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悪役令息達の破滅フラグは全てハピエン回収します!  作者: 夏みかん


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12/18

幕間~ユーリとライッサの話~

~入学式翌日の夜、ヴェルホルン大商会の屋敷にて~

深紅の絨毯を踏みしめながら、ユーリ・エトワールは長い回廊を進む。昼間は多くの従業員で賑やかなヴェルホルン大商会の屋敷も、夜になれば昼間の喧騒が嘘のように静まり返る。その静けさを破るように、ユーリは自らの主であるライッサの部屋の扉を叩いた。

「お嬢様、ユーリです。入ってもよろしいでしょうか」

「いいよ、入って!」

中から聞こえる快活な声に応じ、一礼して入室する。ライッサは夕食を終えた後、「話があるから後で私の部屋に来て」と自分を呼び出した。そのためユーリは夕食の後片付けをしたり、本日のライッサの様子を商会長に伝えたりと日々の業務を一通り終え、今こうして彼女を訪ねている。

(話っていうのはきっと、今朝のことに関するお説教だろうな…)

件の出来事を改めて思い返す。2人の平民男女による、くだらない痴話喧嘩。「何かがおかしい」「女の方が怯えている」と言って仲介に入ろうとするライッサに渋々付き添ったユーリだったが、結果として何もなかったので、拍子抜けしたのが記憶に新しい。


 ライッサは部屋に入ってきたユーリの顔を見るなり、悪戯っぽく微笑む。

「ユーリ、何か言いたそうな顔だね?」

 主の用件より先に話すのは気が引けたが、ライッサが話すように促してきたため、ユーリも遠慮なく話し始める。

「今朝の件ですが」

 ベッドの上で足をぶらつかせるライッサの傍に跪き、その手を取る。キザで古臭いアプローチだが、純粋な箱入り娘の彼女にはこういうのが最も響くのだ。

「お説教をしたいのはこちらのほうです。あのようにご自身の身を顧みず平民を助けるせいで、付け上がった愚かな連中に利用されそうになったり、不躾な求愛を受けたりして、何度も危ない目に遭っているではありませんか 」

ユーリはわざとらしく溜息をつき、悲しげに目を伏せる。

「身分の差に相応しい距離感を保つのは、『差別』ではなく『区別』です。……自分は、お嬢様が傷つくのをこれ以上見たくない。もっと、他人ではなくご自身の身の安全を気にしてくださいませ」

 女という生き物は、こんな風に自分を最優先にして、献身的な愛を注がれるのが好きだ。このお嬢様だけでなく、他の貴族のご令嬢も、皆そうだった。金を得るために心を売ったユーリにとって、自分を偽って相手の感情を揺さぶるのはお手の物。

「…いつもありがとう、ユーリ。今日も、レイナちゃんを助けたいって思ったのは私のわがままだったのに、文句を言いながらも付き合ってくれて」

 ユーリの言葉を聞いて、ライッサの薔薇色の頬の赤みが濃くなる。このまま、他の少女達にするみたいに甘い言葉を畳みかけて、そのまま身体を重ねれば、彼女の心は完全に自分の手中――

そう思ったが、ライッサはユーリの予想に反して、甘い雰囲気に一切流されず毅然とした態度で言葉を続ける。

「でもね、ユーリ。私は、人を身分だけで判断したくないの。困っている人がいたら、放っておけない。確かに、今まで平民の中に悪い人がいたりもしたけれど……良い人だって、いっぱいいたよ。それに、もし悪人だったとしても、誰かの優しさに触れて、善人に変わることだってあると思うの」

(……何を、馬鹿なことを)

ユーリは鼻で笑いそうになるのを必死で堪える。彼女の言葉は御伽話よりも現実味がない。

 性善説なんてものは、とんだ綺麗事だ。人間の本質は悪意と裏切りで、それを偽り隠すために、「善意」の皮を被っている。みんな、「自分は優しい善人です」という顔をしながら、本音は損得勘定で考えていて、相手から搾取できるタイミングを見計らっているし、自分に利益をもたらさない人間はすぐに切り捨てる。

自分の育ての母親が、まさにそんな人だった。そして、自分の周囲の人全て。家臣も、親交のあった貴族も、友人だと思っていた少年少女も…彼らは、有力貴族であったエトワール家が没落したと分かった瞬間、手のひらを返すように離れていった。

 ――そしてかくいう自分も、目の前の世間知らずなお嬢様を「愛」という嘘で縛り、その財産を根こそぎ奪い取ろうとしている結婚詐欺師だ。


産みの母親は、自分が生まれると同時に亡くなってしまったので、記憶上の母親という存在は、悔しいことに憎き育ての母しかいない。

9年前――エトワール家がまだ貴族の名を保っていた時、育ての母はやってきた。ちょうど、エトワール家の領地経営が軌道に乗って、全盛期だった時期だ。父と一緒にいる時の彼女は、いつも慈愛に満ちた表情をしていた。自分にも、たくさん優しく笑いかけてくれた。母親という存在を失って、どこか空虚だった自分と父の心の穴を埋めてくれたのは、紛れもなく彼女だった。

しかし6年前、自分が10歳になった時。その時期は、ちょうどエトワール家の経営が斜陽になっていた。やや羽振りは悪くなったが、それでも食っていくには十分で、父と育ての母と自分…3人でいれば幸せだと、父も自分も思っていた。

しかし、あの女は違ったようだ。エトワール家の経営が全盛期ほどは盛り返さないと感じたのだろう、エトワール家の全財産を根こそぎ持って雲隠れした。そしてエトワール家は没落し、路頭に迷いかけていたところを、ヴェルホルン大商会に拾われたのだ。

ヴェルホルン大商会が自分たちを助けた理由は、表向きは「かつてヴェルホルン家の経営が傾きかけた時に援助してもらっていたから」と聞いているが…本当は、まったく違う理由であることを、自分は知っている。善人面したヴェルホルン商会長も、結局は腹の中真っ黒の偽善者なのだ。


「それは、あまりに理想が過ぎます」

「わかってる。でも、ユーリが人を信じられない分、私が人を信じて、それが報われる姿を見せたいの。誰かを信じることが、不幸なことだけじゃなくて幸せも生み出すことを知って欲しい。…私は、大事な貴方が救われて欲しいんだよ、ユーリ」

本当に馬鹿なお人だ、とユーリは思う。今この瞬間もライッサを騙し、その全財産と心を奪おうと画策している自分を、彼女は救おうとしている。

彼女の笑顔は、太陽のように輝かしい。 影ひとつない、純粋な正義。 自分の損得を度外視して他人を信じようとするその輝きが、泥沼のように汚くて暗い世の中ばかり映してきたユーリの瞳には、あまりにも眩しすぎた。


(……調子が狂う)

彼女の真っ直ぐな瞳に見つめられるたび、胸の奥にチリチリと焼けるような痛みが走る。罪悪感? そんな上等なものじゃない。 ただ、彼女の放つ眩しさが、自分の輪郭をドロドロに溶かしていくような……そんな、逃げ出したくなるような恐怖を感じていた。彼女が、自分の暗く辛かった過去を全て光で包み込もうとしてくれる度、そのまま何もかもを委ねてしまいそうになる。

他のターゲットである令嬢たちと接している時には、こんなことにはならない。偽物の自分で甘い誘惑を巻き散らし、蜘蛛の巣に引っかかった蝶々を仕留めるように、嘘の愛を囁いて心を奪う。まがいものの愛を差し出して、彼女たちからは機密情報や財産の一部を手に入れる。日々の業務をこなすように淡々と、毎日のルーティンのように滞りなく、普段の自分なら出来るはずなのに。

ライッサに対してだけは、いつも上手くいかない。上手くいっても、自分の安っぽい色仕掛けは、きっと彼女には通用しないような気がしていた。他の令嬢とは3日もあれば身体の関係を築くのに、彼女とだけは、いつまで経っても一線を越えることも、何かを奪うことも出来ずにいた。


 「だからユーリには悪いけど、これからも私のわがままに付き合ってもらうから! そこんとこよろしく!」

ライッサはベッドから降りると、跪くユーリと視線を合わせて、その両手を包み込むように握ってくる。

「お嬢様がそう仰るなら、自分はどこまでもお供するだけです」

 彼女の優しさに絆されそうな自分を振り切るように、ユーリは従順で真摯な執事を演じた。今朝の件に関する話も終わったことだし、とっととここから立ち去ろう。彼女と話していると、決意が揺らぎそうになる。…自分の目的を遂げるために、悪にだってなってやると決めたのだ。もう今更引き返せない。

この後も、ターゲットである貴族令嬢との逢引きの約束があるのだ。それまでに、気持ちを切り替えなくてはならない。そう思っていたのに。


「よし、それじゃあ、次は私の用件を話させてもらいましょうか!」

「…え?」

仕切り直すように話題を変えたライッサに、ユーリは驚いて声が裏返った。

「用件って、今朝の出来事に関するお話じゃなかったんですか?」

「あ、後でお説教って言ったの覚えてたの? 流石にそのためだけに呼び出したりしないよ! それに、あれに関しては私のわがままに付き合ってくれた感謝の方が大きいし」

ライッサがいそいそと立ち上がり、棚から小さな箱を取り出してきた。中から現れたのは、可愛らしくデコレーションされたホールケーキだった。

「……お嬢様、これは?」

「毎年お祝いしてるのに、ユーリって毎回忘れるよね…今日は、ユーリが私の執事になった記念日! いつもありがとう、ユーリ!」

ケーキを作ったのはおそらく商会お抱えのシェフなのだろうが、ライッサは自分の手柄のように胸を張り、嬉しそうにフォークを並べている。

「さあ、ユーリも座って! 一緒に食べよう?」

(……ああ、本当に)

ユーリの決意を何度も砕こうとする、暴力的なまでの純粋さ。それを滑稽に感じているはずなのに、冷え切っていた胸の奥が、ほんの少しだけ熱を帯びるのを感じた。

ライッサの瞳に映る自分が驚くほど穏やかな顔をしていることに、ユーリはとっくに気づいていた。

「…ありがとうございます、お嬢様」

ユーリは毒を喰らうような気持ちで、彼女が差し出した祝福の一切れを口に運んだ。

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