4.初魔法
「……特に変わった様子はないが?」
一瞬クラっとして倒れそうになったし、腕から出血も止まってるので俺の血液は無事に取り立てられたんだろう。
だが肝心の商品が届いているのかいないのか、そこら辺がよく分からないんだが?
「大丈夫、ちゃんと魔法は使えてるよ。今の君は見た目は細腕の少女でありながら、ダンベル500キロくらいなら余裕で片手で上げられる身体能力を得ているよ」
「マジ? ヤバすぎんだろ……」
ダンベル500キロを片手で余裕な身体能力とか人類最強じゃねぇか。
「だがこれで俺もアニメキャラに――!!」
俺の時代はここからだ! さっきはよくも景気よくぶん殴ってくれたなぁ!? 人を殴って良いのは殴られる覚悟のある奴だけだぜ!!
「おらっ!」
数秒前の自分とは比べ物にならない速度でパンチを打ち出すも普通に躱され、あれ? と思うのも束の間――流れるような反撃のアッパーを寸前のところで上体を逸らす事で回避する。
数秒前の自分だったら認識する事もなく食らっていた攻撃をギリギリで凌げたのは嬉しいが、その後も何度攻撃を繰り出しても全然当たる気配が無い。マジでどうなってんのこれ。
「全然攻撃が当たらないんだけど! 強化されてるのになんで!?」
「そりゃ強化されたのは肉体だけで、技術そのものは君由来だからさ。ハードが良くなっても搭載されたソフトウェアがポンコツだとこうなるっていう良い見本だよね」
「おのれぇ……!!」
まぁ、確かに? 俺は生まれて来てからこの方空手とか柔道とか、そういった習い事の経験はありませんけど?
でもだからってこの結果はないよ! せっかく血を捧げたんだからさぁ! 少しくらいオマケで闘えるようにアシスト機能があっても良いんじゃないの!?
「やれやれ、現代人の……いや、ニートの……いや、君の貧弱さを甘く見ていたよ」
「ぐぅ、責任がどんどん個人に集約されていく……!!」
そこはもう現代人の貧弱さで良いんじゃん! 現代人で済ませようよ! 原因を個人に求めたって良い事ないよ!
「戦闘技術を一発で貰えたりしないの!?」
「それはGPでやるんだけど……まぁ、前借りなら」
「前借りできるの?!」
「支払いが終わるまで利息として君の幸福が少しずつ吸われ、日常的に小さな不幸に見舞われるけどね」
「なにそれ怖い!」
利息の取り立て方が不気味すぎるんですけど!? もっと穏やかな利息は無いんですかね!?
「で、どうするんだい? 前借りするのか、しないのか」
「……………………す、するしかねぇじゃん!!」
「はいはい、了解だよ」
じゃないとこの状況を打破できねぇし、何時までも延々とチュートリアルから進まねぇじゃん……ていうかもう、いつの間にか既にかなり深みに嵌っている気がする。歩合制出来高払いな上に最初から借金出来たぞオイ。
「クソがっ! お前のせいで最低でも借金分は返さねぇと足抜け出来ねぇじゃねぇか!」
先ほどの情けない動きとは打って変わり、きちんと大地を踏み締め、腰を入れて捻るように拳を繰り出す。
魔法とやらで強化された俺の動体視力は、面白いくらいに攻撃がぬいぐるみの顔に吸い込まれていくのを捉えた。
【ぎゃっ!】
ぬいぐるみの悲鳴が聞こえると同時に感じる感触――人間の肉を押し潰し、骨を砕く様なそれに咄嗟に手を引いた。
「うわっ、きもっ……」
「あぁ、初めて人を殴ったんだね」
「いや人じゃねぇだろ。……ねぇよな?」
目の前ではプルプルと震えながら起き上がり、うわ言のように【パパごめんなさい】【お願い許して】といった事を呟くぬいぐるみが居た。
その殴る感触と同等以上に不穏な内容の発言に、コイツまさか人間の幽霊とかの成れの果てじゃないよな? と疑問が湧き上がる。
「まぁ、詳しい話は後で――ほら来るよ」
「うわっと! こんにゃろ!」
そこからはもう、自分でも見るに堪えない泥仕合だった。
恵まれた身体能力と、それを十全に活かす技術があるのにも関わらず、人を殴るような感触になれずに尚もへっぴり腰になってしまった俺と、容赦のないぬいぐるみで思わない拮抗をしてしまったのだ。
「うわぁ、ここまで下駄を履かせても……」
「うるさい! まだ荒事に慣れてな――へぶぅ!?」
「ほら、意識を逸らすから」
「だ、誰のせいだと……」
合間合間に味方である筈の俺を貶してくる裏切り者の妨害もあり、戦闘は夜明け前までにもつれ込んでしまった。
それまでに俺は顔面に十一発、胸に三発、鳩尾など腹に八発、その他の部位で二十三発、合計で三十五発の鋭いパンチを喰らい、満身創痍になりながらぬいぐるみを沈黙させる事に成功した。
「――獲ったどーッ!!」
たん瘤や痣や擦り傷など、サーシャの綺麗な顔面がボコボコの見るに堪えない有様だったが、それでも俺はやっとの思いで掴んだ勝利に涙を流していた。
ピクリとも動かなくなったぬいぐるみを両手で掲げ持ち、勝利の雄叫びを上げてしまうほど嬉しかった。
「勝った! 勝ったよ、お母ちゃん――!!」
「君の母親は君の現状に涙しながら眠ってるよ」
「やめろよ!」
いくらニートへの攻撃だからって、親に言及するのは反則だろうが! 俺がお母ちゃんとか言っちゃったからでも、そこは良心で流すんだよ!
「にしてもこれ、倒したけどこの後どうすんの? 消えないけど」
「魔法少女の肉体に宿る魔力、つまりは拳を直接叩き込むか、魔法を使って無力化した魔物はGPに変換するか、魔法少女がそのまま取り込んで自らの魔力とするか選べるんだよ」
「ほぇ〜、じゃあGP変換で」
「了解だよ。いずれにしても、魔法少女の身体を通ってGPや魔力に替わるから嫌なものを見るよ」
「は? 嫌なものってなんだよ」
「それじゃあ行くよ」
「ちょっ、話を聞けよ! 待っ――」
その瞬間、自分の中に流れ込んで来た映像に吐き気を覚えた。




