3.初戦闘
「よ、夜ってこんなに暗かったっけ……」
久しぶりに外出したのはいいものの、等間隔に設置された電灯や自販機の灯り以外は無い暗闇で思わず二の足を踏む。
太陽光なんて大嫌いだし、部屋でだっていつもカーテンを締め切って薄暗い中で生活しているっていうのに、屋外の暗がりとはまた別物のように思える。
住宅街だからっていうのもあるんだろうが、こんな暗い道を一人で歩くのはちょっとな。
「昼夜逆転したニートも夜を恐れるんだね」
「いちいち刺さないと気が済まないの?」
ニートの心は不安定なんだから、ちょっとした事でもすぐメンタルやられるんだぞ。
「だが怖がるのは良い事さ」
「……そうなの?」
「あぁ、君みたいな年代の子達は特別な力を与えられるとすぐ舞い上がるからね――そう、恐怖という感情は大事だ。それは俺を長生きさせてくれる」
「俺の本棚漁った??」
「見事にラノベと漫画ばっかりなのが笑えたね」
「読んでる暇とかあったか?」
「欲しい情報を得るなんて造作もない事さ、君たち猿と一緒にしないで欲しいね」
「さ、サル……?!」
コイツやっぱり悪役ですよ! 俺騙されてない?! 大丈夫!?
「そんな事よりもほら、そこの団地だよ」
「……えぇ〜、ここぉ?」
ここって低所得者や片親のような事情がある人向けの市営のアパートじゃないか……俺が小さい頃から様子のおかしいオジサンや、中学に上がってから一気に不良なる子が多くて近寄り難いんだよな。
そうでなくても管理人が仕事をサボっているのか、電灯の半分以上が切れてて薄暗いアパートなんて気味が悪い。
「こんな所にモンスターとか居んの?」
「そうだね、魔物と呼ばれる世界の敵が居るよ」
「モンスターと違いでもあんの?」
「僕達がそう呼んでるだけさ。君達に通じ易いようにモンスターの方が良いかなと思ったけど、君の本棚を漁った結果どっちでもいいのが分かったから慣れた方に統一しようってだけさ」
「さいで」
まぁ、敵の呼称はわかり易く統一していた方が良いか。モンスターでも魔物でも、そんな大した違いは多分ないだろうし。
「で? 生き物の気配とか全く無いけど、その魔物とやらは何処に居るの?」
「そこに居るよ」
「えっ」
「ほら、目の前に居るじゃないか」
そう言われて前方の暗闇を目を凝らして見るも……薄汚れた熊のぬいぐるみ、壊れた三輪車、錆びたミニシャベルくらいしか確認できない。
いや待て、魔物って生き物ではない可能性もあるのか?
「ま、まさかのホラー展開……? 俺そういう系マジで無理なんだけど……」
「神の遣いである僕が居るのに幽霊を怖がるのもよく分からないね」
「……確かに」
そういえばそうだ。俺の隣りにスピリチュアルの塊みたいな奴が居るじゃないか。
それにただの幽霊と神の遣いなら、多分だけど神の遣いの方が格が高いよな? ……なら大丈夫か?
「それよりも魔物はソイツさ」
「……どいつ?」
「その熊だよ」
「……マジ? ただのテディベアにしか見えないんだけど」
この熊のぬいぐるみが魔物? 他の玩具と一緒に屋外に放置されてて薄汚いこれが?
「まぁ、そっか、魔法少女の敵は可愛くあるべきだよな」
昨今の魔法少女物といったら鬱展開という風潮を俺は好かない。
魔法少女は魔法少女のまま、社会風刺だの奇を衒ったグロ展開なんか存在せずにキャピキャピしてて欲しいのだ。
その点この目の前のテディベアは魔法少女の敵として申し分ないビジュアルをしているし、強さ的にも最初にモンスターだの魔物だのと聞いた時はビビったが、この程度の奴らが相手なら俺でも楽勝だ。
【ぱ、パ……ぱぱ……】
「うわっ、ビックリした! ……コイツ喋んの?」
さて、じゃあどうやってコイツを倒そうかとおっかなびっくり手を伸ばすと急に動き出しやがった……いやビビってねぇけど。
「そりゃ喋るさ」
「そんな当たり前の事の様に言われても……そもそも魔物がどんな存在なのかも知らんし」
俺が聞いた情報なんて、この極悪マスコットの同類が無差別に力を振り撒いた結果生まれた存在って事くらいだ。
「ふむ、詳しい説明はまだしていなかったね……まぁ、目の前のこの子は生まれたばかりで自我も希薄だからさっさと倒してよ。そしたら説明するさ」
「そんな投げやりな……」
でもまぁ、さっさとコイツを倒すって事には同意する。どんな見た目をしてようが、仮にも魔物と呼ばれる存在が多くの人間が住む団地に潜んでてもろくな事はないだろう。
そして何よりも! 俺は今! あのサーシャに成っている! 数年もの時間を掛けて育て上げた自らのアバターに! これはもう負ける道理はない!
「ふっふっふっ……さぁ、覚悟するがイイ!」
こんな可愛らしい見た目のテディベアに暴行を働くのは気が引けるが、これも全て世界の為だ。
「喰らえ! 渾身の右ストレ――ガッ!?」
大振りの右ストレートは横移動で容易く躱され、懐に潜り込んだソイツはカウンターとして強烈なアッパーを俺の顎に放った。
本当にもうサッ! って感じで躱された。躱されたと認識した時にはもう俺の顎に奴の拳が着弾する寸前だった。
あぁ、またこのパターンかと……似たような展開はついさっきもしたぞ、と……殴り飛ばされた際の短い滞空時間の中で、走馬灯のように愚痴が俺の脳内を占拠していく。
「――ぶっ!」
「――がっ!」
「――へぶぅ!」
頭から地面に突っ込み、それでも殺し切れない衝撃からさらにワンバウンド挟み、今度は顔面を固い地面で擦り下ろしながらやっと止まる。
うつ伏せの体勢からケツだけ持ち上げたような、本当に心底情けない体勢のまま俺の思考はフリーズしていた。
今なら後ろから見れば理想の美少女であるサーシャのパンモロが見れるだろうが、そんな事を気にかける余裕も無い。
「大丈夫かい?」
「……アイツ強くない?」
「君が相手を舐めて大振りなパンチなんかしたからだろ? そりゃあ、カウンターの一つも貰うさ」
「……」
まぁ、そうか……なるほど、俺はどうやら相手を舐めすぎていたようだ。
「ま、まぁ? サーシャの本領は肉弾戦じゃないし?」
俺のサーシャは血操術や眷属を召喚する事で戦うキャラであって、断じて生身一つで突撃するような戦闘スタイルじゃなかったな。これは俺が悪い。
そうと分かれば話は早い……痛む顔面や顎に涙目になりつつも起き上がり、そして可愛げのない一撃をくれやがったテディベアに向き直る。
一歩前に出て、左手で顔の半分を隠しながら右手をテディベアの魔物に対して向け、そして今こそ解き放つ――!!
「スキル発動――『紅き血潮の舞踏』!!」
自らの血液を弾丸の様にして敵を穿つサーシャの得意技の一つだが、たかがテディベア相手にオーバーキルかも知れないなこれは。
そんな事を思いつつ、決めポーズを維持したまま俺はスキルの発動を待つ。
「……」
待つ。
「……」
……待つ。
「……」
さらに待つ……が、ここに来て何かがおかしいと気付き始める。
「先ほどから何をしているんだい? 急に小っ恥ずかしいセリフを叫んで変なポーズをして……ニートにはそういう習性でも?」
「違ぇし! ……いや、ほら、今の俺ってサーシャだから、ゲームの攻撃スキルを使おうとしたんだけど発動しなくて」
「……あぁ」
俺ちゃんと魔法少女としてサーシャに成ってるんだよな? それなのになんでスキルが発動しないんだ?
もしかしてやり方が間違ってるとかか? ……って言ってもゲームだとボタンを押すだけで発動してたから、基本的な原理とか知らないんだよな。
「新米にそんな大きな力をいきなり与える訳ないだろう? 今の君は見た目相応の、非力な女子と同じ事しか出来ないよ」
「おいおいおい」
勝手に期待したこっちも悪いけどさぁ! そんな直前になって梯子を外すの良くないと思いますけどね!
「だいたいその姿は男の君が魔法少女に成っても見苦しいだけだから、って事で与えた仮初の姿じゃないか」
「……え、じゃあ今の俺って何ができんの?」
「魔法少女なんだから、魔法を使いなよ」
「魔法……そうか、魔法! ……ってどうやって使うの?」
確かにゲームのスキルを使うよりかはよっぽど魔法少女らしいけども、使った事のなさで言ったらゲームのスキルと一緒なんだわ。
「GPも無いしねぇ……まぁ、君にとって価値ある物を代価にすれば相応の力は振るえるよ。魔法少女に成り、私と繋がりを得た君なら主にも声が届くだろうさ」
「代価と言われても……か、金とか?」
「まぁ、現代人にとっては分かりやすい指標ではあるね」
なるほど、金か……地獄の沙汰も金次第って言うしな……って、こうして話している間にもテディベアの野郎がジリジリと距離を詰めて来やがる。
マジで人形の顔って何を考えてるのか分からなくて怖ぇんだよなぁ? そうでなくともコイツ、見た目に合わない膂力してやがるし。
「金は今持ってねぇ! というか何も持って来てねぇ! 他に! 他になんかないの?! アイツが迫って来てて怖いんだけど!?」
「あぁもう、君は本当に面倒臭いなぁ……そのキャラって吸血姫なんでしょ? 血でも捧げれば?」
「そ、そんな適当な!」
「血だって自分の身体の一部だし、かなり価値がある物だろ? 栄養さえあれば新しい物が作られるし、他と違って替えが利く分コスパは良いよ」
「……あ、そうなの?」
テディベアに向かってシャっー! と威嚇しながらも、それなら別に問題ないかもと決断する。
「じゃあ捧げる! 捧げるから魔法の使い方プリーズ!」
「……その鋭い牙で腕を噛んで、血を流しながら魔法を使いたいと念じれば必要なモノが分かるさ」
「そんな面倒臭そうな顔で……まぁ、いいさ、やってやる!」
そうと決まれば話は早い。俺は自らの細腕に思いっ切り噛み付き、自傷する……思ってた以上に深くいってしまって凄く痛い。涙が出て来る。
てかこれめっちゃ血が出るんだけど、後でちゃんと止まるよな? な?
「――『我が願いの代価はこの血潮 望むは肉体の練磨』」




