第九話「異例の裁定」
レーナは――ただひたすらに走った。
風も声も置き去りにして、息だけが荒く響く。
膝は笑い、肺は焼けつくように痛む。
ようやく辿り着いたのは、教国辺境の寂れた農村。
さらにその外れに、朽ちかけた小屋がぽつりと建っていた。
「ッ……――! ぁ……!」
戸口を肩で押し開けた拍子に、力が抜けてその場に崩れ落ちる。
抱きかかえた九重の胸元に額を寄せ、静かに意識を手放した。
*
ミルゼア教国中心部、火の神殿――
政務と裁きが行われる、教国最奥の聖域。
重厚な石造りの円形議場に、厳粛な沈黙が満ちていた。
壇上には大司祭。
背後には半円形に十三人の司祭たちが並ぶ。
中央に立たされていたのは、女騎士ジゼル。
まるで罪人のように直立し、処分の言い渡しを待っていた。
己の罪は、理解していた。
最初に九重を見たとき、形容しがたい悪寒があった。
しかし、怒りがそれを曇らせた。
念のため、最強の観測官を監視役にしたが、最悪の結果になった。
選別の場にいた観衆の多くは正気を失った。
神が顕現したとのうわさは広がり、収拾は混乱を極めている。
九重誠一という存在を軽視した。――それが、罪。
極刑すら望む覚悟だった。
「先の選別は放置せよ。追及の必要はない、貴殿の罪も問わぬ」
「……は?」
ジゼルの眉が跳ね上がる。
「観測官およびその随伴者への介入は今後一切禁ずる。民への口外も控えよ」
あまりにも不条理な裁定に、ジゼルの胸に困惑と怒りが同時に噴き上がる。
自身のことは、もういい。
それよりも――!
「奴は我らの信仰を嘲弄したのです! それを見逃せと!? それに、レーナは――!」
「言葉を慎め」
低く静かな声が、場の空気を一瞬で凍らせる。
ジゼルは唇を噛み、拳を握りしめながら睨み返した。
だがやがて退場を命じられ、頭を下げぬまま議場を去る。
「奴等は……狂っている……!」
彼女は知らなかった。
沈黙する十三人の司祭の中に、異質な何かが混じっていたことを。
ローブの奥から覗く雪のように白い肌。
淡く光る紫の瞳が、静かにジゼルの背を見送っていた。
議場を出た回廊で、側近が小声で問う。
「……いかがいたしますか?」
ジゼルは肩を大きく上下させ、苦々しく吐き捨てた。
「数人集めろ。奴らを追う。記録には残すな――あと、胃薬を忘れるな」
▼次回「静かな朝に砕けたもの」
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