第十八話「死食鬼《グール》」
レーナと九重は、集落を目指して歩き続けた。
そして五日後――ようやく街道の中腹にある小さな集落へ辿り着く。
そこは陰鬱で、息をするのも重いほど荒れ果てていた。
建物は崩れ、畑は荒らされ、黒い痕跡がそこかしこに残っている。
血の跡であり、引き裂かれた何かの証だった。
さらに戦いの名残か、ひしゃげた斧や剣が散乱していた。
「奇妙だな」
「教授様?」
「これだけの惨状にもかかわらず――遺体はおろか肉片すらない。さて、その理由はわかるかね?」
「……それは――」
レーナが答えかけた、そのとき。
ずるり――
集落の影から、黒く爛れた腕が這い出した。
「教授様!」
次々と姿を現す醜悪な怪物たち。
どす黒い肌に、細く筋張った肢体。
血に濡れた鉤爪と鋭い牙。
獣のように喉を鳴らし、涎を垂らし、鼻息からはカビ臭い腐臭が漂う。
「……やはり、死食鬼か」
その形相は、まさに死を喰う者だった。
「ク……ッ!」
レーナは拳に炎を灯し、跳びかかろうとする。
だが――
「まちたまえ」
九重が制した。
「何をするつもりかね? 私は彼らを観察したい」
「まさか! これらは怪物です!」
「その怪物は我々に何かしたのかね?」
「するもなにも! こうして――……え?」
見れば確かに――
グールは襲いかからなかった。
鋭い眼を九重の《アル・アジフ》へ向けたまま、ただ佇んでいる。
咆哮もなく、威嚇もない。
震え、慄き、呻くような音だけがかすかに響いていた。
「死食鬼にしては……ずいぶんと哀しげに鳴くではないか。試してみよう、疎通の可能性に賭ける価値はある」
九重はゆっくりと《アル・アジフ》を開き、低く詠唱を始めた。
「Nebulam animae dispelle, et in oculis puris dominum libri manifestum ostende」
≪魂の霞を払い、澄んだ眼に書を持つ主の姿を映せ≫
グールたちの瞳から濁りが消える。
その場に重苦しい沈黙が落ちた。
そして次の瞬間――
ズルズルと音を立て、全員が一斉に膝を折り、九重へ頭を垂れた。
異形が従い、ひれ伏すその光景に、レーナは言葉を失った。
▼次回「闇、そして少年」
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