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老教授、少年に転生――教授は異界を書で拓く  作者: 千本松


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第二十話「そよ風の少年」



 レーナは荒れ果てた集落を駆け抜けていた。

 焼け落ちた建物の影から影へと、次々に現れるグールを打ち払いながら。


(悲鳴が聞こえたのは、この辺り……!)


 だが、姿は見当たらない。

 焦燥が胸を焼き、呼吸はざらつく。


 それが――知った声であるなら、なおさらだった。



 そのころ――


「この集落で騒ぎを起こしているのはお前か!」


 振り返った九重の視線の先にいたのは、

 深緑のローブを誇らしげに纏った、ひとりの少年だった。


「観念しろ! この僕が退治してやる!」

「……何か用かね? 私は忙しいのだが」

「用も何もあるか! 公国に近いこの集落で事件が――」


 言葉をかき消すように、大地が腹の底から鳴り響いた。

 地響きが砂埃を巻き上げ、迫ってくる。


 バスレの背後で、異様に膨れ上がったグールが現れた。

 濁った目をぎょろつかせ、喉を鳴らしながら、ゆっくりと歩み寄る。

 そして牙を剥き、一気に飛びかかった。


「う、うわあぁっ! かっ……風よ、僕を守れ!」


 裏返った悲鳴とともに、バスレのローブが翻る。

 風が渦を巻いたが、力はなく、ただ頬を撫ぜて消えた。


「……まったく」


 九重は小さく息を吐き、静かに呪文を紡ぐ。


「Nebulam animae dispelle, et in oculis puris dominum libri manifestum ostende」

≪魂の霞を払い、澄んだ眼に書を持つ主の姿を映せ≫


 グールの動きが止まった。

 狂気に染まった瞳は和らぎ、

 巨体はバスレを通り過ぎて九重の前に進み出る。


 そして――膝を折った。


「……主様……」

「キミがグールの首魁かね?」

「……はい……闇の呪……我らを侵す……御恩は、忘れませぬ……」

「全てのグールを解き放とう。あるべき場所へ帰るといい」


 グールは深くうなずき、闇に溶けるように姿を消した。

 残されたバスレは、ただ膝を震わせていた。


 その瞳に宿ったのは、恐怖か、それとも。




▼次回「少年少女の右往左往」

お読みいただきありがとうございました!

表紙イラストやキャラ設定は、Xで随時公開しています。

今後ともお楽しみいただけましたら幸いです。

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