想定外
美術室へと向かう道すがら、曲がり角で推しとぶつかった。
(そんなベタな…さすがゲームの世界)
シナリオから大きくそれた行動をしているので、何かしら想定外のハプニングが起きるとは思っていたが、まさかこんな王道の少女漫画みたいなことが起こるとは…
この世界では比較的珍しい黒髪に、青みがかったグレーの瞳。普段はクールな印象の端正な顔立ちは、表情筋を最大限に使って驚きの感情を示している。
「すみません、大丈夫ですか?」
「……」
私のほうも突然の展開に動揺を隠すので精いっぱいだが、なんとか声は裏返らずに話しかけることができた。ぶつかった時にそのままショウに抱きとめられる形で動けずにいるので、心拍数の上昇が止まらない。それまで近くを飛んでいたショウの使い魔の烏が、そっと彼の肩にとまる。
ショウはというと、未だに放心状態のまま動きが止まっている。無理もない。私の顔は、ショウが愛していた人に酷似しているらしいので。
数十秒静止した後、ショウは我に返ったのか「…ああ、ごめん」と呟く。
「怪我は、なさそうだな」
「はい、おかげさまで…受け止めてくださってありがとうございます」
「なんで、教室にいないんだ」
「あ~…えっと…」
彼は、何故か少し責めるような口調だった。きっと、正直に話すのは良くないだろう。彼は今、愛していた女性と瓜二つの私に一目惚れした。そんな私が、女たらしが待つ旧校舎の美術室に行こうとしているとあれば全力で止められてしまうだろう。しかもショウは、ゲーム終盤でレオを殺そうとしている――私とレオに接点があると知られるのは、ショウの死刑を早めかねない。
「医務室に行こうとして、迷っちゃって…」
「ああ、それならこれを使うといい。医務室への転移魔法陣だ。中等部の時に教師にもらったが、使わなかったんだ」
先ほどもらったのと同じ紙切れを渡される。先ほどからホイホイと転移魔法陣の紙を渡されているが、この紙切れ1枚がこの世界ではかなり高級品である。まずそもそも紙はこの世界では貴重な物だし、魔法陣も習得するまでに相当な時間と魔法の才能が必要になる。そして魔法陣を書くためには、常人が1日で使える限界量の魔力を使用しなければならない。気軽に書いて渡してくるこの学園の教師陣の技術と魔力が化け物級なだけで、本来この1枚を生成するのに相当なコストがかかるのだ。さらに、移動手段が馬車と空飛ぶ箒と船くらいしかないこの時代に、転移魔法陣は需要が高いため、普通に手に入れようとしたらかなりの額になる。普通は教室間の移動に使うものではない。しかも、ここから医務室までは割とすぐなので尚更もったいない。
(流石名門魔法学園って感じね)
改めて関心していると、ショウはそのまま私に背を向けた。
「それじゃあ、気を付けて」
彼はそのまま走り去っていった。烏も彼の肩から飛び立ち、一緒に進んでいく。どうやらかなり急いでいたようだ。
(ショウは何のためにホームルームを抜けていたんだろう…)
同学年の彼は、本当なら今の時間はホームルームに参加しているはずだ。ここは高等部1年の教室から離れているし、私が行こうとしている方向――つまり彼が走ってきた方向には医務室と旧校舎くらいしかない。
(まあ、きっと医務室か。具合でも悪かったのかな)
一瞬引っかかったものの、特に気にすることなく先を急ぐ。
旧校舎は、「旧」という字が相応しくないくらい綺麗に管理されていて、窓から差し込む日差しで明るく温かかった。小走りでここまで来たせいで、火照った体に汗がにじむ。
(めっちゃ疲れた…)
高等部1年の教室は、旧校舎から最も離れている。この学園は4つの棟が連なっており、東から順に高等部棟、中等部棟、授業で使う特別教室や職員室・医務室等が入った特別棟、そして今いる旧校舎の順に並んでいる。元々は旧校舎一つで事足りていたようだが、生徒数の増加や設備の充実化によって、新校舎の3棟が増築されたらしい。学園の最東端から最西端まで移動した私は、旧校舎の入り口に差し掛かった時点でへとへとに疲れ切っていた。多分、ここまでで15分くらいかかった。
(確か旧校舎の美術室は、3階だったはず…)
今いるのは2階だ。階段を目指して歩いていると、向かい側から階段を降りる音と話し声が聞こえてきた。
「さっきのレオなんなの〜? せっかく来たのに、追い返されるとかマジで最悪なんですけど!」
「珍しいよね、レオが誰かと約束してるの。いつもその場のノリで生きてる感じなのに」
「3年の先輩が卒業したから、私たちといられる時間増えると思ったのに〜!」
会話の内容的に、レオが常習的に美術室に連れ込んでいる女子生徒達だろう。何となく姿を見られるのが気まずくて、近くの空き教室に身を潜める。2人は新校舎の方に戻るらしく、徐々に声が近づいてくる。
「本命、だったりするのかな…」
テンションが高い方の女生徒が、急に声のトーンを落とす。
「…まあ、あり得なくはないかもね」
もう1人の比較的クールなギャルっぽい方の子も、先ほどより少し元気がないような気がする。
「あぁ~っ残念! でも、私は応援するもん! レオは私の居場所作ってくれた恩人だから、本命見つけて幸せになれそうなら応援すべき!」
「…マナ、無理してない?」
「してるぅ〜!」
テンションが高い方の女の子はマナというらしい。マナが泣き出したのを機に、2人は私のいる空き教室のすぐ側で立ち止まる。
「だって、レオいなくなったら私、学校に居場所ないもん。ずっと1人で居た時に、連れ出してくれたのがレオだったから。…ってか、チナツも似たようなもんでしょ!? なんでそんなに余裕そうなの?」
マナは泣いている割には相変わらずテンションが高い。チナツと呼ばれたクールギャルは、若干気まずそうに声を絞りながら答える。
「…私は正直、途中からレオ目当てじゃなくてマナに会いに行ってたから、今はもう平気っていうか…まあ、来年マナは卒業したらヤバいけど」
「えっそんな風に思ってくれてたの?私もチナツ大好き! じゃあ私、チナツが卒業するまで留年する!」
マナは一気に機嫌が治ったらしく、もう鼻をすする音は止んでいた。2人は再び歩き出したらしく、少しずつ足音が遠のいていく。
チナツは「私、大好きとは言ってないし…」と言いながらも、嬉しそうな声音を隠しきれていない。
「じゃあ、さ。別にもうレア抜きで2人で会うので良いんじゃない?わざわざこんな遠い旧校舎まで来なくても…」
「えぇ~やだ、レオとも会いたい!まだ本命がいるって確定したわけじゃないし、また来る!」
「コイツ…」
私は、2人の声が完全に聞こえなくなったのを確認してから教室を出た。
(…なんか、思ってた感じと違ったな)
レオは、自分の欲望を満たすために、自分が気に入った可愛い子を選りすぐって連れ込んでいるのだと思っていた。
(それは単なる噂で、実際は孤独で居場所がない子達を匿っていただけ? 彼はただの優しい女たらしで、悪役〈ヴィラン〉じゃない…?)
いや、どんな悪人でも、善の一面は持ち合わせているものだ。たったこれだけのことで、黒幕疑惑が消えるわけじゃない。
彼女たちが歩いてきた道を辿って階段を上る。階段を一段上がるごとに、絵の具の独特な匂いが強くなる。
この先は、すぐに美術室だ。




