第二十話「そよ風の少年」
レーナは荒れ果てた集落を駆け抜けていた。
焼け落ちた建物の影から影へと、次々に現れるグールを打ち払いながら。
(悲鳴が聞こえたのは、この辺り……!)
だが、姿は見当たらない。
焦燥が胸を焼き、呼吸はざらつく。
それが――知った声であるなら、なおさらだった。
*
そのころ――
「この集落で騒ぎを起こしているのはお前か!」
振り返った九重の視線の先にいたのは、
深緑のローブを誇らしげに纏った、ひとりの少年だった。
「観念しろ! この僕が退治してやる!」
「……何か用かね? 私は忙しいのだが」
「用も何もあるか! 公国に近いこの集落で事件が――」
言葉をかき消すように、大地が腹の底から鳴り響いた。
地響きが砂埃を巻き上げ、迫ってくる。
バスレの背後で、異様に膨れ上がったグールが現れた。
濁った目をぎょろつかせ、喉を鳴らしながら、ゆっくりと歩み寄る。
そして牙を剥き、一気に飛びかかった。
「う、うわあぁっ! かっ……風よ、僕を守れ!」
裏返った悲鳴とともに、バスレのローブが翻る。
風が渦を巻いたが、力はなく、ただ頬を撫ぜて消えた。
「……まったく」
九重は小さく息を吐き、静かに呪文を紡ぐ。
「Nebulam animae dispelle, et in oculis puris dominum libri manifestum ostende」
≪魂の霞を払い、澄んだ眼に書を持つ主の姿を映せ≫
グールの動きが止まった。
狂気に染まった瞳は和らぎ、
巨体はバスレを通り過ぎて九重の前に進み出る。
そして――膝を折った。
「……主様……」
「キミがグールの首魁かね?」
「……はい……闇の呪……我らを侵す……御恩は、忘れませぬ……」
「全てのグールを解き放とう。あるべき場所へ帰るといい」
グールは深くうなずき、闇に溶けるように姿を消した。
残されたバスレは、ただ膝を震わせていた。
その瞳に宿ったのは、恐怖か、それとも。
▼次回「少年少女の右往左往」
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