


「ブルーサンダーねぇ……。君、実績は? 倒した怪人の耳とか持ってきた? ないの? ああ、あとチーム構成ね。プライムなら『多様性』が必要だよ。女性2名、外国籍1名。君、これ一人じゃない。あとSNSの裏垢調査で不適切な発言があったら即剥奪だからね」


「一人じゃダメなんですか!?そんな規則なかったですよね?」


「常識だよ、常識。実績なしのピンは、一番下の『ご当地ヒーロー』から。あとね、これ不文律なんだけど。新人は最初は『〇〇仮面』って名乗るのが、業界の『わきまえ』ってやつなのよ。ほら、同調圧力って知ってるでしょ?」


 雷人は絶望した。だが、ここで引き下がればただの無職だ。たとえご当地ヒーローであっても、認定されれば怪人と戦うことができる。


「わかりましたよ……じゃあ『サンダー仮面』でいいです。登録お願いします」


「ん? なんだって?」

「サンダー仮面です!!」


 三田氏は「はいはい」と耳をほじりながら、複写式のカーボン紙にガリガリと名前を書き込んだ。


「はい、じゃ、ヒーロー賠償責任保険(ヒ賠責)の加入もよろしく」


 予定外の支出に、雷人は今月の生活費が心配になった。怪人討伐以外の、ローカルイベントへの出演依頼も受けるしかないだろう。何しろヒーローだ。引く手あまたに違いない。


【支給品:謎のハイクオリティ】


「あ、これ、公式マスクね。5,000円。自費ね」


 渡されたのは、無造作にビニール袋に入れられた仮面だった。お役所の支給品など、どうせペラペラのプラスチックだろうと高をくくっていた雷人は、その質感に驚愕した。


「なんだ、こりゃ。超軽量合金に、内蔵ディスプレイまで付いてる。なんでこれが5,000円で!?」


 理由は不明だが、この協会、なぜか「装備品の質」だけは世界最高峰だった。おそらく、中身の事務能力の低さを補うための、国家予算の歪んだ投下先なのだろう。血税がこんなところで浪費されていることにはらわたが煮えくり返る。


【爆誕、「三田仮面」】


 一週間後、自宅に届いた簡易書留を開封した雷人は、膝から崩れ落ちた。

 認定証に記されていた名前は、第一希望の「ブルーサンダー」でも、妥協案の「サンダー仮面」でもなかった。


 ……「認定ヒーロー名:三田仮面ミタカメン


「……三田みたァアア!! あのジジイ、自分の名前書きやがったな!!」


 おそらく、耳の遠い窓口担当の三田氏が、自分の名前に脳内変換して登録したのだろう。絶叫しながら協会に電話するも、「一度発行された公文書の訂正には、さらに半年と追加手数料5万円、それから家庭裁判所の許可が必要です」という事務的な回答に、雷人の心は折れた。もはや選択の余地すらなかった。


 さらに悪いことに、この「三田仮面」、名前があまりにニッチなため、都内のスタイリッシュな依頼は全てスルー。システム上でマッチングされた唯一の依頼は――


【エピローグ:三田に立つ】


 兵庫県、三田さんだ市。


 神戸市三宮で夜行バスを降り立ち、かつて日本一高い初乗り運賃で知られた北神急行(神戸市営地下鉄北神線)と、神戸電鉄を乗り継いだ雷人は、青い雷をイメージした超高性能なマスクを被り、特注のスーツに身を包んだ姿で三田駅前の広場に立っていた。


「さあ、みんな! 悪い怪人からお弁当を守るぞー……」


 農業団体の幟が立ち並ぶ中、目の前には地元産の「三田米さんだまい」を奪おうとする、おにぎり型の怪人が一人。観客は、買い物袋を下げた主婦が3人と、鳩が5羽。


「お父さん、あのヒーロー、かっこいいけど名前は『みた』なの? 『さんだ』なの?」

「細かいことは気にしねえんだよ、お役所が決めたことなんだから」


 マスクに内蔵された最新鋭のARディスプレイには、かつて「三田米はまずい」と発言した某市長の写真と、次の「交通安全キャンペーン」の集合時間が無情に表示されている。


 プライムヒーローへの道は遠い。しかし、彼が放つ必殺技「サンダー・ボルト」は、今日も三田の平和な空を、少しだけ空しく切り裂くのであった。

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