芽生え
活気溢れる生徒たちの輪から少し離れた樹の影に、アベルはいた。
そこに、先ほどカケルに声をかけようとした男子生徒が近寄っていく。
「アベル君…で合ってるよな? 俺とペア組まない?」
「…ん」
「えっと…OKってことでいいのかな? 先生から、球根貰ってくるな」
「ん」
カケルと共に課題を進めながら、アベルと男子生徒の会話を盗み聞く。少し距離があるので聞き取りにくいが、ある程度の会話は耳に入ってきた。
どうやら、男子生徒(名前が分からないのでA君と呼ぶ)の積極性が高いおかげで、なんとかコミュニケーションが取れているようだ。
A君は、すぐにグレイ先生から球根を受け取って戻って来た。2人は連れ立って、課題のチューリップを埋める用の区画にやってくる。ちょうど私とカケルが陣取っていたスペースの隣に来たので、聞き耳を立てずとも会話が聞こえるようになった。
「レイナ、もう少し風魔法、弱められるかな。このままだと球根が凍っちゃう」
「あ、ごめん…」
チューリップは、寒さの中で休眠しながら栄養を蓄え、暖かくなったら休眠中に溜めておいた栄養を糖に分解してエネルギー源とし、急激に水を吸い上げて成長・開花する植物だ。
今は、カケルが土魔法で土壌を整え、私が風魔法で球根を冷やすことで、第一段階の「球根を休眠させる」ための土台を整えていたところだった。
アベル達に気を取られて風魔法の調節を怠ってしまっていた。慌てて風の強さを弱めつつ、どうしても気になってしまって隣の会話に意識が持っていかれてしまう。
A君は、私たちと同じように役割分担をしようとしているようだった。
――しかし
「キミ、何もしなくていいよ。きっと、僕ひとりでやった方が早い」
「…へ?」
アベルの突き放すような発言に、A君は怒りをにじませた声で抗議する。
「何? 俺が足手まといっていいたいわけ?」
「だってキミ、魔力量そんなに多くないでしょ。僕はひとりで、この時間内に課題を終わらせられる。2人で分担するのは、逆に効率が悪い。キミだって楽できるし、その方がいいでしょ」
アベルの口から次々と発せられる爆弾発言を聞きながら、私は内心で肝を冷やす。
彼は、A君を馬鹿にしたいわけではない。むしろ、A君の身体的負担を考えて気遣っているのだ。自分ひとりで頑張るほうが効率的で、A君に楽をさせてやれるのだから、それが1番良いと考えている。
だがこれは、アベルが心優しい性格である反面、口下手なせいで誤解されやすいという特性を知っているからこその解釈だ。何も知らない人からしたら、「お前は無能だからすっこんでろ」と言われているように感じるだろう。
この学園に通う生徒は、「自分は優秀だ」という自負がある。A君もきっと同じだろう。だからこそ、アベルの発言に相当プライドを傷つけられたはずだ。
「…そうかよ。じゃあ、勝手にやってろ」
「うん、任せて」
アベルは、A君の声が怒気を含んでいるのにまったく気づいていない。むしろ、頼られて嬉しいと感じているような気がする。
仲介してA君の誤解を解いてあげようか迷っているうちに、彼はそそくさと自分の仲良いグループに合流しに行ってしまった。
黙々とチューリップに魔法を注ぎ続けるアベル。彼の魔力量と魔法技術は高校生離れしており、2つの魔法を同時に使うという高等技術も、難なく行っている。
彼のチューリップはすぐに芽を出した。さすが、自己紹介で植物魔法が得意と謳っていただけある。
(課題は、確かにアベル君ひとりで大丈夫そう…だけど)
A君とのやり取りを見て、改めて分かった。アベルは、よき理解者が間に入らないと、誰とも仲良くできないタイプだ。
ゲームでは仕様上、主人公とのやり取りしか見れなかったので、他の人と関わりがないせいで主人公に依存したのかと思っていた。少し不器用なところも、しっかりと話す機会があればきっと分かってもらえると甘く見ていた。これはもう、私が動いてどうにかするしかないだろう。
私とカケルの課題も順調だ。おそらく1週間もかからないどころか、明日で終わるかもしれない。他の生徒もみんな優秀なためか、似たような進捗具合だった。きっと、最初の課題のため期間を長めにとっているのだろう。
「…一区切りついたし、ちょっと休憩しようか」
なるべく普通に会話をしていたつもりだったが、上の空だったのが伝わってしまったのだろうか。カケルが、苦笑いしながら提案してくれる。
「あ…うん」
「僕は、別の場所で休むね」
やや急ぎ足で離れていくカケルの後ろ姿を見ながら、自分の態度を反省する。流石にアベルの方に注意を向け過ぎた。
(気を遣わせちゃった…申し訳ない)
とはいえ、アベルのことについて考えたかったのでカケルの気遣いは正直ありがたい。
今の状況も、別にまずくはない。とにかく私に依存しなければ良い話なんだから、孤立してても何ら問題はないはずだ。現に彼は、1人で課題を進めることも、周囲が友人グループの輪を作って歓談している中で自分だけが孤立していることも、気にしていないように見える。
ただ――
(破滅を回避したとして…彼は、幸せなの?)
次代エルフの長として生まれたアベルにとって、唯一「普通の少年」でいられる時間。それが、この学園生活のはずだ。
『こいヴィラ』の中で、ここでの学園生活は彼の人生を破滅に導くぐらい影響を与えた。逆に、前向きな方向に人生を動かすことだってあり得るはずだ。
エルフにとっての3年間なんてほんの一瞬だろう。でも、その一瞬の時間が、彼にとって一生の宝物になり、今後エルフの後に帰った後の人生を支えるかもしれない。
またゲームと同じ道を辿るかもしれない。下手をしたら、自分まで不幸のどん底に落ちることもあり得る。
――それでも、1人の少年の人生が、孤独に終わるのを見過ごすのが最善の選択だとは、どうしても思えなくなってしまった。




