ゲーム・リスタート
初対面のはずの私に名前を呼ばれポカンとするカケルと、訝しげな顔で私を見るカケルの姉でありこの学校の養護教諭でもあるカレン。
彫刻のように整った顔をしている2人が並んで真っ直ぐにこちらを見つめる姿は、まるで繊細な絵画みたいだ。
(うわぁ美の暴力…って、見惚れてる場合じゃない。このままだと、初対面で変人のレッテルを貼られることになる)
ひとまず状況を整理しよう。私のベッドに向かってくる2人の会話には覚えがあった。そして、カケルと私が初対面ということは、ここは出会いのシーン――
きっと、アストラルム魔法学園の入学式だ。
「首席で入学したカケルさんは有名人ですよ。入学式の答辞も、頑張ってください」
なんとか、これで誤魔化せないだろうか。それを聞いたカケルは、少し目を見開いて驚いた後、その相好を崩した。
「ははっ、そうか…そうだよね、よかった。知り合いなのに忘れてしまっていたのかと思って焦ったよ」
あ、ここスチルであったシーンだ。笑顔かわいい。
「もう入学式は終わったよ。今は昼休み」
「アンタ、マジで心配になるくらいぐっすり眠って起きなかったんだよ。こういう貧血はよくあるの?」
カレンに問われ、私はゲームの序盤にあった主人公の回想を思い出す。
~主人公の回想 入学式の朝~
国内屈指の名門校・アストラルム魔法学園入学が決まると同時に学生寮に住み始めていた主人公。
入学式の日は、いつもより念入りに身支度を整えていたら思ったより時間ギリギリになってしまい、慌てて寮を出た。入学式の日くらいは正門から行きたかったが、寮母さんに教えてもらった近道を通って学校の裏門へと急ぐ。
(寮だから学校近いんだけど、逆に油断して遅れちゃうのよね…)
入学前に数回あったオリエンテーションの時も、毎回正門から行こうとして、この裏道を使ってしまっていた。
(あれ、この辺りってこんな景色だったっけ…曲がり角間違えたかな…)
いつも通りに進んできたつもりだったが、気付けば見覚えのない道を走っていた。
走っても走っても通学路に辿り着けず、焦りが募っていく。
(どうしよう、入学式の日に遅刻はヤバいって…とりあえず引き返さなきゃ)
そう思っていた矢先、強い力で腕を引かれ、身体が後ろに倒れる。
(っ⁉)
何が起きたのか理解する間もなく視界が覆われ、気を失っていた。
~主人公の回想 FIN~
(そういえばこの回想、まだ真相明かされてなかったな…)
『こいヴィラ』は恋愛要素だけでなく、メインストーリーの作りもしっかりしており、多くの伏線が散りばめられていて考察がはかどるのも人気の要因となっていた。昨日までの私も、最終章で一気に伏線が回収され全ての真相が明らかになるのを楽しみに、様々な考察をしながらゲームをプレイしていた。
ひとまず、ゲーム内の主人公と同じように、今日の朝あったことを2人に話す。
「嘘だろ⁉」
ひととおり話を聞き終えたカケルが、素っ頓狂な声をあげた。
「カケル、うるさい」
「いや、姉さんが冷静過ぎるんだよ。…ごめん、君を見つけた時、とにかく医務室に運ばなきゃってことだけに必死で…もっと周りを見ればよかった」
カケルは通学途中で道端に倒れていた私を見つけ、ここまで運んでくれたらしい。衣服の乱れも外傷も無く、周囲に誰もいなかったので体調不良で倒れたと判断したのだとか。
「ひとまず、このことは職員会議で話しとくわ。身体にも異常はなさそうだったけど…あとで警備隊も呼んで、ちゃんと調査してもらおう。そんで、カケルはしばらくこの子の送り迎えしなさい、また変質者に狙われるかもしれないから」
「ちょっと、最後のは僕から言いたかったんだけど」
「なに思春期こじらせてんの、このクソガキ」
(あああ、この姉弟のやり取りをゲーム画面じゃなくて現実として見れるの最高過ぎ…)
正直、事故に遭ったショックとか、おそらく現実世界で自分は亡くなってゲームの世界に転生してしまったというあり得ない状況への戸惑いとかで感情ぐちゃぐちゃではあるんだけど、好きなゲームのキャラを肉眼で拝めて会話できるの、めちゃくちゃ幸せだわ。こうなってしまった以上、この世界で主人公として生きるしかないんだから、切り替えて楽しもう。
「えっと、なんかグダグダになっちゃったけど…君のことを守りたいから、できれば僕と一緒に登下校して欲しいんだけど…駄目かな」
カケルは、私が座っているベッドの傍に跪いてこちらを見上げる。イケメンの上目遣い、破壊力やばい…。そして言葉選びがプロポーズっぽいんですが、それはわざとなんですか? あ、天然ですか恐ろしい子ですね、野暮なこと聞いてすみませんでした。
「もちろんです! よろしくお願いいたします!」
「はは、よかった。今日から僕らクラスメイトだからタメ語でいいよ。これからホームルームあるみたいだし、もう体調が大丈夫そうなら一緒に教室に戻ろうか」
「はいっ! …じゃなくて、うん! 先生、ありがとうございました!」
「いーえ。また何かあったらいつでもおいで」
柔らかく微笑み、片手で小さく手を振ってくれるカレン。流石、女狂わせメロ女として女性から絶大な人気を誇っていたカレン様だ、こんなさり気ない仕草も絵になる。美しい。私自身もカレンにメロついていたプレイヤーの1人で、「カレン様との添い遂げENDを作ってくれ」と切望したこともあるくらいだ。
「あ、そういえば鞄、ずっと持ってもらっちゃってごめん」
医務室に届けにきてもらってからずっと、カケルに鞄を持たせてしまっていることに気づき、持ち手部分に手を伸ばす。しかし、その手をカケルはひょいと躱して笑った。
「僕がかっこつけたいだけだから、もしよければこのまま僕に持たせて」
あ、やばい昇天しそう。回答が満点とかじゃなくて頂点。こちらの心理的負担にならないように「僕が持ちたいから」という言い回しにして、それも押しつけがましくなく軽いノリでやってのける…素晴らしい才能だ。いや、カレン様の教育の賜物か。ありがとうございます、神様仏様カレン様。そしてこの姉弟をこの世に産み落としてくださったご両親にも深い感謝を…。
カケルとカレン、2人からときめきを過剰摂取したせいで高鳴る胸をおさえていると、はたと何かを思い出したようにカケルが振り向く。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったね。君、名前はなんていうの?」
「ああ…」
この世界は西洋が舞台になっているので、基本的に名前の形式は姓名ではなく英語圏のようにファーストネーム、ファミリーネ―ムの形になっている。キャラたちの名前は、おそらくプレイヤーが覚えやすいように配慮されてファーストネームが日本人らしい名前になっているが、ファミリーネームの方は「カケル・グレイヴン」「ユーリ・フィオラント」といったように、英語圏っぽいものにされていた。
(どうしよう、「ヤマブキ」のままだとちょっと変だよね…ゲームの時はファーストネームしか設定しないから、全然考えてなかった…)
全く元の苗字と関係ないものだと覚えにくそうだ。確か、「山吹色」を英語で言うとbright yellowらしいから――
「れいなです。レイナ・ブライト」
なんだか思ったよりカッコいい響きになってしまって、少し恥ずかしい。でも、これからはこの名前で生きていくことになるんだ。慣れていかなきゃ。
「…へえ、良い名前だね。レイナ」
そう言って笑うカケルは、何故かとても嬉しそうだった。
ここから、私の学園生活が始まる。
私はこの後、9人のスパダリ男子に出会い、恋をして――そして。
(彼らの破滅を見届ける――)
だけど、それは“ゲームの中の私”の物語。
ゲームでは、
『運命の人との幸せだけを守り、他の9人の人生が崩壊するのを見届ける』
『運命の人以外の誰かと一緒に不幸になる』
この2つの選択肢の中からしか、自分の言動を選べなかった。
(でも、今なら…ゲームの選択肢以外の行動もできる今の私なら、それ以外の結末に導くことが出来るかもしれない)
自分も、運命の人も、それ以外の9人も、全員が幸せになるエンディング。
破滅フラグをすべてハピエン回収する未来へと。
(前世で1番の心残り…未プレイの『こいヴィラ』の最終章は、私がこの手で作り出す!)
覚悟と決意を新たにして、私は教室へと向かう一歩を、大きく踏み出した。




