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老教授、少年に転生――教授は異界を書で拓く  作者: 千本松


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第九話「異例の裁定」



 レーナは――ただひたすらに走った。


 風も声も置き去りにして、息だけが荒く響く。

 膝は笑い、肺は焼けつくように痛む。


 ようやく辿り着いたのは、教国辺境の寂れた農村。

 さらにその外れに、朽ちかけた小屋がぽつりと建っていた。


「ッ……――! ぁ……!」


 戸口を肩で押し開けた拍子に、力が抜けてその場に崩れ落ちる。

 抱きかかえた九重の胸元に額を寄せ、静かに意識を手放した。



 ミルゼア教国中心部、火の神殿――


 政務と裁きが行われる、教国最奥の聖域。

 重厚な石造りの円形議場に、厳粛な沈黙が満ちていた。


 壇上には大司祭。

 背後には半円形に十三人の司祭たちが並ぶ。


 中央に立たされていたのは、女騎士ジゼル。

 まるで罪人のように直立し、処分の言い渡しを待っていた。


 己の罪は、理解していた。


 最初に九重を見たとき、形容しがたい悪寒があった。

 しかし、怒りがそれを曇らせた。


 念のため、最強の観測官を監視役にしたが、最悪の結果になった。


 選別の場にいた観衆の多くは正気を失った。

 神が顕現したとのうわさは広がり、収拾は混乱を極めている。


 九重誠一という存在を軽視した。――それが、罪。

 極刑すら望む覚悟だった。


「先の選別は放置せよ。追及の必要はない、貴殿の罪も問わぬ」

「……は?」


 ジゼルの眉が跳ね上がる。


「観測官およびその随伴者への介入は今後一切禁ずる。民への口外も控えよ」


 あまりにも不条理な裁定に、ジゼルの胸に困惑と怒りが同時に噴き上がる。


 自身のことは、もういい。

 それよりも――!


「奴は我らの信仰を嘲弄したのです! それを見逃せと!? それに、レーナは――!」

「言葉を慎め」


 低く静かな声が、場の空気を一瞬で凍らせる。


 ジゼルは唇を噛み、拳を握りしめながら睨み返した。

 だがやがて退場を命じられ、頭を下げぬまま議場を去る。


「奴等は……狂っている……!」


 彼女は知らなかった。

 沈黙する十三人の司祭の中に、異質な何かが混じっていたことを。


 ローブの奥から覗く雪のように白い肌。

 淡く光る紫の瞳が、静かにジゼルの背を見送っていた。


 議場を出た回廊で、側近が小声で問う。


「……いかがいたしますか?」


 ジゼルは肩を大きく上下させ、苦々しく吐き捨てた。


「数人集めろ。奴らを追う。記録には残すな――あと、胃薬を忘れるな」




▼次回「静かな朝に砕けたもの」

お読みいただきありがとうございました!

毎週水曜・土曜に更新します!

表紙イラストやキャラ設定は、Xで随時公開しています。

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