山吹れいなの記憶~前編~
永遠の孤独は、破滅よりも不幸になり得る。
だからこそ、私はアベルに手を差し伸べなければいけないと思う。
(…でも、私なんかが手を差し伸べて、事態は好転する? また、前みたいなことが起きたら――)
過去の記憶がフラッシュバックし、芽生えた決意を塗りつぶす。
その記憶は、10年以上前の出来事なのに、未だに生傷のように鮮明な痛みを私に与え続けていた。
~山吹れいなの記憶~
「ねえ、れいな! 『魔導伝説』、どこまで進んだ?」
「もう第3章だよ。でも、そこからずっと苦戦してて…」
「もしかして、盗賊団捕獲のクエスト? あれは、時間操作の能力があるショウってキャラを味方にして、過去に戻って盗賊団と接触しないと――」
「ああ~っちょっと! 私、ネタバレ見ないで自分で攻略したい派なのに!」
「あ、ごめん…」
前世の私には、たった1人だけ、心を許せる幼馴染がいた。
それが、隣の家に住んでいた、昌平という名の少年。
昌平は、俗にいう「宗教2世」だった。彼の両親はカルト宗教の熱心な信者で、よく家に昌平ひとりを残して集会に出かけていた。さらに、昌平の同級生の保護者や学校の教員、私の家含む近所の住人など、身近な人間に手あたり次第宗教勧誘をしていたせいで、「あの一家に関わると厄介だ」「昌平君と仲良くなると勧誘される」という噂が広まり、昌平の家族は常に周囲から孤立していた。
親との時間を奪い、自らを孤立させる原因になった宗教を嫌っていた昌平は、ゲームに夢中になることでその孤独を埋めた。
そしてこのゲームが、のちに私と昌平と繋ぐ共通点になる。
孤独という点では、私も似たようなものだった。
父親が蒸発した後、生活のために水商売で働き始めた母は、家に男を連れ込んではとっかえひっかえするようになった。
母親にとって、私は自分の「女」としての時間を邪魔するだけの無用な存在。
両親の愛を受けて大事に育てられ、週末に遊びに行った話や誕生日を祝ってもらった話を幸せそうにしている同級生たちと、一緒にいるのが辛かった。
だから学校でも人と距離をとって、ずっと独りでいた。
周りと自分を比べて惨めな気持ちになるより、誰とも関わらない方が、苦しくなかったからだ。何より、いつまでも帰ってこない母を待つ毎日を過ごしていたおかげで、孤独には慣れていた。
昌平と同じように、人と関わらないで暇をつぶせるゲームが、私が生きていくうえで唯一の楽しみだったのだ。
似た苦しみを共有し、同じ趣味を持つ私と昌平は、すぐに意気投合した。
私たちは、毎日のように一緒に登下校し、その道すがらゲームの攻略法を熱っぽく語り合った。
互いの家を行き来して、攻略が難しいステージを協力し合ってクリアしたりもした。
彼と過ごす時間だけは、自分の置かれた苦しい現実を忘れられた。
「昌平がいなかったら、きっと人生しんどかっただろうな」
昌平の家でゲームをしていた、中学1年生のある日。ついそんな言葉が口をついて出た。それまで、私たちはあまり暗い話題を出すことを避けていた。2人でいるこの楽しい時間に、水を差したくなかったから。
でも、この時の私は、割と精神状態が限界に近かった。前日に、母親から「アンタがいなければ、彼と結婚できたのに」と言われたからだ。
「今も、十分しんどいだろ」
「まあ、うん、それはそう」
「…何かあったんなら、限界が来る前に話せよ。俺も…お前いなくなったら、困るし」
「うん…」
その時は、前日の出来事を反芻して、自分で口に出すのが1番辛かった。でも一人で苦しむのが耐えられなくて、濁すような形で弱音を吐いた。
いつまで経っても話し出さない私の様子に、なんとなく気持ちを察したのか、昌平はそれ以上追及しないでいてくれた。
自分が作り出してしまった重苦しい沈黙が耐えられなくて、なんとか空気を変えようとする。
「あははっ、ごめん! なんか私って、儚い悲劇のヒロインって感じの台詞、似合わないよね~。なんか恥ずかしくなっちゃったから、さっき言ったこと忘れ――」
言いかけた私の虚勢は、あっけなく遮られた。
剝き出しになった私の弱音を包み込むように、昌平の腕が私の身体をすっぽりと包み込む。
昌平の温かい手が、私の頭を撫でてくれる。彼自身もあまり撫でられた経験がないからか、その手つきはどこか不器用で、たどたどしかった。
「俺といる時は、無理して笑わなくていい」
張りつめていた糸が切れたように、涙が溢れて昌平の胸元を濡らす。止まらない嗚咽を、彼の胸に顔をうずめることでなんとか抑えた。私が泣き止むまで、昌平は私を抱きしめたままでいてくれた。
私は、異性との接触というのは、母とその彼氏がしているような性的なものしか知らなかった。人の温かさがこんなに落ち着くものだと、この時初めて知った。
それから私たちは、孤独に押しつぶされそうになった時や、深く傷つくことがあった時、お互いのぬくもりを求めた。でも、恋愛的な関係には一切進展しなかった。恋愛感情による絆がどれだけ脆いのか、私が1番知っていたから。
今思えば、親から与えられなかった愛とぬくもりを互いで埋め合う私たちは、お互いに対して恋愛以上の感情を抱き、依存していたように思う。
「俺だけは、何があってもれいなの味方で、理解者でいる。れいなが苦しんでいるのを、いくら親や教師見て見ぬふりしても、俺だけはずっと寄り添うから」
「うん…」
「お互いのことだけは、ずっと信じ続けるって約束しよう」
あんな約束をして、それを救いに生きていたのが、確たる証拠だ。
あの時、昌平のあの言葉がなければ、私はとっくに人生を投げ出していただろう。
きっと、自分たちはずっと2人で生きていくと思っていた。
こうして支え合って、大人になったら家を出て、この町からも出て行って、2人で暮らす。自分たちが求めていた、ぬくもりと優しさに満ちた家庭を築いて、幸せな日々を過ごす。そんな未来を、鮮明に思い描けていた。
だが、そんな日々は訪れなかった。
昌平は、中学2年生の夏、自ら命を絶ったのだ。




