表裏一体
校庭への移動中、カケルはレイ・ショウとの関係性をしつこく聞いてきた。
私は一貫して、「レオは昨日カケルと一緒にいた時に話しただけ」「ショウはお手洗いから出た時に鉢合わせて少し話した」と答え続けた。かなり無理があるのは分かっているが、「ホームルームを抜け出して旧校舎の美術室までレオに会いに行きました」「その道中でショウと話しました」とは流石に言えない。
カケルは私の返答を終始訝し気な顔をして聞いていた。きっと嘘をついているのは分かっているんだろうけど、私が事実を言う気がないことを悟ったのか、気づけば話題は雑談に移った。
――と思っていたのだが、周囲に生徒がいなくなったタイミングで突然腕を掴まれ、気づけば近くの空き教室に引きずり込まれていた。後ろ手に鍵を閉めるカケルを見ながら、背筋に冷たい汗が伝う。
「ごめんね、突然驚かせちゃって…さっきの話、全部嘘だよね? あんな隙だらけの言い訳で、僕に通じると思った?」
カケルがぐっと顔を近づけてくる。至近距離で見つめてくる碧眼は、宝石のように綺麗なのに、今の私には冷たい氷の刃に見えた。
(さっきまでは、あくまでも「私のことが心配だから」という体で、レオやショウとの交友に否定的だった…けど、これは)
普通の男子高校生が気になる子にやきもちを焼いているだけなのか…それとも、私を陥れようとする黒幕が計画の破綻を予期して焦っているのか。
彼の表情からは、真意が読み取れない。
「レオは、1人の女の子を気にかけるようなことはしない。ショウ君も、使い魔としか交流しない人嫌いの変人で有名だった。そんな2人が、入学2日目の君を朝から出待ち? …何もしていないのに、そんなことになるわけがないんだよ。君から何か…相手を焚きつけるようなことをしたんじゃないの?」
(ゲーム内で、カケルはずっと爽やかで優しい好青年だった。こんな一面見たことない…これが、カケルの本性なの…?)
カケルは何も答えない私の顎に指を滑らせ、拒絶を許さない力加減で上に向かせた。まるで警告のように、心臓が早鐘を打ち鳴らす。「逃げろ」と心が叫んでいるのに、身体が危険信号を遮断しているかのように一切動いてくれなかった。
「ねえ、レイナ。答え――」
「ちょっと、何してるの?」
室内の暗鬱な空気を切り裂くように、よく響く溌溂とした声が響く。
「レイナちゃん、大丈夫⁉」
カケルが施錠したはずの扉は開けられており、クラスメイトのライッサが駆け寄ってきた。ライッサはカケルを突き飛ばすように私から引き離し、心配そうな目で私を覗き込む。呆気に取られた私が何も言えないでいると、
「お嬢様、まずは自分が乗り込むとあれほど――」
「ユーリに任せたら暴力行使しようとするでしょ! まずは話を聞かないと」
「どうせ下品な痴話喧嘩でしょう。これだから平民は…」
「そうやってすぐに平民差別しない! あとでお説教だからね!」
ライッサに続いて、ユーリも教室内に入ってくる。彼は手に持った細い針金を弄びながら、あきれた様子でため息をつく。
(あれでピッキングして入ってきたのか…)
大商会のご令嬢であるライッサは、よく身代金目当てで誘拐をされるらしい。そのため、ユーリは敵地に侵入するためのあらゆる技術を習得している。ピッキングもそのひとつなのだろう。
「ライッサ…さんと、ユーリさんは、どうしてここに…」
「私たちより先に歩いてた2人が急に消えたから、引き返してきたの。最初は逢引きかなって思ってたんだけど、なんかレイナちゃんが詰め寄られてる感じだったから、気になっちゃって…」
私がかろうじて絞り出した疑問に、ライッサは優しい口調で答えてくれる。「あと、ライッサでいいからね」と笑いながら付け足した次の瞬間、まるで人が変わったように鋭い視線をカケルに向けた。
「ねえ、カケルくん。レイナちゃんの手、震えてるんだけど。何しようとしてたわけ?」
先ほどとは形勢逆転し、追い詰められる側になったカケルは、弾かれたように勢いよく一歩下がった。 氷のようだった瞳に一気に光が戻り、視線が激しく泳ぎ始める。
「……ごめん。僕、どうかしてた……」
普段通りの柔和な雰囲気を取り戻したカケルは、自戒のつもりなのか、不自然なほど後ずさって私たちから距離をとっている。
「今朝、レオとショウ君がレイナと話しているのを見て、焦った…いや、嫉妬した。こんな風に、自分を抑えられなくなるなんて初めてで……怖がらせて、本当にごめん」
カケルは大袈裟なくらいに深くお辞儀をした。髪の隙間から除く耳は、付け根まで真っ赤に染まっている。
「あ~…うん、そんなに謝らないで。気にしてないから。2人も心配かけてごめん、カケルは質問攻めしてきたくらいで、他は特に何もしてない」
ライッサは少し消化不良のようで、「そうなの…?」と首をかしげているが、私の様子を見て本当に大丈夫そうだと悟ったのか、それ以上は追及してこなかった。
カケルは遠慮がちに顔を上げると、照れたように頬を赤らめ、花がほころぶような微笑みを浮かべる。
「ありがとう、レイナ」
冷めた態度で一部始終を見守っていたユーリは、わざとらしく大きなため息をつく。
「くだらな――」
「ユーリ」
ユーリのぼやきを、ライッサが遮る。
「まあ、何もないならそれでいいの! ごめんね、大袈裟に騒いじゃって!」
そのまま私たちは、連れ立って校庭に向かう。始業のチャイムが鳴るまで、あまり時間がない。空き教室を出る直前、ライッサが「何かあったらいつでも言って」と耳打ちしてきた。
(正義感が強くて、芯があって、優しくて…本当にカッコいい子だな、ライッサは)
本来、主人公に相応しいのはこういう子なのだろう。彼女なら、誰かを助けたいと思った時に私みたいにウジウジせず、迷わず手を差し伸べて、自らの力で運命を変えられるのだろう。主人公という分不相応な役割を与えられて、何も全う出来ていない自分と比較してしまい、胸が締め付けられた。
(それにしても――)
私は、先ほどの出来事で感じた違和感を思い出す。この胸に引っかかる気持ち悪さを、見過ごしてはいけないような、そんな気がしたのだ。決して、自分自身と向き合うことから思考をそらしたかったからではない。
(ライッサに詰め寄られた後のカケルの態度…本当に慌てていたというより、一瞬で状況を冷静に分析して、1番丸く場が収まるように立ち回ったように感じた…)
カケルが冷徹な雰囲気から、恋に戸惑う少年の表情に変わる直前。ほんの一瞬だったが表情が抜け落ちて、周囲を俯瞰するように視線を巡らせていたのを、私は見逃さなかった。嫉妬したという言葉も、頬を赤らめて照れるのも、全て噓だったとしたら。彼は、恋愛感情とは関係がない目的があって、私の交友関係を探ろうとしたのだろうか。
(…カケルを黒幕候補から外そうとしていたのは、早計だったみたいね)
昨日までは私を安心させてくれた優しい笑顔が、今は少し怖いと感じた。




