推し、登場
~プロローグ 自己紹介の後~
その後も自己紹介はつつがなく進み、あとは今後の授業について軽く説明があった後、ホームルームはあっさりと終わった。
「じゃあこれでホームルーム終わるんで、あとはご自由に帰るなり親睦深めるなりしてください…そんで、レイナ」
グレイ先生は、名簿を見ずに私の名前を呼ぶと、真っ直ぐにこちらを見つめる。
「野暮用があるから、悪いがちょっと先生と来てくれ」
呼ばれるがまま、私は先生とともに教室を出た。
まだ他のクラスはホームルームが終わっていないのか、廊下にはまったく生徒がいない。
「今朝のことの調査で、医務室に警備隊が来てる。多分色々聞かれたり、魔法で身体を調べられたりするだろうが…キツかったら無理せず言うんだぞ。先生も同席するから」
「ありがとうございます」
見た目は怖いけど、こちらを気遣う言葉選びや優しい口調から、すごく優しい先生であることが分かり安心する。
――医務室には警備隊の人が2人と、カレン先生がいた。事情聴取や身体調査は、その日の深夜まで続いた。長時間拘束されたのはキツかったが、警備隊の方々やカレン先生が少しでも私に負担が軽くなるように色々配慮してくれたおかげで、想像より辛くはなかった。
結局、どんなに調べても私の身体には外傷がなかったし、毒を盛られたり性的なことをされたりした痕跡もなかったようだ。何か盗まれたりした様子もない。そして、犯人に繋がる証拠も何も検出できなかったらしい。私に一切の被害がないことは分かったが、それ以外は何も収穫を得ることが出来ないまま、私は解放された。グレイ先生に送ってもらい寮に無事帰宅した私は、倒れこむようにベッドに寝転がる。
(何もないのはよかったけど、犯人の目的も正体も分からないし、入学早々幸先悪いな…)
目を閉じると今日の疲れがどっと押し寄せてきて、私はそのまま眠りに落ちた――。
~プロローグ FIN~
ちなみに、今朝の主人公襲撃事件について真相はまだ明かされていないものの、「主人公を狙った理由」は既に分かっている。犯人は、主人公の「固有魔法」を奪うために襲ってきたのだ。
この世界の魔法は、「基礎魔法」と「固有魔法」の大きく2つに分けられる。
基礎魔法は、火・水・木・風・土・雷の6つの属性に細分化される、いわゆる生活を便利にする魔法だ。これは魔力を持つ人間なら、得意不得意はあれど基本的に全ての属性の魔法を使える。この世界では全ての人間が魔力を持つので、基礎魔法は全人類共通して使える魔法なのだ。
逆に固有魔法は、基礎魔法に分類されない特殊な能力の魔法を指す。例えばカレンの治癒魔法も特殊魔法だ。他にも他人を魅了する魅惑の魔法、瞬間移動できるテレポート、時を止めたり戻したりできる時間操作魔法なども固有魔法。固有魔法を持つ人間はごく1部で、おそらく100人に1人いるかいないか…という割合しかいない。固有魔法の種類は属性に分けられないほど多種多様で、「世界の全てを見通す予知魔法」「多くの人を洗脳して服従させられる魔法」などの強大なものもあれば、中には「人の声を模倣できる」「誕生日を当てることができる」等の、あまり役に立たないハズレな固有魔法もあるらしい。治癒魔法を活かして養護教諭になったカレンのように、自らの固有魔法を活かせる職に就職する人間が多く、絶大な威力の固有魔法を持つ人間は、就職先が引く手あまた。自分の能力を活かす生業を起こして成功した人間もいたりして、エリートコースが約束されたようなものでもある。アストラルム魔法学園には、何かしらの固有魔法を持っているか、または基礎魔法のいずれかが突出した才能がある者しかいない。
主人公の固有魔法は、「人の動きを操る魔法」。主人公がこの能力に目覚めたのは入学式の1週間前のことだ。
街で暴漢と肩がぶつかり、殴られそうになっていた時、主人公が「やめて!」と言ったら暴漢は自らの意思に反して動きを止め、その拳を降ろした。当事者2人だけでなくその場の全員が困惑する中、それを偶然目撃していたアストラルム魔法学園の理事長が主人公の才能を見出し、学園への入学を提案してきた。母子家庭の主人公は高校には行かず働きながら生計を立てるつもりだったが、この出来事により人生が一変。エリート魔法学園への入学を果たし、華々しい学園生活を手に入れたのだった。
(きっと、今朝の襲撃事件も黒幕の仕業…9人の悪役〈ヴィラン〉達も、もしかしたら私の固有魔法で操られていたのかもしれない)
固有魔法は、その人の持つ魔力量や魔法を使うセンス、鍛錬の有無によって、発揮できる能力が左右される。今の主人公は1週間前に固有魔法を発現させたばかりなので、1人の動きを数十秒間止める程度のことしかできない。
しかし、使う人間によっては精神まで操ることが出来たり、1度に大勢を操ることが出来たりするのだろう。本来、自分の物ではない能力を無理やり身体に適応させるのは、精神的にも肉体的にもかなり負担がかかるし、能力を使いこなせない可能性も高い…だが、それを凌駕する実力の持ち主であれば問題ないはずだ。
(名門魔法学園を築き上げるほどの実力者の子孫であるレオと、平民入学枠の狭き門を首席で突破した秀才のカケル…どちらも、条件は満たしている)
依然として最も黒幕の可能性が高いのはレオだが、カケルも完全には除外できないということだ。この魔法を彼が使いこなし、さらに覚醒までさせていたら、人脈や権力などなくとも周囲を操ることは容易になるし。
主人公の固有魔法が無くなっていることが明らかになるのは数日後の魔法の授業中。魔力まで丸ごと奪われているわけではないようで、基礎魔法は普通に使うことが出来たが、固有魔法はまったく使えなくなっていたのだ。
固有魔法が使えず、家柄も良いわけではない主人公は、本来なら即刻学園を退学させられるだろう。だが、「生徒の固有魔法が何者かに奪われた」という事実が広まれば、学園内には混乱が巻き起こるし、生徒の親からのバッシングも酷いことになる。だから、この事実を周囲に漏らさない口止め料代わりにこの学園への在籍と、固有魔法を取り戻すために全面協力してくれることを学園側は約束してくれることになる。
(それにしても、主人公を陥れたいなら今朝の襲撃事件で殺すことだって出来たのに、どうして固有魔法だけ奪って周囲を操るなんて面倒なことするんだろう)
カケルとレオのどちらが黒幕なのか、黒幕の目的な何なのか、固有魔法はどうやったら取り戻せるのか…謎だらけ且つ解決への道筋も立てられない現状に、改めて頭を抱えるのだった。
話は大幅に逸れてしまったが、現在は自己紹介の真っ最中。私は自分の番がもうすぐなことに緊張しつつ、重要なミスに気付いて大焦りしていた。
(やばい、このままだとレオとの約束すっぽかすことになる…)
この世界の連絡手段は文通と使い魔しかなく、使い魔を所有していない私には、今日美術室に行けなくなったことを伝えるすべがない。レオの性格的に事情を話せば許してはくれそうだが、初っ端から約束をすっぽかす女だという印象を与えて好感度を下げたくない。
あまり気は進まないが、ホームルームを一旦抜け出して戻ってくるしかないだろう。直前に話していた生徒が話し終わって拍手されているタイミングで挙手する。
「すみません、ちょっとお腹が痛くて…お手洗い行ってきてもいいでしょうか…」
「ああ、分かった。行ってこい。もしホームルーム中に戻ってこれなさそうだったら自己紹介明日にしてやるから、無理すんなよ」
「ありがとうございます…」
私はそそくさと教室のドアへと小走りする。
「あ、待て」
出ていく直前、グレイ先生に呼び止められる。先生は、手に持った紙切れにサラサラと何やら描いて渡してくれた。これはゲームでも何度か使われていたので見覚えがある。魔法陣だ。
「もしヤバそうだったらこれ使え。医務室へ直通する転移魔法陣だ。まだ医務室の場所、覚えてないだろ」
「助かります、ありがとうございます」
私は改めてお礼を言うと、今度こそ教室を出た。
(今日は使うことなさそうだけど、今後何かあった時に役立ちそうだからとっとこ)
私は転移魔法陣が描かれた紙きれを制服のポケットに仕舞い込み、美術室へと急ぐ。アストラルム魔法学園のマップはゲームをやり込んだおかげで大体頭の中に入っているので、迷うことはない。この学園は割とシンプルな作りをしているので、すごく覚えやすかった。ゲーム内の主人公は相当方向音痴な設定のようで、迷子になる描写が何度もあったが。
駆け足で美術室へと向かっていると、曲がり角に差し掛かったところで誰かにぶつかる。顔を上げると、そこにあったのは国宝級の美しい顔面――ぶつかった相手は、私が『こいヴィラ』で最も推していたキャラクターのショウだった。




