第七話「講義」
「――さて諸君……私の論考を聞いてはくれぬか?」
九重は静かに語り出し、ジゼルがうつろな顔で立ち上がる。
「……なに……を?」
「まずは私が放った呪文だが、その意味は《火の精の支配》だ。諸君らが信仰する火は《火の精》か、あるいはそれと癒着したものだろう」
空気が張り詰めた。
息を呑む音が、ひとつ、またひとつと重なる。
「《火の精》とは、光る小球の群れであり、宇宙から飛来した厄災だ。諸君らには気の毒だが、ありがたがるようなものではないよ」
ついに観衆の顔から血の気が引いた。
恐怖と動揺が、波のように広がる。
「そんな《火の精》が、なぜ諸君らを照らし守るのか。その理由はすでに諸君らが示している。信徒集団を形成するためだ」
九重はゆっくりと指を天へ向け、そして観衆を見渡す。
「信徒集団――これほど都合のいい存在はない。生贄であれ領土拡大であれ、どうとでも使える道具だ」
その講義は、信仰という名の鎖を、静かに捩じ切った。
「私の論考は以上だ。どう受け取るかは諸君らに任せよう。……ただ、改宗を勧めるがね」
レーナが息を呑む。
教授の講義は、彼女にとって背信ではなかった。
胸の奥に眠っていた懐疑に応え、失われた光を灯したのだ。
「……教授様……!」
小さく漏れたその声は、陶酔にも似ていた。
九重は軽く顎を上げ、静かに告げる。
「いくつか謎は残るが――それは《火の精》の上位種族に訊くとしよう。さて刮目せよ。これより火の神を召喚する」
空気が震えた。誰も、呼吸をしていなかった。
ジゼルは必死に、悲鳴のように叫んだ。
「やめろ! さっきから……なんてことを! 教義を……信仰を……火の神だと!? やめろ、やめてくれ!」
「私の講義の最中に大声を出すな。そもそも、人を焼き殺そうとした者が、どの口で言うのかね?」
「ぐっ……!」
ジゼルは剣を握りしめたが、震える腕は動けなかった。
そして――《アル・アジフ》を胸に、九重は迷わず紡ぐ。
「Per nomen Regis Ardoris ter invocatum tempus finditur. Iussu Boni Libri, deus flammae maligne, ab abyssis stellarum hic siste!」
≪ふんぐるい、むぐるうなふ、燃える王の御名、三度唱えて時を裂く、よき書の命に従い、火炎の邪神よ、星の淵よりここに立て!≫
刹那――世界そのものが熱を帯びた。
空気が赤く染まり、温度と光が限界を超えた。
飽和した熱と光が形を持ち、それが姿を現した。
火の神格――《クトゥグァ》
▼次回「混乱と逃走」
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