第三話「何者か」
「……さて」
見知らぬ世界にただひとり。
山々に囲まれ、水も食料もなく、人影もない。
九重は低く笑った。
「ははは……! 実に都合がいい……贅沢な隔絶だ。呪文を試す条件として、これ以上はあるまい」
《アル・アジフ》を開き、呪文を紡ぎかけた――そのとき。
「まさか、この餓鬼か?」
背後から声が落ちた。
振り返ると、深紅の甲冑をまとった女騎士――ジゼルが立っていた。
「小僧。貴様はいったい何者だ」
九重は書を閉じ、眉をひそめる。
「……唐突に現れて、礼を欠いているのではないかね? 先に名を告げたまえ」
ジゼルの肩が、ぴくりと震えた。
苛立ちを押し殺し、憮然と名を告げる。
「……ジゼル・アル=グラード。ミルゼア教国騎士長だ」
「そうか。私は九重誠一、教授だ」
「一見すれば人間だが……どんな素性を隠している? 正直に答えろ」
九重は小さく首を振り、ため息をもらす。
「教授だと言ったはずだ。耳が悪いのかね?」
「貴様……!」
怒声と同時に、大地が震えた。
地を割って火柱が噴き上がり、空気が焼ける匂いが鼻を突いた。
その異常を前に、九重は目を細める。
「今の火柱は、キミが起こしたものか?」
「そうだ。我らが教国には、火を操る力を持って生まれる者がいる」
「ふむ……興味深い」
「次は貴様の番だ! 何者か明かせ!」
「ミスカトニック大学名誉教授、九重誠一だ。これでいいかね?」
「……あぁ、そうか。もういい」
苛立ちが跳ねたジゼルは一気に詰め寄り、九重の腕をねじ上げた。
「貴様を連行し、火の選別を課す」
「――ッ!?」
九重は息を吸い、呪文を紡ごうとする。
だがその瞬間、首筋に鋭い痛みが走り、視界がぐらりと揺れた。
意識は抗う間もなく、闇に沈む。
*
「それで? この子、何者です?」
「ミス……ミスカ……なんとかの教授と名乗った」
「教授? 他国で聞いた覚えがあります。修士みたいなもの……だったような」
「知るか! とにかく生意気な小僧だ! そう報告しておけ!」
「……後で私に責任を押しつけないでくださいよ」
▼次回「地下牢での出会い」
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