蕾
「アベル君」
私の声に、地面を凝視していた銀髪の頭がゆっくりと上がった。木漏れ日に透けるような、幻想的で美しい容姿。 だがその瞳には、射抜くような鋭さと、深い警戒心が宿っている。
「……キミ、誰? 僕になんの用?」
(うわ、懐かしい~…主人公に懐く前の初期アベル、警戒心の強い猫ちゃんみたいで可愛いんだよね…)
アベルは、私を威嚇するように睨みつけてくる。
初めての会話でそんな態度を取られたら、普通だったら怒るなり悲しむなり、何らかの負の感情を抱くだろう。しかし、彼に限ってはゲームでその事情を把握しているので、むしろ同情する気持ちが湧いてくる。
エルフの長として生まれた彼には、幼い頃から権力目当てのお見合いが次々と舞い込み、その美貌に魅せられた女性たちからの執拗なアプローチも後を絶たなかった。
そのせいで、彼は女性に対して深い不信感を抱いている。
ゲーム序盤、この授業で主人公とペアを組んだ時も、今と同じように警戒心丸出しの態度で接していたことを思い出す。
(最初は、ここからどうやって攻略するの?って思ってたけど、意外と即落ちなんだよなぁ…)
なので、彼のツンツンした態度は今しか見られない。
本当はもう少し噛みしめたいが、威嚇されてるのにそれを噛みしめている変態と思われたくはないので、表情筋を引き締める。
しゃがみこんでアベルと視線を合わせると、彼は眉をひそめた。
「私はレイナ・ブライト。さっき、隣であなた達のペアのやり取りを聞いてたんだけど…彼、多分あなたが言ったこと誤解して怒ってるよ」
「急になんなの。人の会話盗み聞きするとか、趣味悪いよ。…僕たちは、話し合って役割分担しただけだ。アレックス君だって、すぐに戻ってくる」
(あの子、アレックスって名前だったのか)
A君の名前が分かり、勝手にすっきりする。
離れた場所で談笑し続けるアレックスらを横目に見ながら、アベルの瞳に孤独の色が宿る。彼も本当は、アレックスから嫌われてしまったことをなんとなく分かっているのかもしれない。
「アベル君は優しいから、アレックス君の魔力があまり多くないことを察して、彼が身体を壊さないように配慮してあげた。……でも、彼は『足手まといだ』って言われたんだと勘違いしてる」
私は一歩踏み込み、彼の目を真っ直ぐに見つめて続ける。
「アベル君にとっては、相手を気遣った『効率的な提案』だったんだよね。でも、この学園の生徒はみんな自分の才能に誇りを持ってる。だから、『1人でやった方が早い』っていう言葉は、自分の存在を否定されたように感じちゃうんだよ」
アベルは私の言葉をかみ砕き、嚥下するように息を呑む。
自分の言葉によって、アレックスがどんな感情を抱いたのかを理解し、それを飲み込もうとしている。
「私は、あなたの優しさを知ってる。だから、誤解されたままなのは私も悲しいんだ。私と、アレックス君に謝りに行こう?」
アベルは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにまた冷ややかな視線を私に向けた。
「キミに、僕の何が分かるの。適当なことを言って、僕の機嫌を取ろうとしてるなら、何の意味もないからやめたら?」
「機嫌取りなんかじゃないよ。私は、アベル君が魔法を使うところをずっと見てた。あなたは球根を育てるだけじゃなくて、魔法の余波が周囲の草花に悪影響を与えないように、すごく細かく魔力を制御してたでしょ? 自分の課題だけじゃなく、周りのことまでずっと気遣ってた」
アベルの警戒心が、徐々に薄れてきているのを感じる。
その瞳に、僅かに光が灯っていく。
「だから……あなたは、すごく優しい人だと思ったの」
「……っ」
「私と、誤解を解きに行こう。一緒に謝ってあげるから」
「…なんで、そんなことするの? キミに何の得があるの?」
(彼も、レオと同じ。これまで、『エルフの長』という肩書と、その美貌だけしか見られていなかった。だから、こんな風に行動を褒められて、心が動いてる)
彼の気持ちが、手に取るように分かる。
あと、もう一押し。
「あなたと、友達になりたいんだ」
私の一言に、アベルが微かに唇の端を上げた。
「……変な人」
彼がゆっくりと手を伸ばし、私の指先に触れる。
その冷え切った手が、私の体温と混ざり合って柔らかな熱を帯びるのを感じ、私はなぜだか少し泣きそうになった。




