第五話「火の選別」
選別の場へと続く回廊――
九重は二人に導かれ、暗がりを進む。
歩を進めるたび、壁の松明がひとりでに燃え上がり、道を照らした。
「ふむ……興味深い」
その呟きに呼応するように《アル・アジフ》が淡く光り、頁がひとりでに開いた。
「ありがとう旧き友よ。だが、もう把握した」
やがて辿り着いたのは、観衆に囲まれた巨大な円形の空間だった。
天井は高く、壁はすり鉢状にせり上がり、その縁という縁に人影が並んでいる。
踏み固められた土の床の中央には、赤黒く焼けただれた石盤が据えられていた。
その周囲を囲むのは、竜とも獅子ともつかぬ異形の彫像。
大きく開いた口は、すべて石盤へと向けられている。
「選別を受ける者は、石盤の上に立て」
壇上の司祭が高らかに告げる。
九重は歩を進めたが、小さな少年の身体では段差に少し苦労する。
そのとき、レーナが自然に手を差し伸べて支えてくれた。
「火は、真に人である者だけを見逃す。燃えぬ者は人、燃える者は獣以下の異端――それが選別だ」
司祭の声が響く。レーナの瞳に翳りが差した。
九重が石盤の中心に立つと、周囲の彫像が低く唸り始める。
その口から赤黒い火の粉が舞い、灼熱の気配が押し寄せてきた。
仕掛けを見て、九重は目を細める。
「なるほど……彫像の口から炎を吐き、石盤に立つ対象を焼き尽くす。これが火の選別とやらの正体か……なんとも残念だ」
「……では、私はこれで」
レーナはそう言い残し、石盤から離れる。
再び鐘が鳴り響き、司祭が両手を掲げる。
観衆も、ジゼルも、レーナも、それに倣った。
九重はその光景に肩をすくめる。
小芝居めいた儀式が、むしろ滑稽に思えた。
(何が火の選別か――体裁を繕った、見世物処刑にすぎん)
「まぁ……これもいい機会だ。諸君らの愛する火を、私が正しく選別しよう」
静寂が一瞬、神殿を覆う。
九重は《アル・アジフ》を抱き、息を吸い込んだ。
「始めよ!」
司祭の叫びとともに、彫像の口が轟音を吐いた。
大地を揺るがすほどの炎の奔流が、九重を飲み込もうと迫る。
その刹那――九重の唇が動く。
空中に円環が浮かび、幾何学の神秘が刻まれていった。
「Sanguisugam igneam subiice, hic liber est auctoritas linguae ardentis!」
≪炎の吸血鬼を従属せよ、この書こそ燃え上がる舌の権威!≫
呪文が世界に囁かれる。
《アル・アジフ》から洩れた影が炎の奔流を包み込み、軌道をねじ曲げた。
炎は九重を避けるように渦を描き――
竜巻のごとく踊り、唸り、轟きながら――
やがて上空へ弾け、掻き消えた。
「――さて諸君」
▼次回「レーナ・ヴィアネッタ」
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