5.大きな不幸と小さな不幸
まだ幼い■■は一人で公園の砂場で遊んでいた。
もう日が暮れそうな時間帯だというのに、周囲に親や保護者らしき人影は全く見当たらない。
通り過ぎる人々がその危うさに少しばかり眉を顰めるも、面倒事に巻き込まれるのは御免だと過ぎ去っていく中で、その女の子に掛けられた声もまた幼い女の子のものだった。
『ひとり?』
『……うん』
『じゃあともだちになってよ』
『……うん』
『やった! じゃあまたあしたね!』
それが■■と■■の初めての出会いだった。
幼い彼女達の最初のやり取りはそんな素っ気のない物だったが、次の日には同じ公園の同じ砂場で顔を合わせて一緒に遊んでいた。
いつもと違い、■■の顔には笑みが浮かんでいた。
■■にとっても、自分と同じで一人だった■■を放っておけなかったし、仲良くなれた事に嬉しい気持ちでいっぱいだった。
『はい! かってあげる!』
『……わるいよ』
けれど、周囲に見守るべき大人が居ないという深い共通点によって友となった彼女達にも、明確に違う部分があった。
それは経済力である――働いたお金をほぼ全て酒とギャンブルに注ぎ込む父親と二人暮らしの■■と、両親が共に共働きである■■とでは扱える金額に差があった。
だから遊びの途中で喉が渇いた時、ふとお店の前を横切った時など■■がよく■■へと無邪気にジュースやお菓子などを買い与えていた。
■■にとって、初めて出来た友人であり、他者との繋がりだった■■に何かしてあげられる事は自分の中の何かを満たしてくれる、とても楽しい事だった。
『いいからいいから!』
『……もう』
■■にとってお金はとても貴重な物で、あの暴力ばかり振るう父親がとても執着する物という認識であったため、それらを自分のために気軽に使う■■に目眩がする思いだった。
けれど何度もそんなやり取りをするにつれ彼女も次第に慣れ、ほんの少しの遠慮を見せるだけになっていく。
『はいこれ、ともだちのしるし!』
『……こんなかわいいの、いいの? ほんとうにくれるの?』
『うん! わたしとおそろい!』
そんなある日、■■は子どものお小遣いでは到底買えないようなテディベア――クマのぬいぐるみを■■の誕生日にプレゼントした。
単純に喜んで欲しいという気持ち以外にも、お友達に自分とお揃いの物を持って欲しかったというのもあるし、いつも何も持たず同じ服を着てくる■■を幼いながらに哀れんでという気持ちも少なからずあった。
『ありがとう! だいじにするね!』
お金だけはあってもネグレクトを受けていた■■と、父子家庭で虐待を受けていた■■はお互いの傷を慰めるように絆を深めていった。
しかしそんな小さな女の子達の運命を狂わせたのは、この『ともだちのしるし』であった。
『おい、なんだこの高そうなぬいぐるみは? どっかから盗んで来たんじゃねぇだろうな?!』
『ちがうよ! かえして! それはおともだちからもらったもの!』
『おともだちだぁ?』
そう、■■の父親にテディベアの存在が露見してしまったのだ。
『……今度そのお友達を家に連れて来い』
『おともだちをよんでもいいの!?』
『あぁ』
何を勘違いしたのか、■■は父親に言われるがままに■■を家に招待してしまった。
■■自身も初めてお友達の家に呼ばれるという事でテンション高く舞い上がっていた。
『なんだ、綺麗なおべべ着てんじゃねぇか』
『きゃっ!』
『おとうさんなにするの?! やめて! はなしてあげて!』
『うるせぇ! 黙ってろ!』
■■の父親は■■から財布や鞄などを取り上げるだけでなく、服までも脱がして代わりに自らの娘の服を与えた。
『お前、娘に色々と買い与えてるんだろ? だったらこれくらい良いじゃねぇか』
そんな身勝手な事を吐き捨て、■■の父親は早速■■から剥ぎ取ったブランド物の衣服をネットのフリーマーケットで売りに出した。
酒代とギャンブル費用を捻出する為だった。
『おい、次からもウチの娘と遊びたかったら、また服をひん剥かれたくなかったら金を用意しろ』
『それは……』
『じゃないとこのクマのぬいぐるみを売り飛ばすぞ』
『やめて! おねがいだからやめてよ!』
父親の行為は段々とエスカレートしていき、遂には自分の娘と同じ歳頃の女の子に直接お金をせびる様になった。
幼い女の子二人が反抗しようにも自分達の境遇を変えられる筈もなく、ともだちのしるしとして貰ったテディベアが原因で二人の関係を虐待父にめちゃくちゃにされてしまう。
■■にとって暴力的な父親が自分の生活の全てを握っていたが故に、■■は歳の割に自由に使えるお金は多けれども大人の目が無かったが故に起こった悲劇。
『うぃ〜、ヒック……なんだお前、また来てたのか?』
『……』
『おいおい、返事くらいしろよ〜……ハハッ、ガキでも着飾れば一端のオンナに見えるな』
『えっ、なに!? いやっ! やめてください!』
『やめて! おとうさんほんとうにやめて! わたしにならなにしてもいいから!』
『うるせぇ! 子どもが親に逆らうな!』
その翌日、■■の父親は様々な罪状によって団地を去ることとなった。
持ち主の居なくなったテディベアだけが、ただ一人寂しく楽しそうに笑い遊ぶ団地の子ども達を眺め続けていた――
「――重すぎるわっ!!」
意識が戻って最初に発した第一声がこれだった。
「うるさいよ」
自分の内に流れ込んで来たのは、あのクマのぬいぐるみの記憶……持ち主である少女と、そのお友達を守れずに、ただ彼女達が害されているのを見守るしかなかった後悔の記憶。
記憶と同時にクマのぬいぐるみが感じていた怒り、憎しみ、悔しさ、そういった感情までもが流れて来て俺の心はグチャグチャだった。
「黙れよ! あんなクマのぬいぐるみにそんな過去があるとかダメだろ! ふざけんなよ!」
馬鹿がよぉ! 子どもと幼女は守り育むものであって、こんな辛い目に遭わせちゃダメなんだよ!
「これって、これってそういう事じゃんかよぉ……このぬいぐるみの持ち主だった子も、ぬいぐるみを買い与えた子も既に――うっぷ」
ヤバい、精神的なショックがデカすぎて吐き気が……なんだか頭痛もして来たぞ。
「どんまい」
「このやろぉ……」
極悪マスコットに恨みがましい目を向けて――そしてふと気付く。
「あれ? いつの間に自分の部屋に?」
「最初だからね、案の定気を失ったから君をここまで運んであげたのさ」
「お、お前……そんな優しいところもあるんだな……極悪マスコットとか思ってごめんよ……」
「さて、そろそろ足を舐めて貰おうかな」
「申し訳ございませんでした」
いやでも、本当にこんな優しさが欠片でもコイツにあった事が驚きというか、マジで意外というか。
「てかもう、色々あり過ぎて疲れた……意識を取り戻したばかりだけどもう眠い……」
「その前に変身を解除しないと家族に見付かってしまうよ?」
「あー、うん、解除解除」
どうせ頭にイメージとか思い浮かべるんだろ? とか思ったらその通りだったので適当に済ませる。
瞼を閉じる直前、何かを言いたそうな雰囲気なマスコットを視界に入れてふと気になった質問を投げ掛けた。
「……そういえば、お前の名前ってなんていうんだ?」
「僕の名前かい? そうだねぇ、日本語で発音すると――リルラリルハ・メーニメーニ・シルベルニア・ドコドコヤッタゼ・カオスディンブルグ・セラフィンディアーブル・イノセント・ダンダリオン・オーギュスト・ナラシンハ・フォールスピース・ラグエル・ファットン・ババンババン・クローバー・ジャスティスだよ」
「なっが……」
それ絶対に神聖言語が前提の長さだろ――全てを言う前に俺の意識は微睡みに落ちた。
――コンコンっ
耳に届くドアノックの音に意識が浮上するのが分かる。
どうやらそのまま布団も被らず、うつ伏せになって寝てしまったせいで眠りが浅かったようだ。
「もう、お義兄さん? また学校にも行かずそのまま寝るつもりですか?」
この声はあれだな、母親の再婚相手が連れて来た義妹の声だな。
「あれ、珍しく鍵が空いてる……お義兄さん? お義母さんが心配してるので、たまには顔を見せて――……」
そのまま不自然に途切れた言葉を不審に思い、ちゃんとした姿勢で寝るべく起き上がるついでに義妹の顔を見れば、何故か驚愕の表情を浮かべている。
そんな義妹の視線の先には当然ながらサーシャの服装のまま男の姿で寝ている自分が居て――凄まじい速度で全身鏡に振り向けば、そこには紛うことなき不審者が居た。
「違っ、これは!」
誤解を解こうとするも時すでに遅し――
「――気持ち悪い」
それだけを吐き捨てた義妹は部屋の扉を閉め、そのまま立ち去ってしまった。
今なら分かる。眠気に負けて変身解除を適当にしてまった事が原因で、クソ長ネームの極悪マスコットが何か言いたげだったのはこれのせいだと。
そして同時にある事に思い至る――
「――小さな不幸ってこれの事かよ」
ふて寝しながら思う――早く前借りを解消しなきゃと。
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